2024年、創立75周年を迎えた世界最大の軍事同盟NATO(北大西洋条約機構)。2024年7月にアメリカ・ワシントンで開催された首脳会議で採択された首脳宣言は中国を、ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアの「決定的な支援者」と非難し、北朝鮮についてはロシアへの直接的な軍事支援を提供することで「戦争を煽っている」と批判した。こうした流れを引き継ぐ形で約3カ月後の10月1日、NATOの新たな事務総長にマルク・ルッテ氏が就任した。
ルッテ時代のはじまり…優先課題の3番目に「インド太平洋」
事務総長を10年務めたイェンス・ストルテンベルグ氏の後を継いだルッテ氏はオランダの首相を14年間務め、外交経験も豊富。就任初日、ストルテンベルグ氏の政策を踏襲すると述べた上で3つの優先課題を掲げた。
一つ目はあらゆる脅威に対する防衛力の確保、二つ目はウクライナへの支援強化。そして三つ目が他地域でのパートナーシップの強化だ。
ここでルッテ氏は、前任ストルテンベルグ氏の、とりわけインド太平洋地域との強固な関係作りに向けた努力を労った。

続く就任会見でもルッテ氏は熱弁をふるった。ウクライナ戦争で中国や北朝鮮がロシアを支援していることについて「第2次世界大戦以来、ヨーロッパで最大の紛争を煽り続けている」と非難した。
その上で日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドのインド太平洋地域4か国(以下IP4)との関係強化の重要性を強調した。
NATO ルッテ事務総長:
なぜ重要なのか? ロシアは北朝鮮やイラン、そして中国からも支援を受けているからだ。インド太平洋には他にも問題があり、だからこそこの地域のパートナーとの関係を強化する必要がある。私たちには向き合うべき世界的な脅威がある。
NATOルッテ事務総長の新たな時代は、インド太平洋地域との関係が重要かつ不可分であることを宣言して幕開けした。
国防相会合にIP4が初参加…高まる中国への警戒
10月中旬、ブリュッセルのNATO本部で開かれた国防相会合にIP4が招かれた。
首脳レベルでは2022年以降、3年連続で岸田前首相が出席しているが、国防相レベルでは初めてだ。日本からは直前に発足した石破内閣から中谷元防衛大臣が出席した。

NATO-IP4の会合は首脳級から実務レベルに一段下げられ、ルッテ氏はその狙いがより一層の関係強化にあることを強調した。
「ウクライナでの戦争は、ヨーロッパの不安定さが世界中に甚大な影響を及ぼしうること、そしてイランや中国、さらには北朝鮮までもが、われわれの裏庭で安全保障を脅かす存在になりうることを示している」と述べ、安全保障上、連携を取ることの重要性を訴えた。

日本との関係をどう考えるか?FNNの質問にルッテ氏は…。
NATO ルッテ事務総長:
日本とNATOは多くの同じ課題に直面している。あなた方はウクライナに対して極めて強い連帯を示してきた。そしてもちろん、中国の軍備増強に対する懸念も共有している。次のステップに進むことが重要なのです。
北朝鮮のロシア派兵で迎えた「ターニング・ポイント」
偶然にもNATO国防相会合開催中のタイミングで、北朝鮮兵がロシア西部に派遣されているとの情報が明るみに出た。同日、ルッテ氏はウクライナのゼレンスキー大統領と会談後、共同記者会見に臨んだ。ゼレンスキー大統領は北朝鮮が兵士1万人の派遣準備をしているとの情報を得たことを明かした。
一方、NATOはこの時点で北朝鮮兵派遣の情報は得ておらず、隣りに立つルッテ氏は「北朝鮮兵が戦争に直接関わっているという証拠は確認していないが、北朝鮮が多くの面でロシアを支援していることは確かだ」と述べるにとどめた。

北朝鮮兵がロシア西部のクルスク州に配置されたことをNATOが確認したのは、この日から11日経った後だった。緊密な連携をめざすIP4には韓国が含まれているにも関わらず、確認にこれだけの時間を要したことには疑問が残る。
さらにおよそ1週間後の11月上旬、ルッテ氏は「北朝鮮兵士のヨーロッパ派遣はターニング・ポイント(転換点)」と題する論説をメディアに寄稿した。
NATO ルッテ事務総長:
北朝鮮の軍隊がヨーロッパの地に足を踏み入れたことは、間違いという意味で歴史的なことである。ロシアが外国軍を招き入れたのは、この100年で初めてのことだ。

ロシアのプーチン大統領が北朝鮮兵派遣の見返りとして、資金難にあえぐ金正恩政権を軍事面で支援していると非難。さらに中国に対して、見て見ぬふりをせずに両国に対する影響力を行使して、行動をやめさせるよう要求した。
そしてここでもまた、IP4との連携の必要性に触れ、政治と防衛産業の面での協力体制の強化を訴えた。
NATO-アジアの安保協力に限界か
同じ価値観を有する国家同士が地理的な距離を乗り越え、安全保障上の課題を共有しながら連携を緊密にしていくことの意味は大きい。例えばフランスはインド太平洋に領土を有する。
しかし、NATOとアジアの連携に限界を指摘する声もある。
NATOの元防衛投資担当事務次長、カミーユ・グラン氏は今年4月に発行されたフランスのシンクタンクのインタビューの中で、4つの理由を挙げて説明する。
第一はNATOの資金・人材不足。第二にNATOにおけるアメリカのリーダーシップの欠如。NATOがアジアに関与することの必要性を訴えていながら、関与の在り方を具体的にヨーロッパの同盟国に説明できていないという。
第三にはIP4側に、NATOとのパートナーシップに対する温度差があるという点。日本とオーストラリアが積極的な姿勢を見せているのに対して、韓国とニュージーランドは消極的。さらに各国がアメリカやヨーロッパ諸国と2国間または複数国間の同盟関係を結んでいる。例えばオーストラリアは米英との軍事同盟AUKUSを優先して考えており、そうした意味では日本がNATOとの連携に最も前向きだとしている。
そして第四にNATO加盟国の中で足並みが揃っておらず、表向きにはアジアの重要性を主張するアメリカに同調しながらも、現実にはヨーロッパの多くの国がNATOがヨーロッパに重点を置くことを望んでいる実態があること。こうした状況の中で、日本は、異なる枠組みの中で適切なバランスを取ることが必要だと提言している。
見えぬNATO東京連絡事務所の設置…連携模索は続く
NATO加盟国の中でも中国との距離感は国によって温度差がある。NATOが東京に連絡事務所を設置する案は、1年以上経ったいまも、具体的な進展が聞こえてこない。
当初フランスのマクロン大統領は「北大西洋の地域外で影響力を高める印象を与えてはならない」と反対した。2025年1月にはアメリカのトランプ大統領が就任し、ウクライナ情勢やNATOそのものをめぐる動向は見通しが不透明だ。

それでもNATOとIP4の連携は動き出した。サイバー攻撃への対処、防衛産業協力、偽情報対策やAI(人工知能)の活用…。国際情勢が混とんとし、明確な着地点が見えない中、安全保障上の連携を模索する取り組みは進む。
(FNNパリ支局長 山岸直人)