2020年8月14日から16日に開催された「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」。新型コロナウイルスの影響で中止が相次ぐ中での、大規模なスポーツ中継となった。

テレビ番組の制作現場における“ニューノーマル”を探る本シリーズ。今回は中継を担当したフジテレビ技術局の江藤秀一TP(テクニカルプロデューサー)、小澤義紀TD(テクニカルディレクター)に話を聞いた。

「決してこれを“ニューノーマル”と言いたい訳ではありませんが...」と口を揃える二人。コロナ禍で経験した変化、中継現場での徹底した感染対策を振り返ってみたい。

100名を超える大規模スポーツ中継

――コロナ対策を中心に、これまでのゴルフ中継との変化を教えてください。

江藤秀一(テクニカルプロデューサー)
江藤秀一(テクニカルプロデューサー)
この記事の画像(17枚)

江藤TP:
中止となりましたが、4月のフジサンケイレディスクラシックのタイミングから、スポーツ局と技術局そして産業医の先生も一緒になって、感染対策の検討を始めていました。

まず今回、我々が最も重要視したのは手洗いです。手洗いは何事にも代えがたいと先生からも教えて頂いて。スタッフは総勢100人程いますが、丁寧に説明しました。

ただ、今回はお客様がいないのでコース内にトイレの設置がありません。ですので特別に発注する形で、各ホールに手洗い場の設置をお願いしました。

15番ホールのカメラ横に設置された手洗い場
15番ホールのカメラ横に設置された手洗い場

感染する主な原因を「2メートル以内の飛沫」もしくは「ウイルスの付いた手で粘膜に触れること」と考え、その対策として手洗いの徹底を全スタッフに促したのです。

特別発注の手洗い場は、2ホールに1台の割合で設置しています。また、アルコールもたくさん設置しました。とにかくアルコールを目にしたら、一度プシュッと押して手を消毒しましょうと。

17番ホールのグリーン横 様々な場所に手洗い場を設置
17番ホールのグリーン横 様々な場所に手洗い場を設置

――面白い画ですね、番組を見ていても、まったく気がつきませんでした。他にも現場の写真をたくさんご用意頂きましたので、順にご説明をお願いしても良いですか?

江藤:
はい、それでは続いて中継車です。やはり3密が発生しやすい場所になります。中継車内では機材が熱を持たないように、車内を冷やす必要があるのですが、換気の為にドアを開けたままにすると、結露が発生しやすくなります。結露での機材故障を避ける為に、ドアは開放できないのです。

ではどのように換気をすれば良いか? 今回は外に冷却器(スポットクーラー)を設置し、冷たい空気を中に入れながら空気を循環させる事にしました。そして排気用のダクトも設置。新鮮な外の空気を入れて、排気用のダクトで空気の流れを作るという対策をしています。

冷却器(スポットクーラー)
冷却器(スポットクーラー)
空気排出用のダクト
空気排出用のダクト
中継車内
中継車内

小澤TD:
中継車の他に、プレハブ小屋をいくつか設置して作業をします。こちらは換気扇の写真なのですが、右にあるのが通常の換気扇で、左が特注の換気扇です。換気に万全を期すため、こちらも特別に用意しました。

小澤義紀(テクニカルディレクター)
小澤義紀(テクニカルディレクター)

「特大の換気扇はありますか?」と依頼したら「あるよ」と言って頂きまして。

特注の換気扇(左)と通常の換気扇(右)
特注の換気扇(左)と通常の換気扇(右)
プレハブ小屋での様子 メガネ型のフェイスシールドを着用
プレハブ小屋での様子 メガネ型のフェイスシールドを着用

江藤:
いわゆる「劇場クラスター」といった報道もあり、濃厚接触の定義も変化していきました。産業医の先生と一緒に保健所の発表も確認しながら、フェイスシールドやパーティションといった対策もしています。

スタッフルームにパーティションを設置
スタッフルームにパーティションを設置

小澤:
自分たちで棒とアクリルシートを持ち込んで「どっちが上?」「高さは大丈夫?」などと言いながら組み立てました。これが今後は当たり前になるとしたら、ニューノーマルでしょうか(笑)

前を向いて、黙ってお弁当

一方向に間隔を空けて座り、黙って食事をする様子
一方向に間隔を空けて座り、黙って食事をする様子

江藤:
感染の原因で多いのが「食事」と「喫煙」と聞きました。せっかく頑張った事が、一回の食事で台無しになります。食事って楽しくて、みんなで話もしたいのですが、今回は「黙って食事をしよう、食べ終わったらマスクをして会話をしよう」と呼びかけました。

小澤:
夕食も部屋で一人でお弁当です。外食はせず、コンビニでの買い物も部屋での飲食としました。また、大会期間中は毎晩、映像をプレビューしながら反省会をするのですが、今回は各部屋からビデオ会議ツールでの反省会としました。

インタビューブース マイクは据え置きで距離を確保
インタビューブース マイクは据え置きで距離を確保
100円ショップで購入したミニボトル 常にアルコールを携帯
100円ショップで購入したミニボトル 常にアルコールを携帯
カメラマン 冷感マスクを着用 
カメラマン 冷感マスクを着用 

テロップをリモート対応

――画面に表示するテロップなどのCGをリモートで対応したと伺いました。

江藤:
はい、今回はCG制作を現場ではなくフジテレビ本社で行いました。これまでも経費削減などの観点から議題に上がっていたのですが、感染対策で人数を減らす必要もあったので、初めて実施する事になったのです。

ただ、CGが画面に載るまでに、映像を本社に送って、また戻りを受けるというタイムラグが発生します。実況のアナウンサーには苦労をかけました。

またCGチームは、これまですべての映像を現場で見ることができましたが、今回は、本社に伝送できる範囲で、必要な映像を選択しました。CG制作チームにとっても、大きな変化だったと思います。

放送ブース
放送ブース

――コロナショックの中で、今後、技術面で挑戦してみたい事はありますか?

小澤:
将来、伝送回線が太くなり費用も安くなると、現地での映像をすべて送れるので、本社でスイッチングを行うなど、リモートプロダクション化が進んで行くと思います。

中継車周りのスタッフが現場に行くことなく、すべてをリモートでコントロールできる。いつかはそんな未来が訪れるのかなと。

江藤:
実は番組の感想で「自然が美しかった」という声もありました。無観客という特殊な状況なので、いつもより自然が映ります。我々もカメラが映りこまないように配置を工夫して、元々の自然の美しさに没入できるよう意識して撮りました。

――なるほど。番組を見て何とも言えない違和感がありました。自然の美しさだったのですね。

江藤:
また、この無観客という期間に、ドローンを飛ばしたり、カートにカメラを積んで走らせるなど、よりアグレッシブな手法を試して、動きのある映像を撮ってみたいですね。軽井沢でもいくつかテストをしました。

今回はコロナ禍での初の大規模中継という事もあり、感染対策にかなりのエネルギーを費やしたのですが、本来はこうした前向きな取り組みを“ニューノーマル”と言うのですよね(笑)

実況アナが気づいた変化とは?

技術チームへのインタビューでは、CGのリモート化で実況に苦労をかけたとの声もあった。実際はどうだったのだろう? 実況を担当した谷岡慎一アナウンサーにも話を聞いた。

――今回は無観客でのゴルフ中継となりましたが、印象はいかがでしたか?

昨年のNEC軽井沢ゴルフは渋野選手が全英オープンで優勝した2週間後でした。ギャラリーも多かったので、今年はその前年とのギャップが凄かったです。「ああ、観客のいないゴルフってこんな感じなんだ、こんなに静かなんだ」と。

選手の方もお話されていたのですが、例えばバーディーパットが決まった時に、ギャラリーから拍手が無いっていうのは、少し寂しい気持ちにはなります。

谷岡慎一アナウンサー
谷岡慎一アナウンサー

――実況に関してはいかがでしょう。テロップをフジテレビ本社からリモートで作業する事になり、表示にディレイが生じましたが、難しさはありましたか?

はい、今回は画面に何も情報が出ていない状態で、話し始める必要がありました。

通常は名前と一緒にスコアが表示されます。画面が切り替わった時はそれを見ながら「トップと何打差です」と伝えたりするのですが、今回は現場にある他のモニターに目をやり、スコアを確認して伝える、といった対応もありました。

また、画面に映る選手が切り替わるのには、様々な理由があります。スコアが競っている場合、歴代の優勝者だから、もしくはゴルフの場合、黄金世代やミレニアム世代という分け方で紹介したりなど。

今回はテロップの表示が無いことで、画面が切り替わった理由を瞬時に推測し、どのパターンなのかを考え、反応する必要がありました。逆に言うと、これまでテロップにかなり頼っていたんだなと。

アナウンサーとしての技量も試されましたし、これまで以上にディレクターとコミュニケーションを取り、今までは言葉で伝える必要が無かった事も、お互いに確認した方が良いのだなと気づきました。

――最終的には、アナウンサーも本社からリモートで出来ますか?

僕たちは、選手の取材もしているんです(笑)今回は会場にいるのが関係者のみでしたので、私がアナウンサーである事に気づいてもらいやすく、近くに行くと選手の方がみずから足を止めて、お話してもらえる事も多くありました。

――今回の中継に限らず、ここまでのコロナショックの中で、アナウンスの仕事にどんな変化を感じましたか?

まず、スタジオに滞在する時間が短くなりました。出演中は距離を取るので、一度に画面に入る人数が減っています。そうなると、例えば従来は自分が担当するコーナーが終わった後も、番組の最後までスタジオに座っていたのですが、それが無くなったりと。

また、アクリル板がある事で、隣にいる方の本当に微妙な変化を感じ取るのが難しくなりました。スポーツ中継では、解説の方の空気の変化や、言葉になる前の「おおっ」と言った感嘆を通じて、どれ程すごいプレーなのかを察知し、コメントを求めるという事があります。アクリル板を一枚隔てているだけで、それがうまく出来ない事がありました。

――このコロナの期間だからこそ、新たに挑戦できる事はありますか?

ゴルフ中継の場合ですと、お客様がいない期間に、大胆に新しい事を試してみる事はできると思います。技術の江藤さんとも話していたのですが、携帯の電波を使ってカート上からの撮影を試したり。

でも最後の優勝パットは、グリーンに選手がいて、周りからギャラリーが見守る中で、決めてガッツポーズ、という画がやっぱり格好良いですよね。

(企画・構成:原礼子 / フジテレビ国際開発局 取材・文:寺記夫 / FNNプライムオンライン)

寺 記夫
寺 記夫

ライフワークは既存メディアとネットのかけ算。
ITベンチャーを経てフジテレビ入社。各種ネット系サービスの立ち上げや番組連動企画を担当。フジ・スタートアップ・ベンチャーズ、Fuji&gumi Games兼務などを経て、2016年4月よりデジタルニュース事業を担当。FNNプライムオンライン プロダクトマネジャー。岐阜県出身。