新型コロナウイルスの影響で多くのテレビ番組が「リモート出演」を取り入れた。制作の現場では「やるしかない」という状況の中、演出面、技術面で新たな取り組みが試されている。
緊急事態宣言が明け、落ち着きを取り戻しつつある今、このコロナショックで起きた様々な変化が、今後“ニューノーマル”として定着するのかを探ってみたい。
メインMCである小倉智昭キャスターがリモート出演した「とくダネ!」。制作の裏側を平岡大二郎プロデューサー、大森克信テクニカルディレクターに聞いた。
「スタジオにいない」を伝える
――2020年4月7日に緊急事態宣言が発令され、その翌朝の「とくダネ!」で、メインMCの小倉キャスターは縦型の大型モニターから登場しました。とても素早い対応でしたが、制作現場ではどのような経緯があったのでしょう?
この記事の画像(7枚)平岡(「とくダネ!」プロデューサー):
実は、小倉さんを説得する所から始まりました。自分は現場にいたい。コロナウイルスの大変な状況の中で、自分が逃げてどうするんだ、制作スタッフや他の出演者にリスクがある中で、自分だけ安全な場所に居る訳にはいかない、という温度感が小倉さんにはありました。まずチーフプロデューサーが説得し、それから私の方で制作の準備に入りました。
選択肢としてはモニターの他にCGという考え方もありますが、CGを合成するのにどうしてもディレイ(遅延)が発生します。とくダネ!は小倉さんが何を言うか、そして他の出演者との掛け合いが重要な番組ですので、ディレイは避けたい。そして小倉さんには出来るだけ違和感なくスタジオにいて欲しい。
そこで、モニターを縦にして、いつも座っている場所にそのまま置くとしっくりくるのでは?と考え、70、60、55インチという3つのサイズを試し、70インチが最も違和感が無かったので、それを選びました。
――事前に準備が進んでいたので、切り替えが早かったのですね。
平岡:
はい、現場では緊急事態宣言が出る前から、明日にでも切り替えるぞという体制になっていました。また番組によっては、CGでセットの写真を合成する演出もありますが、我々は「小倉さんがスタジオにいない」という事をきちんと伝えたいと考えました。それであの本棚がある小倉さんの書斎という場所に決まったのです。
いくつかの偶然もあったのですが、例えば書斎のテーブルの高さがスタジオのものとほぼ同じだったり、本棚とスタジオのセットをうまくなじませることも出来ました。また、電波を送出する小型のアンテナを設置する事も出来たのです。
ディレイ(遅延)との戦い
――技術面では、どのように実現されたのですか?
大森(「とくダネ!」テクニカルディレクター):
「とくダネ!」に関しては、やっぱりトークの掛け合いを自然に成立させなければならない。遅延が問題になります。
カメラは横位置で引きの画を撮影して、変換器で縦に回転させるのですが、まずそこで遅延が発生します。ただそれは180ミリ秒程度で(1秒=1000ミリ秒)、1秒以内に収まるのですが、そうは言っても映像と音声のズレを合わせこみます。
そしてスタジオまでデータを届ける間に、圧縮機などいくつかの機器がありますが、いかに低遅延のものを選定して設定するかも重要でした。また、送り返しと言ってスタジオからの映像や音声も遅延なく小倉さんのもとに届ける為に、今回はIP、ネットの技術を使いました。フジテレビが作った訳ではないのですが、ネット回線でも低遅延で通信できる技術があり、それらを組み合わせて利用しています。
――電波を送出するのに利用した小型のアンテナとは?
大森:
これはFPU、フィールドピックアップユニットと言います。総務省から受けた免許の中で利用可能な周波数を使った送信機です。中継番組では割と良く使うものです。また、大規模なスポーツイベント等では、中継車が2台3台と現場に行くこともありますが、今回のような規模で長期間にわたって中継する事が決まっているような時は、中継車ではなく、このような機材等を持ち込みシステムを構築する事があります。
――小倉さん以外の方は、どのようにリモート出演を実現されたのでしょう?
大森:
もちろんご自宅からSkypeでという出演者の方もいらっしゃいましたが、感染防止の観点から、とくダネ!のスタジオとはまた別の場所、V3スタジオの前室に無人の中継場所を作りました。後ろに置くパネルを変えて、とくダネ!とグッディで同じ設備を共有しています。その際、ゲストの方も縦型モニターによって出演できるようにしました。
また、いわゆるワイプ表示をする際、映像をダイレクトにワイプ画面に出す方が画質はきれいなのですが、接続方法によって縦横比や大きさが違ってきます。そこでとくダネ!ではスタジオのカメラマンがモニターを再撮する事で、ワイプ表示の映像が自然になるよう調整していました。
リモートで「目線」を練習
――小倉さんは自然に進行しているように見えました
平岡:
実際に小倉さんの周りには誰もいません。その中で、どうすればスタジオにいるかのように違和感なく見せられるか、撮影の合間に随分と練習されていました。たとえば、伊藤アナがこちらで立って話しているのであれば、目線はこれくらいの角度にすると良い、といった事を事前に確認していたのです。
また、後ろに映る本棚に置く書籍や小物をご自身でこまめに入れ替えていて、気づいてくださる視聴者の方もいらっしゃいました。それは小倉さんの遊び心だったと思います。
――トラブルは無かったのですか?
平岡:
回線が落ちた時のシミュレーションはしていました。実は毎日、衣装を着替えた後に、ほぼ静止画に近い小倉さんの映像を撮影していたんです。トラブルの際には、そのほとんど動かない映像に切り替え、電話で音声を伝える。そうすれば放送は継続できるという想定でした。
大森:
実際、トラブルらしいトラブルは無かったですね。ただ、やっぱり現場はピリピリとしていましたよ。誰かが感染すると周りも濃厚接触者となってしばらく出社できなくなります。それが生放送の帯番組で起こらないよう、皆で感染対策を徹底していました。
テレビ制作のニューノーマルとは?
――今回のコロナショックで起きた様々な変化ですが、今後、いわゆるニューノーマルとして定着するものがありそうでしょうか?
平岡:
リモート出演に関しては、出演者にも考え方に個人差があると思います。ただ今回を通じてリモートを受け入れる下地は出来たのではないでしょうか。専門家の方に話を伺うのも、これまで電話だったものが、今後はビデオ通話も増えてくると思います。
また、制作体制の話ですが、接触しないようチームを別フロアに分けて、オンエアまで対面する事なく電話やメールで仕事を完結させるようになりました。正直ストレスを感じる事もあるのですが、若い世代は「電話するよりLINEの方が速いですよ」なんて言って、飲み込みが早いんですね。これはきっと慣れの問題なんだろうと感じました。
もちろん通常時より大変なのですが、東日本大震災を経験しているスタッフは、あの時程ではないと言います。今回をきっかけに制作のプロセスは大きく変わっていくでしょう。我々としては、引き出しが蓄えられた期間だったね、と言ってコロナが収束してくれたら良いですね。
大森:
モニター再撮をニューノーマルとは言えないですが(笑)、技術でも今回をきっかけに社内からアイデアが集まってきています。たとえば、360度カメラをスタジオに置いて、一人でリモート出演している側に、臨場感を持った映像を戻せないかという案も検討しはじめました。
実は、簡易的な中継技術の採用については、少し前からそのようなマインドに変わっています。私はリオ五輪で目の当たりにしたのですが、海外のテレビ局は本当に合理的に判断してLiveUと呼ばれる機材など、ネット回線を多用していました。
ただし放送が破綻する事のないよう、最初は撮り切りでは無く画面の何%かで試したりします。自分たちで新しい技術を規制する事なく、使えるツールを増やしていって、コストダウンにもつなげていく、そういう時代なんだと思います。
(企画・構成:原礼子 / フジテレビ国際開発局 取材・文:寺記夫 / FNNプライムオンライン)