特定のジャンルで1人vs99人が対決するクイズ番組「99人の壁」。本来であればスタジオに総勢100人が集まるのだが、コロナショックの影響でリモート収録を取り入れた。

2020年6月6日に放送された「東大生をやっつけろ!99人リモート参戦SP」では、99人によるリモート参加を実現。スタジオの大型モニターに参加者の顔がずらりと並ぶ。

大掛かりな仕掛けにも見えるが、どのように制作しているのだろうか。番組の舞台裏を演出の千葉悠矢さんに聞いた。

――99人のリモート参加ですが、裏側の仕組みについて教えて頂けますか?

千葉悠矢(「99人の壁」企画・演出)
千葉悠矢(「99人の壁」企画・演出)
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ツールとしてはCiscoのWebexを使っています。「壁」になるブロッカーの方たちは、一面のモニターで25人を表示しないと絶対にダメだという思いがあり、その観点で探しました。実際にはそのビデオ会議ツールで4部屋を作成し、25人づつ接続、そのまま巨大モニターで東西南北の壁として利用しました。

細かな点では、音がハウリングしないように、参加者の方にはまず全員ミュートにしてもらいます。MCの佐藤二朗さんが「話す方は自分でミュートを解除してください」と説明をして。

また、誰かが答えるとなった時に、25分割から解答者一人の画面に切り替える事が出来るのですが、一つの部屋につきディレクターが一人付き、手動で行いました。

4人のディレクターがそれぞれ、一人を撮り切った画面、25分割の画面、スタジオや問題が映る画面、3つのPCを同時に操作していました。

3台のPCを操作する番組ディレクター
3台のPCを操作する番組ディレクター

――ブロッカーの皆さんは、スマートフォンで早押しボタンを操作されていました。

クイズ番組なのでやっぱり早押しは必要です。まずは社内の技術局に相談に行きました。「スマートフォン上で、100人が同じ部屋に入って、誰かがピンポンと押したら、他の人はロックされて、押した人の名前が表示される。そしてスタジオでは音が鳴り響く」

まず、理想だけを話したのです。そうしたら「たぶん出来ますよ」と。「え?」と思いました。無理ですと言われると思っていましたので。そのくらいだったら全然大丈夫ですと。

それで、さっそくプロトタイプを作って頂き、最初は「押す」という文字をタップするだけのものですが、タイムラグをいかに減らすかを検証し、これであれば不平等が無いというものになりました。

早押しボタンも完成し、番組として勝負できる、となったのです。

早押しボタン
早押しボタン

――6/6に「99人リモート参戦SP」としてオンエアとなりましたが、そこまでの経緯は大変でしたか?

新型コロナウイルスが拡がり始めた時に「この番組が一番出来ないかもしれない」と言われました。その時は次のオンエアまでまだ時間もあり、対策を考え始めました。湾岸スタジオの屋上で、野外で換気された状態での実施など。実は最初は「リモート」という発想が無かったのです。

ちょうどそんな対策会議をやっている最中に、制作統括の濱野さんからLINEが届きました。ビデオ会議ツールというものがあり、他の番組ではそれを使って会議をしている。99人の壁でも使えるのでは?と。

その時まで私は「ビデオ会議ツール」の存在を知りませんでした。それで、自宅にいるスタッフにも声をかけて10人程度で試してみました。すると本当にタイムラグが無く、ストレスなく会話ができて「もしかしたら本当にできるかも」となり、制作のシミュレーションに取り掛かります。

そして、大型モニターを4枚設置し、スタジオにはMCの佐藤二朗さんとチャレンジャーだけ。他は全員自宅から99人がリモート参加でクイズをやるという企画書をまとめたのです。

ただ、4月のタイミングでは収録は見送りになりました。まだ若干、事故るのでは?という皆の不安を払拭しきれず。その後、実際にシステムを組んでリハーサルを実施し、テスト映像を見てもらったりして、6月オンエアに向けてGOとなりました。

――実際に収録をされて、演出面ではどのような事を感じましたか?

佐藤二朗(「99人の壁」番組MC)
佐藤二朗(「99人の壁」番組MC)

MCの佐藤二朗さんは若干の不安があったと思います。自分の話が果たしてウケているのか?リアクションが分からないので。

一方で良かった点と言えば、二朗さんの他の番組には無い司会者ぶり、グタグタになっていくといいますか、そこに拍車がかかる場面もありました。リモート参加者から返事が無いと、二朗さんも黙ってしまって、謎の数秒間が流れたりですとか。

――リアル収録だと存在していたものが、リモートだと抜け落ちてしまう、そのような事を何か感じましたか?

対面だから出てくる実体のない空気感というものは、リモートにはまだ存在していないのかなと、スタジオに入ると毎回思います。

正解すれば100万円という、ここ一番の問題の時に、99人がスタジオでじっと見つめている空気感と、自宅からモニターを介して見ているのとでは、全然違うなって。

また、チャレンジャーがすごい解答をして拍手喝采が起きた時の、スタジオでのうねるような歓声は、リモートですと現段階の技術では再現できなくて、そのような部分は生であるべきだなと感じました。

――これまで生み出していた価値を再発見できたのかもしれないですね。続いて、働き方といった観点でもお伺いしたいのですが、番組の制作過程における変化はありましたか?

編集がフルリモートになりました。編集所と24時間ZOOMがつながっていて、エディターさんが作業している映像が配信されるのです。箱(編集所)に行かなくても、ZOOMにアクセスすれば、今どの箇所を作業しているかが分かり、テロップの修正を依頼できたりします。これは画期的だなと思いました。

――ナレーションの収録はどうされるのですか?

ナレーターさんも自宅から収録します。編集所から事前にマイクなどの機材が郵送されていて、それらを使って。MAで編集所に集まるというのは、もう3か月やっていません。

――すごい変化ですね。歴史が動いたという感じがします。

ジャパンメディアクリエイトというスタジオなのですが、代表の方が以前から編集のプロセスに疑問を持たれていた事もあります。コロナショックの前から準備していた事が、このタイミングで一気に進んだようです。

――ADさんは編集テクニックを学ぶ機会が無くなってしまうのでは?

そうですね。ちょっとかわいそうだなという気もします。おそらく僕たちまでが、箱に張り付いていた最後の世代になるんだと思います。これからのADさんたちは「ディレクターがエディターさんと演出的なやりとりをしていたら、よく見ておこう」といった姿勢や向上心を持たないと、何だか知らない間に番組が完成していた、という事にもなりかねません。

フルリモート編集に完全移行したスタジオを取材

演出・千葉さんが画期的だと感じたフルリモート編集。その内容を確認するため、白金にあるジャパンメディアクリエイトのスタジオにて、代表の吉川豪さんに話を聞いた。

――フルリモートでの編集ですが、どのような仕組みで実現されているのですか?

編集はこちらのパソコンでPremiere Proを使って行います。左のモニターに映っているのが、実際に視聴者が目にする映像ですが、こちらをZOOMで送っています。

吉川 豪(ジャパンメディアクリエイト株式会社 CEO/EDITER)
吉川 豪(ジャパンメディアクリエイト株式会社 CEO/EDITER)

演出やディレクターと話しながら作業をしますので、同じスタジオ内で作業していた時と比較すると、コミュニケーションの量は増えています。

「99人の壁」のような特番ですと、MAを含めて5日ほどの作業になります。プレビュー(最終チェック)の時は、vimeoで映像を共有して、コミュニケーションツールとしてZOOMを使います。vimeoによるプレビューであれば、これまで編集所に来られなかった人も含めてチェックでき、30人程度の大人数でプレビューを行うようにもなりました。

――ナレーターさんにマイクを郵送していると聞きました

ナレーターに送付したマイク
ナレーターに送付したマイク

はい、このようなものですが、音声のクオリティは十分です。こちらをナレーターさんのスマートフォンに接続してもらい、端末に録音された音声ファイルをすぐにクラウドで共有します。ディレクターと編集もリモートでつながっていて、同時に作業を進めていきます。

――コロナショックでリモート化が一気に進みましたが、以前から編集のプロセスに問題意識を持たれていたのですか?

数年前から働き方改革を考えるようになりましたが、ADさんがずっと編集所にいなければいけない状態が可哀想だなと思っていました。ADさん達が何をしているかと言うと、プロデューサーやディレクターと僕たち編集マンとの細かな連絡を取ってくれているんです。

それだったら、何かツールを使ってディレクターと編集が直接やり取りをすれば良いのではと思い、2019年の夏頃からJectorというクラウドのサービスを導入しました。

それでもやっぱりADさんが編集所に張り付くようなスタイルが変わらない部分もあったのですが、今回のコロナウイルスで強制的に密を避ける必要が生じ、これまで用意していた仕組みへと急速に移行する事ができました。

――映像編集の業界全体としては、どのような事を感じましたか?

僕たちポスプロの仕事場って、窓がない空間が多いですよね。これだけ三密を避けようと言われている中で、スタッフ達がそこに行きたいか?というと、絶対に行きたくないと思います。なのでリモートワークを進めて行かなければいけない。

それに、もし緊急事態宣言が再び出たとしても、我々からするとお客さんである番組制作の皆さんの仕事も、そして自分たちの仕事も守っていきたい。その為に、何が起きても対応できる環境を作っておく事が重要だと考えています。

ただし、自分たちだけでその環境は作れないんですね。プロデューサーもディレクターもADさんも皆が一緒になって「やりましょう」と言ってくれて初めて出来る事です。

――最後に、この後10年~20年というスパンでは、どのような変化が起きると思いますか?

映像業界の働き方に関しては、大きくは変わらないかもしれませんが、このままリモートワーク化が進み、本人がどこにいても働けることで、より健康的になっていくと思います。

あとは、テープを納品しなきゃいけないのが。。

去年、勉強の為に台湾のテレビ局を見て回りました。その時に言われたのですが「まだテープなどのメディアを使っているのですか?環境に悪いじゃないですか」と。

台湾では一気に記憶媒体を利用するのを止めるようになったと聞きました。そうした思い切った対応もどこかのタイミングで必要かもしれないですね。

(関連情報)
ジャパンメディアクリエイト https://www.japanmediacreate.com/

(企画・構成:原礼子 / フジテレビ国際開発局 取材・文:寺記夫 / FNNプライムオンライン)

寺 記夫
寺 記夫

ライフワークは既存メディアとネットのかけ算。
ITベンチャーを経てフジテレビ入社。各種ネット系サービスの立ち上げや番組連動企画を担当。フジ・スタートアップ・ベンチャーズ、Fuji&gumi Games兼務などを経て、2016年4月よりデジタルニュース事業を担当。FNNプライムオンライン プロダクトマネジャー。岐阜県出身。