「佐藤さんにどうしてもお会いしたいと思っておりました」と名刺を差し出すと、不覚にも手が震えていた。
佐藤氏はこちらの緊張を和らげてあげようと「いつか記者さんが来るかもとは思っていましたよ」と笑って、玄関の中に手招きして入るよう促してくれた。
記者を自宅に入れたのは人生で初めてだという。

きっと佐藤氏は、私のことを風采の上がらない記者だと思ったに違いない。緊張からか、最初の質問も「この15年、どういう気持ちでお過ごしになられていたのですか」などと不躾だった。
そんなことは急に訊かれても一言では言えなかっただろう。

佐藤氏は内心、自分の行動に驚いていたのかもしれない。過ぎた禍敗を思い返すまい。そう思って事件の話は家族にさえ口をつぐみ、腹の中に封印してきたそうだ。
しかし時効が迫った今、変な記者の初めての訪問で少し自分の気持ちに整理をつけてもいいんじゃないか、そう思ってくださったようだった。
事件の当日について伺うと、佐藤氏は目を閉じた。
やはり思い出すのは辛かったのだろう。顔を強張らせるように厳しい表情を浮かべながら言葉を選んで話し始めた。