「あの日のことは死んでも忘れません。今でもあの日のことを思い出して夜起きてしまうことがあります」
佐藤氏にとって生涯終わらない事件だった。
「長官!気を確かに!」緊迫の現場
「私は昭和天皇の警衛もしていたものですから、任務にはいつも命懸けで臨んでいました。警備対象は自分でお守りするんだと思っていましたので、かなりの頻度で朝は長官のお見送りをしていました。
でもあの日だけは署長以下の幹部が出席しなければいけない会議があって、朝の長官のお見送りには行けなかったんですよ」
佐藤氏は、本来ならば自らが長官の見送りのために現場に行って、直接犯行を目の当たりにすることになったはずだった。
犯人と対峙できたはずだったのに、それが果たせなかったという悔しさが、今更ながらこみあげていたようだった。

「前の日に長官宅の周辺でオウム真理教の信者がビラを配って逮捕されていたので、そのビラを長官秘書官に渡したかったんです。私が行けなかったものですから、警備課の部下にビラを持って行ってもらいました。でも部下は銃撃の様子はよく見えなかったそうなんです」
「雨が降っていたということで、警戒要員は長官警備用警戒車の中にいました。ドーンという音がしてすぐに飛び出して行ったそうです。午前8時31分頃のことです」

午前8時32分、110番通報入電。
発生の一報を受け、佐藤氏はすぐさま現場に急行する。頭の中が真っ白になり、無我夢中で現場に駆けつけた。
人は信じられないほどショックな知らせを受け取った時、自分が見たものだけを信じるよう思考を自然に停止すると言われている。
佐藤氏も同じだった。

午前8時34分、119番通報入電。
午前8時35分に佐藤氏ら現着。
午前8時36分、現場から10キロ圏に緊急配備発令。
「到着した時にまだ長官は倒れていたままで、『長官!気を確かに持ってください!!』と叫んで励ましました。左腕をつかんで脈をとったらドクンドクンと波を打っていました。
長官は『うー』と痛みをこらえていらしたので、私が行った時にはまだ意識があり、救急車がなかなか来なかったので、かなりイライラしました」
現場の混乱ぶりは昨日のことのように覚えていた。