アメリカの大統領選挙で民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領は激戦が予想され、勝者が判明するのは11月5日の投開票日はおろか、何日もかかるとの見方が優勢だ。ハリス氏が勝利すれば、アメリカ初の女性大統領が誕生することになる。

2016年にトランプ前大統領に敗れ、「初の女性大統領」にはなれなかったヒラリー・クリントン元国務長官は、2024年8月の民主党大会でハリス氏への支持を呼びかけ、「前進は可能だが、保証はない(Progress is possible, not guaranteed)」と演説した。

この一節は、実は、2024年のトニー賞で2冠に輝いたブロードウェーミュージカル「SUFFS(サフス)」のクライマックスで歌われる歌詞の一部だ。
「SUFFS」とは女性の参政権運動に参加した人たちを指す「Suffragists」の略。舞台では1913年に女性の投票する権利を求め、首都ワシントンを行進した場面なども描かれる。「女性の参政権獲得」という一つの目標に向かっているが、運動する仲間の間でも年代差や人種の差があり、様々な困難に直面していく。

最後には、一部の女性に参政権を認めた合衆国憲法修正第19条の成立(1920年)にこぎ着けるが、黒人などマイノリティーは当時除かれ、女性の権利をめぐる果てしなく長い闘いが描写されている。

クリントン氏はノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんとともにプロデューサーとして名を連ねていて、民主党大会での歌詞の引用は強い思い入れがある証拠だ。
現代も共感を呼ぶ「100年前の闘い」
無論、この運動がなければ男女が平等に参政権を持つ現代の選挙は存在せず、ハリス氏の立候補もありえなかったことになる。
なぜ、この歴史に今スポットライトをあてるのか。舞台を手がけたプロデューサー、レイチェル・サスマン(Rachel Sussman)さんに話を聞いた。

――なぜこの舞台を?
「小さかった頃、学校の教科書に女性の参政権に関する記述はパラグラフ2つしかありませんでした。『もっと何かあるはず』と思い、調べていくと、75年以上もかけて第19条の修正(女性の参政権)の成立に貢献した女性たちについて知りました。

『なぜたち若い世代は、アメリカ史での女性たちの功績について教えられていないのだろう』と感じ、20代前半にプロデューサーの仕事を始めた時に、今回の受賞した脚本と楽曲を書いたシェイナ・タウブ(Shaina Taub)さんにアプローチしました。それが2014年のことでした」

――11月の大統領選挙を前に、10年構想の舞台の意義はどう感じる?
「その時々の世の中がどうであろうと、この舞台が共感され続けているのを感じます。今回はハリス氏が大統領候補ですが、その昔、女性たちが闘いの末に手に入れた参政権について知ってもらい、今回投票することの重要性を訴えられればと思っています」

――クリントン元国務長官が民主党大会で舞台の歌詞を引用したが?
「本当に光栄でした。彼女がそうするとは全く予想していませんでしたから。『前進は可能だが、保証はない(Progress is possible, not guaranteed)』(『だから行進をし続けなければならない』)という歌詞を気に入って下さっていたようです。また、演説では『私の孫やその孫に知ってもらいたい。私がきょうここに立っていたということを』という歌詞も引用しました。感動しましたよ」

――多くの女性がこの舞台に共感しているようだが、なぜだと思う?
「最後に歌われる『Keep Marching(行進し続けよう)』という曲に集約されると思います。(女性の権利について)闘った成果は、自分が生きているうちに見届けることはできなくても、次の世代に引き継ぎ、闘い続けなければならないということです。それが、未来の世代にインパクトを与える一歩になるのです」

――日本人へのメッセージは?
「日本でも『SUFFS』の舞台を上演できたら夢ですね。女性たちが『正しい』と信じるもののために闘うというのは、世界どこでも共通していると思いますし、共感を得るのだと思います。この舞台が人々を鼓舞し、信念に基づいて行動する後押しになることを願っています」
(取材・執筆:FNNニューヨーク支局長 弓削いく子)
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