「物騒な雰囲気になったな…」
最近、近所の通い慣れたスーパーの入り口近くに黒ずくめの男性が立つようになった。独立系のこのスーパーは品揃えが多く、床から天井までびっしりと商品が陳列されていて、狭い通路はすれちがうのもやっとだ。
黒ずくめの男性は無論、警備員だ。店内で万引きが起きないよう目を光らせている。

2024年12月に全米小売業協会(National Retail Federation)が公表したアンケート調査によると、2023年の万引きの件数はコロナ禍前の2019年に比べ、93%も増加した。

調査はアメリカの164の小売業者を対象に行われ(2024年6月10日~7月12日)、昨今の万引き犯の性質について73%の小売業者が「前年よりも暴力的・攻撃的になっている」と回答した。
また、71%がこうした状況に対応するため「研修などの予算増加」に踏み切ったと答えている。
店員が「ボディーカメラ」装着…その効果は?
こうした中、アメリカのディスカウントストア大手「TJマックス」やスーパー大手「ウォルマート」などが店員や警備員に「ボディーカメラ」を装着させる取り組みを実施していることで注目を集めている。
警察でさえ、本格的に「ボディーカメラ」を導入するようになったのはここ十数年だが、これらのチェーンは店員の装着による効果をはかるべく、限定された店舗で試験導入をしている。
「TJマックス」はニューヨーク市内にも20店舗ある。

足を踏み入れたマンハッタンの店舗は繁華街に近く、数ブロック先には窃盗被害がかさんで閉店に追い込まれたドラッグストアもあり、治安は決してよくない。
道路の斜め向かいの別系列のドラッグストアも数カ月前にガラス戸がたたき割られ、ベニヤ板が張られていたのも記憶に新しい。
こんな光景を見たのは何度目だろう。窃盗は日常茶飯事で深刻だ。

「TJマックス」はいわゆる「オフプライス店」で、企業やブランドから余っている在庫を仕入れ、安く販売している。
衣料品から化粧品、日曜雑貨などバラエティー豊かな品々が陳列され、掘り出しものを求めて常に客が入っている印象だ。

店舗に入り、エスカレーターをあがると時計や貴金属の売り場がある。
カウンターの店員にボディーカメラが装着されている様子はないが、ショーケースのそばに立っている警備員の胸に目をやると、左胸には数センチ四方の小さなモニターがついたカメラを装着していた。

ただ、言われなければ気づかないほどだ。カメラよりも、そこに警備員として立っていること自体が抑止の面からいえば、効果があるように思える。
店内には無論、天井に無数の防犯カメラがついているほか、高価な商品のすぐ脇には防犯カメラの映像が映し出されたモニターがこれ見よがしに固定されていて「ボディーカメラ」そのものの効果は未知数だ。
万引きによる「在庫損失(SHRINK)」が頭痛のタネ
小売業の世界では「SHRINK」という言葉がある。直訳すると「縮む」だが、業界では「在庫の損失」を指し、その主な原因は万引きだ。
2022年のデータだと「SHRINK」は1121億ドル=日本円にして17兆6200億円あまりにも及ぶという。

「依然としてSHRINK対策に重点を置いている」
「TJマックス」ブランドを傘下におくTJXのジョン・クリンガーCFOは2024年5月の四半期決算でそう前置きした上で、ボディーカメラの試験導入について言及した。

「2023年末頃に警備員にボディーカメラの装着を導入した。録画をしていることを人々が知っていれば何か悪さをするおそれは減り、暴行や傷害事件などに発展させないような効果がある。効果は年末に検証して翌年の対策や戦略に役立てている」
犯行の凶悪化で従業員の安全確保が急務
TJXのスポークスマンによると、これらのスタッフはボディーカメラを有効に活用できるように訓練を受けていて、客のみならず、スタッフの安全を重視しているという。
一方、大手スーパー「ウォルマート」も2024年からテキサス州の一部店舗で店員のボディーカメラ装着を試験的に導入したことで注目を集めたが、ウォルマートの関係者は「万引き対策ではない」と話す。

接客時に問題が暴行や傷害事件などに発展しないようにするという狙いは一緒のようだが、むしろ「従業員の安全」が主眼だという。
実際、42%の小売業者は万引き犯を見つけた場合、安全面を理由に従業員などが犯行を止めることを禁止していると答えている。特に最近は小売業を狙った組織犯罪(ORC:Organized Retail Crime)の凶悪化が問題になっていて、警備担当者を雇うにも苦労を伴うという。

全米小売業協会は「万引き対策は小売業界だけではできない」と強調し、連邦、州、地元の警察などとの連携を強化する「Combating Organized Retail Crime Act(小売業組織犯罪対策法)」の成立に向けて注力している。
消費者の目線からすれば、客も暴力に巻き込まれないことを願うばかりだ。
(取材・執筆:FNNニューヨーク支局長 弓削いく子)