人情あふれる下町で作る「柴又ラムネ」

柴又の住宅街を歩むと、町並みに溶け込むように小さなラムネ工場がある。
大越飲料商会では、ガラスだけでできている瓶を使って昔ながらのラムネを作り続けている。

葛飾区柴又にある大越飲料商会 開業昭和38年
葛飾区柴又にある大越飲料商会 開業昭和38年
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今年の夏は新型コロナウイルスの影響で、小さなラムネ工場は静まりかえっている。

3月以降、取引相手のお得意さんも営業自粛により受注は、ほぼなしの状態だ。更に例年行われている盆踊りやお祭り・花火大会は軒並み中止で、工場への受注はゼロになっている。

静まりかえった工場
静まりかえった工場

ラムネを製造するのも、月に1回程度に減っているという。工場内には出荷できないままの在庫ケースが高く積まれたままだった。

柴又ラムネを製造している大越恒男さん(84歳)は、「今は非常に厳しい現状です。例年なら7月8月が最盛期、100ケース3000本は売れるけど今年はイベントがないから作らない。工場が動かない状態で困っています」と語ってくれた。

そして、「コロナが早く収まって、東京は他に行かれないから、柴又に来たら帰りはラムネを飲んでいただくと、そのように願っている」と話した。

大越恒男さん(84)
大越恒男さん(84)

オールガラス瓶のラムネは”柴又”だけ

オールガラスのラムネ瓶はおよそ30年前に製造が中止されているため、現存するラムネ瓶の寿命がきたら姿を消してしまう。

現在残っている500本のラムネ瓶は、柴又周辺のお得意さんだけに卸されていて、大事に再利用されている。

大事に扱われてはいるものの、回収率は70%、瓶の寿命が約2年~3年と言うことで、年々減少してきている。

大越さんは「オールガラス瓶のラムネじゃないと嫌だと言うお客さんがいる、待っているお客さんがいる限り維持していきたい」と話している。

ラムネの命はビー玉!?エー玉!?

そして大越さんは、「ラムネ瓶の命は中に入っているビー玉、ラムネ瓶の中に入っているのはビー玉ではなくエー玉なんだよ」と意外な事実を教えてくれた。

 
 

ラムネ瓶の中に入っている玉は、栓に使用できる規格を満たした歪みのない玉が使用されている。その玉をエー玉(A級品のA玉)、規格外をビー玉(B級品のB玉)と言うのだという。(諸説有)

歪みのないエー玉を使用していても、やがて傷がついたり、欠けてしまうと、炭酸が抜けたり、中身が漏れたりして不良品になってしまう。プラスチックのラムネ瓶は蓋を外して交換できるが、飲み口まで全てガラスでできたラムネ瓶は交換ができない。

手間はかかるが大越さんはオールガラス瓶にこだわる。
「オールガラス瓶を飲んでから振ると音が違うんですよ。カランカランと風鈴の音がする」。

プラスチックの瓶と違い、高く響く透き通った音がするという。

飲み口までオールガラス瓶のラムネ
飲み口までオールガラス瓶のラムネ

季節によってラムネの味が違う

「夏の暑い時期は酸味甘みを少なくさっぱり、涼しい時期には酸味甘みを多めにして飲み応えがあるようにする」

大越さんは四季によって味を変えるのだという。

長年原液の味を試行錯誤し、常に飲んでくれるお客さんを意識して製造している。

オールガラスのラムネ瓶が製造機械に次々に吸い込まれていく。

機械内部では、ラムネ瓶に原液が入れられ、炭酸ガスが注入される。その後ラムネ瓶を逆さにすると、炭酸ガスによる中からの圧によってビー玉で栓がされる。出来上がったラムネは、1本1本手作業で不良品がないか検品される。

瓶と瓶が触れあう音やレトロな機械音が、どこかノスタルジックな昭和を感じさせてくれる。

1本1本手作業で検品
1本1本手作業で検品

ラムネの栓を開けた時に、溢れる泡がなぜかもったいなくて、すぐに口に持っていって飲んだ経験のある人は多いと思う。

オールガラスのラムネ瓶には紙蓋はされているが、完全なキャップではない。開けた際に溢れ出た泡で、細かいほこりなどを洗い流してくれる衛生的な効果もあると、大越さんが教えてくれた。

溢れた泡をゆったりと見ながら、濡れたラムネ瓶を持って飲むのも風流ではないだろうか。

最後に、大越さんがラムネに対する想いを話してくれた。
「本当のラムネってこれだよね、ってイメージを与えたいですね。これからもラムネと共に生活・製造していきたいと考えております」

清涼感のあるラムネ瓶と飲み口のひんやり感、ほどよい炭酸で涼感を味わってみないか。

取材後記①

ラムネ取材にあたっては、全体的に音を意識して撮影に挑んだ。冒頭にラムネの栓を開ける音、工場内での瓶と瓶がぶつかり合う音や機械音、最後のビー玉の転がる音。

特にビー玉の転がる音を録るのに苦戦した。これだ!という音に出会えずに何度も繰り返し撮影してしまった。

また、ラムネの栓を開ける瞬間の映像と音を、どのように表現するか悩んだ。最終的には、スーパースローの映像を撮ることができるカメラを使用して撮影し、冒頭ファーストカットの映像となった。映像のテイストが、全体とは違うと思いつつも、気持ちを込めた映像表現だったため、どうしても使いたいカットだった。

取材を終えて思った。

年々減少し、消えゆくオールガラス瓶のラムネかもしれないが、末永く柴又と共に歩んでいってもらいたい。

さまざまな分野で進化する世の中、便利になっていく時代だが、不便さを楽しむことや昔ながらの風景を守り続けることも、日本の良き伝統なのかもしれない。

今年は新型コロナウイルスの影響による外出自粛やステイホームなどで、季節感が得にくくなっている。

夏に触れる映像表現を考えると、改めて伝えることの難しさを痛感した。美しい映像だけでいいのか、効果的な撮影1つ1つ考えると答えが見つからない。答えがないのが、映像表現のおもしろさなのだが今後も悩み続けるだろう。

取材後汗だくの中で飲んだ、キンキンに冷えたラムネは最高に旨かった!!

取材中の筆者
取材中の筆者

執筆:取材撮影部 山根昭一

取材後記②

私が小さい頃、縁日やお祭りの出店には必ずあったラムネ、瓶は全てガラスでできていた。

大人になり花火大会などに行くと、出店で売られている飲み物の多くはペットボトルに。様々な飲み物に変わり、ラムネの存在は少し影を潜めてしまっていた。

撮影の数日前、準備をするためにスーパーの飲料水売り場を覗くと、いろいろな種類の飲み物と一緒にラムネも売られていた。

簡単に見つけることができて、感心しながら手に取ったが、よく見ると瓶の飲み口はプラスチック製だった。

何十年も飲んでいなかったラムネを飲んでみた。
ほど良い強さの炭酸、ちょうど良い甘み、久しぶりに飲んだラムネはとても美味しかった。でも同時に何かもの足りなさも感じた。なんだろう…

このモヤモヤの理由が、何なのか。

取材中、大越さんが発した一言で理解出来た。「オールガラス瓶は口当たりが良いのだよ。」

なるほど。昔はただ美味しいと思っていたラムネだったが、子供ながらにガラスの感触、口当たりの感覚など、味以外の事も無意識に記憶していたのだ。

後日、よく冷やしたオールガラス瓶のラムネを飲んだ時、「あーこれこれ!」と思わず声を出してしまった。

撮影取材するにあたり、若い世代にラムネについて聞いてみた。驚いたことに、オールガラス瓶のラムネを知らなかった。ジェネレーションギャップを感じた。

飲み口がプラスチックのラムネが決して悪いわけじゃない。感じ方は人それぞれ違うものだ。

オールガラス瓶のラムネを味わったことがない人が飲めば、何か感じるものがあるかもしれない。ガラス瓶世代の人が口にしたら、昔が蘇るかもしれない。

夏の思い出に、ラムネは欠かせない。

一番左側が筆者
一番左側が筆者

執筆:取材撮影部 宍戸栄次

撮影中継取材部
撮影中継取材部