できない選手に対して、「どうしてできないんだ!」と癇癪を起こした挙句、起用しなくなる……なんていうケースも珍しくない。

言ってみれば、思ったことが何でもできてしまうゆえ、苦労知らずなのである。普通の選手の気持ちや心の痛みがわからないままでいるというわけだ。

立浪監督はどうだったか…?

そこで立浪監督である。果たして彼はどうだっただろうか?

高校時代から結果を残して騒がれ、高卒1年目からいきなりプロの世界で活躍した。周囲の人間だってほっておかないだろうし、気がつけば取り巻きのような人間が出てきたって不思議ではない。

そうして惜しまれつつも引退し、機が熟して機運が高まった頃にいざ監督になったものの、すべての歯車がかみ合わないまま、1年が過ぎ、2年が過ぎ、とうとう3年目になっても思うような成果を上げることができなかった……というところだ。

だからこそ、球団フロントは「現役時代の人気や実力」だけで、監督を判断してはいけない。

現役時代の知名度や成績と、監督になる資質はまったく異なるものである。二軍で朝から晩まで練習に付き合う指導者のほうが、よっぽど信用できる。ドラゴンズに限らず、どの球団にも言えることだが、そうしたことを肝に銘じて監督の人選を行ってほしいものである。

ファンの声に左右されない球団経営を

今の時代、インターネットやSNSなどでファンが発する声というのは目に見えてしまう。聞こえるのではなく「見える」のだ。実はこれが厄介なのである。

応援しているチームが負ける。それがネットのニュースに出て、ファンがコメントを寄せるわけだが、目に余るような内容のものが、数えきれないほどあふれている。

徐々に負けが込みだして優勝はおろか、Aクラスを確保するのさえ困難になってくると、当初は非難めいた文章だったものが、明らかな誹謗中傷へと変わっていく。

ネットのさまざまな「声」が監督に集中してしまう(画像:イメージ)
ネットのさまざまな「声」が監督に集中してしまう(画像:イメージ)

これでもかとばかり過激なコメントがたて続けに出てくると、個人攻撃どころか、まるでリンチをしているかのようである。

ファンにしてみれば、「問題を提起した」と思っているのだろうが、相手から名指しで指摘された人にしてみれば、そんなふうには一切考えていない。

こうした声が今、プロ野球の監督に集中してしまうのだから、たまったものではない。

立浪監督の監督生活3年間のなかで、2023年からの2年間はまさにこんな状況だった。怨恨が、今度は球団側へと向かっていく。