「一樹百獲(いちじゅひゃっかく)」=人を育てることが、大きな利益につながること。
「一樹」は一本の木を植えること、「百獲」は百倍の収穫のことで、一人の人材が百倍の収穫に結び付くというたとえ。
「リスキリング」していますか?
なんのために学ぶのか?
子どもの時からいつも疑問に思いながら、いまだに答えが見つかっていない人もいるのではないでしょうか。
最近では、社会人の「リスキリング」の重要性が叫ばれるようになり、「学び」にますます注目が集まっています。
リスキリングとは、技術革新やビジネスモデルの変化に対応するため、新しい知識や技術を学ぶこと。
政府もリスキリングを後押ししていて、岸田前首相は2022年10月の所信表明演説で、リスキリング支援として「人への投資」に55年間で11兆円を投じると表明しています。
ただ、リスキリングの重要性は何となくわかるものの、「なぜ学ぶのか」「何を学ぶのか」「どう活かすのか」については深く考えたことがないという人も多いのではないでしょうか。
この記事の画像(10枚)そこで、「リスキリング」をテーマにしたビジネスイベントを開催。
パーソルビジネスプロセスデザイン執行役員の小野陽一さん、リクルート・スタディサプリ教育AI研究所所長の小宮山利恵子さん、YouTubeのプログラミング学習チャンネル登録者数18万人(2024年10月現在)を誇る「キノコード」の浦上泰弘さんに話を聞きました。
何のために「リスキリング」するの?
リスキリングの定義について、経済産業省は「新しい職業に就くために、または、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得したり、身につけさせたりすること」としています。
つまり、「スキル獲得」による「仕事での新たな価値創造」が、リスキリングの目指すもの。平たく言えば、「新しいスキルを手に入れて、これまでとは違う、より良い仕事をしましょう」ということです。
この「新しいスキル」を考えるときに大切なのは、「知の深化」と「知の探索」に分けることだとリクルートの小宮山さんは解説します。
「知の深化」とは、一定分野の知を継続して深掘りし、磨き込んでいく行為。
「知の探索」とは、既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうとする行為。
「深く知る」と「広く知る」です。
これまでの延長線上で仕事を良くしていくなら「知の深化」が重要で、これまでとは大きく違う仕事のやり方をするなら「知の探索」が必要になります。
ただ、目先の利益につながりやすいのは「知の深化」のため、リスキリングもこちらに偏りがち。
しかし、イノベーションを起こすには「知の探索」も取り入れた「両利きの状態」が望ましいとされています。
実際、小宮山さんはAI や教育の専門家ですが、自身のリスキリングでは「知の深化」にとどまらず、寿司職人に入門したり、狩猟に挑戦したり、来年4 月からは水産流通の勉強をするため東京海洋大学大学院に通うことにしたりなど、一見今の仕事には無縁と思える領域での「知の探索」を続けています。
「学校教育では、『できるだけ失敗が少なく』『効率的に』やった方が良いというのがやはり主になっています。でも、『失敗が多く』『無駄に見えること』を意識してやっていかないと、これからの時代を生き抜くのが難しいかなと思っています」(小宮山利恵子さん)
一方、キノコードの浦上さんの「何のためにリスキリングをするのか?」という問いに対するスタンスは明快で、「個人であれば年収アップ、組織であれば生産性アップ」とのこと。
リスキリングをするなら、まずはプログラミングや生成AI など「知の深化」のスキル獲得が良いと考えています。
「リスキリングは短期でやるべきで、僕は小手先でいいと思っていて、『あすの仕事に活かせる仕事のスキルを身につけること』がオススメです。年収が上がれば時間をお金で買って、中長期に向けた投資ができる」(浦上泰弘さん)
小野さんも、組織におけるリスキリングの意味が「生産性アップ」であるという点に同調。
社内の取り組みとして、全社員がデジタルスキルを身に着けられるようプログラミングを全員必修にしたと言います。
また、独自の組織強化メソッド「COROPS 」責任者の立場から、社員がリスキリングを継続しやすい環境を組織として作ることも重要だとしました。
「『やれ、やれ』と言われるだけだと皆、嫌になってしまうので、どれだけスキルを活かして目標に向かって成果を出したのか、改善したのかを示すことが、継続的にリスキルしてもらうために組織としてあげるべきことです」(小野陽一さん)そのためには、まず組織としての「目標」と「手段」の設定が必要。
それを社員たちに意識づけるため、全社員のプログラミング必修化を導入したときは、社内の表彰で「売り上げが大きい人」よりも、「売り上げが小さくても、プログラミングで改善した人」を意図的にプロモートするなどの取り組みをしたそうです。
「リスキリング」何をやって、どう活かす?
「知の深化」だけでなく「知の探索」が重要なリスキリング。ただ、いまの仕事から遠く離れた領域に取り組む「知の探索」は、領域が自由であるがゆえに「何をやるか」が非常に難しい分野でもあります。
パーソルビジネスプロセスデザインの小野さんの場合、最近、仏教を学び始めたそう。仕事などでイライラすることもある中、勉強したくなったのだと言います。
そんな小野さんは「『リスキリング』と『アップスキリング(業務で必要な、より高度な知識やスキルを身に付けること)』を混同している人がいる」と指摘したうえで、リスキリングのテーマの探し方をこうアドバイスしました。
「つい『良い方へ、良い方へ』と考えてしまうのですが、目の前で困っていることを解消するために学ぶのが良いと思います」(小野陽一さん)
一方、寿司や狩猟、水産流通など多彩なリスキリングをしているリクルートの小宮山さんは、「好きなことをやる」が軸。そうでなければ中長期的な学びは続かないというのが一番の理由です。
ただ、小宮山さんのように寿司職人に弟子入りしたり、大学院を受験したりするなど、「好きなことを見つけて、さらに実行する」というのは、誰しもができることではありません。
そこで小宮山さんがおすすめするのは、「コンフォートゾーン(居心地の良い場所)をちょっと抜けてみる」ということ。
自分の仕事以外に隣の部署をちょっとのぞいたり、隣町のコンビニに出かけてみたり。できれば五感を使った体験ができると最高だと言います。
ただ、リスキリングで得た知見を仕事に活かすには、やみくもにインプットしているだけでは足りません。
重要なのは「メタ認知力」。自分自身の行動や思考そのものを認知の対象として、客観的に認識する能力です。
小宮山さんは、自分の行動をメタ認知するため、常に言語化する訓練をしていると言います。
「ドット(未来につながる点)はみんなあるのに、メタ認知力がないと、どうつなげられるかがわからない。『思考は現実化する』と言いますが、現実化する度合いがひとりひとり違うのは、多分行動量の違いなんです。みんなインプットはめちゃくちゃしている。それに、プラス行動量があることで、目の前の現実化の解像度があがると思います」(小宮山利恵子さん)
人材育成の重要性を説いた「一樹百穫」の教えには、前段があります。
「一樹一穫なるものは穀なり、一樹十穫なるものは木なり、一樹百穫なるものは人なり」(管子)また、「1年の計は、穀物を育てよ。10 年の計は、木を育てよ。100 年の計は、人を育てよ」とも言われます。
米や麦など穀物は、春に種をまくと、秋に確実に収穫できますが、収穫は一回だけです。
木は一度植えてから数年かかりますが、毎年果実を収穫できて、落ち葉を燃料にできます。
そして、人を育てるのは時間がかかりますが、長い目で見れば最も大きな利益をもたらします。
これまでの仕事のやり方だけでは通用しない変化の激しい時代。
「知の深化」による目の前の収穫だけでなく、「知の探索」によって将来の一樹百獲を目指すことが、働く社員にも、受け入れる組織にも、最重要となっています。