「臥竜鳳雛(がりょうほうすう)」(=「臥している竜」と「鳳凰の雛(ひな)」のこと。才能はあっても、機会がないために力を発揮できていない人のたとえ。『三国志』では、諸葛亮が「臥竜」、龐統が「鳳雛」と呼ばれ、どちらかを軍師として迎えることができれば天下を統一できるといわしめたほどの人物)

「大企業って大体、失敗するとマイナスの減点式なので、何もしない方が得なんですよ。そういう意味では新規事業向けの教育はされてないと思います」

大企業で働く人をそう評するのは、ファミリーマートのエグゼクティブ・ディレクターCMOの足立光さん。2024年3月からは、CCRO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)を兼務する形で、新規事業やデジタル事業も統括しています。

コンビニ業界2位のファミリーマートも、本来なら「何もしない方が得」なはずの大企業。

ところが、ファミリーマートでは「たぶん40%増量作戦」「背徳のコンビニ飯」など斬新なプロモーションや、靴下などが人気の「コンビニエンスウェア」、コンビニ業界初のファッションショー「ファミフェス」、国内最大規模のリテールメディアとなっている店内のデジタルサイネージ「ファミリーマートビジョン」など、新たな事業開発や投資が次々と行われています。

「コンビニエンスウェア」
「コンビニエンスウェア」
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もちろん、足立さん1人の力だけですべての事業やキャンペーンを成功に導くことは難しいはず。どのようなチームで、どうやって「何もしない方が得」とならずに新規事業を立ち上げているのでしょうか。

東急不動産の白倉弘規さん(ホテル・リゾート第2部事業企画グループ・グループリーダー)とフィラメント代表取締役CEO角勝さんとともに、その秘訣を聞きました。

左2番目から、足立光さん、白倉弘規さん、角勝さん。一番左は筆者
左2番目から、足立光さん、白倉弘規さん、角勝さん。一番左は筆者

足立さんによると、ファミリーマートに「新規事業チーム」は存在しているものの、メンバーは新規事業については考えたこともない人ばかり。コンビニのことしか考えたことがないメンバーに、急に新しい事業を考えろと言ってもなかなかうまくは進みません。

とは言っても、コンビニ業界の第一線で活躍してきた人たちばかり。才能はあっても機会がないために力を発揮できていない「臥竜鳳雛」のような人物かもしれません。

そこで足立さんは、他社の新規事業担当者や起業家が集まるような場所にどんどん連れていって、新しいことに触れる機会を増やすようにしているといいます。

「全然違う教育を受けてきているはずなので、普通にそういう方々と話して、そこに慣れるのが大事だと思っています」

様々な業界の人が集まるイベント
様々な業界の人が集まるイベント

違う業界の人とのつながりが増えることで、アイデアの幅も広がります。足立さん自身もそうやって様々な事業アイデアを膨らませているそうです。

「アイデアは、同じ業界にはあまり良い事例がないので、他の業界を見て、そこで流行っていること、うまくいったことを、こちらの業界に取り入れるということを一生懸命やっています」

コンビニ業界初のファッションショー「ファミフェス」
コンビニ業界初のファッションショー「ファミフェス」

そうした教育の甲斐などもあって、ファミリーマート社内では「コンビニ業界2番手として、競合の後を追っているだけでは永遠に追いつけないので、新しいことをやっていきましょう」という雰囲気がかなり浸透したと言います。

しかし、大企業の新規事業担当者からよく聞かれるのは、「新しいアイデアを考えても、会社が承認してくれないので実行に移せない」という悲鳴。本業が盤石な企業ほど、新たな事業の立ち上げへの警戒感が広がりがちです。

ファミリーマートの場合、どのように新規事業を進めているのでしょうか。

店内の「ファミリーマートビジョン」は国内最大規模リテールメディアに
店内の「ファミリーマートビジョン」は国内最大規模リテールメディアに

「僕は、新しいことやるときはなるべく『新しい』と言わないようにしているんです。言うと抵抗されるから。『新しくないですよ』と言って、スーッとやる」

実際、大企業の新規事業が失敗する理由のひとつに、「トップが外に向けて聞こえがいいことを言いたいだけで、実は新しい事業を作りたいわけではない」(角勝さん)というケースがかなりあると言われます。

どんな新規事業をやっていくのかの明確なイメージが社内にない場合、「新しいことをやります」と言っても逆効果。

そこで足立さんは、「新しくないですよ」とこれまでの延長線上のように言うことで安心させる作戦をとっていると言うのです。

さらに、自分の承認だけで回せるものをどんどん進めて、「多くの人の承認を取らない」というのもポイントなのだそう。

日本の大企業では、いまだにSNSを見ている経営者が少ないことなどに触れ、「大企業の上の方が理解するわけがない、多分理解されないものだと思って進めていかないといけない」と強調しました。

社会を取り巻く環境の変化がめまぐるしい時代。「臥竜」が眠ったまま、「鳳雛」が大人にならないままでは、大企業も安泰ではありません。

企業自身の変化を求められる中で、話題性のある新たな仕掛けを次々と打ち出しているファミリーマート。セッションの最後に、足立さんはこう宣言しました。

「来年に向けて、ちょっとまた皆さんのコンビニの感覚が変わるようなことが、いくつかできればと思っています」

大企業内にあまた存在する「臥竜鳳雛」が伸び伸びと活躍できれば、未来に向けてどんな変革も可能。そのためにも、「何もしない方が得」などとは誰も考えない教育システムや意識の浸透が広がっていくことが必要です。

清水俊宏
清水俊宏

世の中には「伝えたい」と思っている人がたくさんいて、「知りたい」と思っている人がたくさんいる。その間にいるメディアは何をすべきか。現場に足を運んで声を聴く。そして、自分の頭で考える。その内容が一人でも多くの人に届けられるなら、テレビでもネットでも構わない。メディアのあり方そのものも変えていきたい。
2002年フジテレビ入社。政治部で小泉首相番など担当。新報道2001ディレクター、選挙特番の総合演出(13年参院選、14年衆院選)、ニュースJAPANプロデューサーなどを経て、2016年から「ニュースコンテンツプロジェクトリーダー」。『ホウドウキョク』などニュースメディア戦略の構築を手掛けている。