アメリカの9月の雇用統計を受け、FRB(連邦準備制度理事会)による大幅利下げ観測が後退した。
追加利上げに慎重姿勢を示した石破首相の発言をきっかけに進んだ円安ドル高の流れは、週明けも続いている。
“ホームラン”級だったアメリカ雇用統計
アメリカで4日に発表された雇用統計は、労働市場の底堅さを示すものだった。
非農業部門の雇用者数は前月に比べ25万4000人増え、市場予想の15万人増を大きく上回り、失業率は4.1%と、前月の4.2%から低下した。平均時給の伸びも市場予想を上回った。
夏以降に高まっていた雇用の急速な悪化をめぐる不安を拭い去る内容で、アメリカメディアは「ホームランだ」と伝えた。この先、急ピッチの利下げが続くとみていた金融市場では、見通しを修正する動きが広がった。FRBによる大幅利下げ観測が後退し、11月の会合では0.25%の利下げを確実視する見方が強まっている。
アメリカ債券市場では、長期金利が大幅に上向き、10年債利回りは4%近辺と、約2カ月ぶりの水準となる場面があった。
円安方向への動きが強まっていた外国為替市場では、ドル上昇が加速し、週明けの7日朝、円相場は、一時1ドル=149円10銭近辺と、約1か月半ぶりの円安・ドル高水準をつけた。
引き金を引いた利上げ“慎重”発言
円安への急速な流れの引き金を引いたのは、石破首相の発言だ。
この記事の画像(4枚)石破氏は、日銀の植田和男総裁と会談した後、2日夜、「個人的見解」としながらも、「追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」などと述べた。
市場では、就任前、日銀の政策正常化に一定の理解を示してきたとされる石破氏が、追加利上げに慎重な姿勢を見せたと受け取られ、年内の利下げ観測が後退した。
首相が日銀の金融政策について具体的に言及するのは異例だ。
円が売られる動きは、その後発表された9月のADP全米雇用リポートの結果にも後押しされ、海外勢主導で一気に強まり、発言前後の1日で4円近く円安が進行した。
石破首相は、翌3日夜には、「内外の金融市場や経済の状況を見極めていく必要があり、そうした時間的な余裕はあると説明されていることを念頭に、私もそのような理解をしていることを申し上げた」と説明したが、市場関係者の間では「日銀の利上げへのハードルが高くなった」との見方が広がった。
週明け日経平均株価は3万9000円台を回復
円安の進行は、輸出関連銘柄を中心に、日本株にとっては追い風になる。
自民党総裁選での石破氏勝利は、高市氏が決選投票に進んだ際の「高市トレード」の巻き戻しという形で、直後に円高株安への反転をもたらしたが、石破発言を受けて円が下落するなか、3日の東京株式市場は幅広い銘柄に買いが波及し、日経平均株価は一時1000円を超えて値上がりした。
円安とともに、日本株の上昇を支えるのが、アメリカ市場の株高だ。
4日のニューヨーク市場では、雇用統計を受けて、景気が堅調だとの見方から買い注文が広がり、ダウ平均株価は最高値を更新した。
好調な労働市場が消費を支えるとの見方から、景気が悪化せずにインフレが収束する「ソフトランディング=軟着陸」への期待が高まった。
週明け7日の東京市場は、アメリカ株高の流れも引き継いで、投資家のリスク選好姿勢が強まって買いが広がり、午前の日経平均株価の上げ幅は一時900円に迫った。
物価高対策との矛盾と追加利上げへの「時間的余裕」
石破首相の発言を材料視した円安株高の流れは、アメリカ景気の底堅さにより後押しされる形となっているが、一段の円安は、輸出企業の利益を膨らませる一方で、輸入物価の上昇要因となる。消費者物価を押し上げる圧力となり、石破政権が打ち出す物価高対策と矛盾しかねない。
植田総裁は、9月の金融政策決定会合後の会見で、追加利上げの必要性を判断するにあたって「時間的余裕がある」との認識を示したが、その根拠としてあげたのが、輸入物価の上振れリスクが円安の修正により、「相応に減少した」ことだった。
円安が進んでいけば、追加利上げ判断への「時間的余裕」をめぐって、日銀の金融政策運営は難しい状況に直面する可能性がある。
石破発言に端を発した円安株高の行方と影響を、注意深くみていく必要がある。
(フジテレビ 解説副委員長 智田裕一)