建築界の世界的巨匠、フランク・ゲーリー氏が設計した神戸市のシンボル「フィッシュダンス」が老朽化のため存亡の危機にある。オブジェを管理する神戸市は高額な修繕費を理由に撤去も選択肢に検討を行っている。
歴史的建造物の維持や改修に対する6つの考え方について、神戸大学大学院工学研究科の末包伸吾教授に聞いた。
造形のエッセンスが凝縮
ーー「フィッシュダンス」はどういった作品?
フィッシュダンスの設計者は世界で最も活躍する建築家の1人、フランク・ゲーリー氏です。彼の作品ということだけで人が集まります。建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞や、世界各国の建築のデザイン賞を総なめしている建築家で、生きている間に伝記が出るほどの人物です。フランスのルイ・ヴィトン財団美術館やビルバオ市のグッケンハイム美術館なども手掛けています。
ゲーリー氏は活動の当初から“エビと魚”をデザインのモチーフとしていて、フィッシュダンスは彼のデザインコンセプトをかなりシンプルにストレートに表した作品として芸術性が非常に高いと思っています。ゲーリー氏が世界で評価されるようになった造形のエッセンスが一番ここに込められている初期の作品で、日本には1つしかありません。
ーーあまり神戸市民には認知されていない?
三宮のメリケンパークの海開きに伴って作られたもので築40年が経ちますが、メリケンパークの玄関口に建ってはいるものの、人の動線とうまく絡み合っていないので認識されにくいのかもしれません。
神戸市民が誇りに思えるオブジェの1つだと思うので、きちっとPRして啓発していくことが大事だと思います。今は放置されているような感じもするので、建築的価値を知ってもらい観光にうまくつなげられるようなメニューがあったら良いと考えていて、私も協力したいと思っています。
建造物を残すための6つの視点
港町神戸のメリケンパークの入り口に1987年に完成したフィッシュダンスは表面が赤くさびるなど老朽化が進み、今後、大災害が発生した場合は倒壊の危険性もあるとして8000万円もの改修費が必要だと試算されている。
歴史的建造物の維持にはどのような判断基準があるのか。末包教授は6つの要素を挙げた上で、“世界的巨匠が手かげた日本に唯一の作品”という価値の高さから、作品の存続を訴える。
ーー建造物を残す判断基準は?
建築物は建設から何年か経つと、維持するか解体するかという議論が起こります。しかし歴史的な建造物については、バブル前にスクラップアンドビルドから方針転換があり、「特に大事にしましょう」という考えに移行しました。しかし昨今でも名建築がかなり壊されてしまっているのが現状です。
そこで建造物を残すにあたっては6点ほどの考え方があると思います。
1つは、「時代性」や「歴史性」。
2つ目は「機能性」。建築だと機能性が追い付いていないことがありますが、今回はパブリックアートなので機能性という点では大丈夫だと思っています。
3つ目は「都市性」。作品がどこに位置するかが重要で、フィッシュダンスはメリケンパークのオープンに伴って作られたゲートで、広大なスペースとスケールが非常にマッチしています。
4つ目は「芸術性」。ゲーリー氏の単なる1作品ではなくて、今に至るまで追求し続けている造形のエッセンスが一番シンプルな形で展開されている点で非常に芸術性が高いです。
5つ目が「経済性」。今は8000万円の改修費用が大きな議論になっていますが、建設費、維持費という問題です。
6つ目は「市民性」。“シビックプライド”(都市に対する市民の誇り)という言葉がありますが、市民が誇りに思うかどうかです。パリの象徴であるエッフェル塔も建設当時はパリの街並みを壊していると非難轟々でした。今では世界的なシビックプライドになっています。
フィッシュダンスを“シビックプライド”に
末包教授は今回の騒動は、オブジェの存在を神戸市民に限らず日本や世界に広め神戸全体の都市の美しさの議論につなげる良い機会だと話す。
ーーシビックブライドにするためには?
今は改修のことだけが話題になっていますが、今回の騒動を機会に今後はもっと視野を広げて、作品の維持と共に利用、さらにそれが市民のシビックプライドにつながることが重要です。
6つの要素のうち、時代性、機能性、都市性、芸術性の4つはクリアしていると思います。課題は経済性と市民性です。こういった問題が起こった時は、神戸の議論だけに留めるのではなくて日本、あるいは世界に広げたらいいと思います。例えばクラウドファンディングなどを行えば、オブジェの存在を神戸の人に限らず、日本や世界の人が気付く良いきっかけになり、さらには神戸全体の都市の美しさの議論にもつながると思っています。