「パレスティナの大義」

#パレスチナは私の大義ではない

8月13日にイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)との国交正常化にむけた合意締結が発表されると、ツイッターにはこのハッシュタグをつけた投稿が相次いだ。

イスラエルとUAEの国交正常化に向けた合意締結を発表するトランプ大統領
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1948年のイスラエル建国以来、「パレスチナの大義」は世界中のイスラム教徒が連帯し、ともに掲げるスローガンであり続けてきた。

「ユダヤ人はイスラム教徒同胞であるパレスチナ人の土地を占領し、不当にイスラエルを建国した。我々イスラム教徒はユダヤ人の手からパレスチナを、そしてエルサレムを解放しなければならない」というのが共通の課題、目標に掲げられてきたのである。

UAEがイスラエルと国交を回復し、和平への道を選択したということは、基本的にはこのパレスチナの大義を捨てたことを意味する。「パレスチナは私の大義ではない」というわけだ。

イスラエルのネタニアフ首相

大義を捨てたという表現は、薄情な裏切り者を想起させるが、UAEのこの選択は我々のような自由主義国、民主主義陣営にとっては極めて喜ばしい、歓迎すべきものである。

世界平和実現に向けた着実な成果

なぜならば第一に、これは世界平和実現にむけた着実な成果と言えるからだ。

パレスチナの大義は、イスラム教という宗教の教義に立脚した異教徒嫌悪に強く根差している。イスラム教においてユダヤ教は邪教とされ、ユダヤ人はブタでサルだと蔑まれる。イスラム教という宗教を政治や外交に持ち込み続ける限り、ユダヤ人国家イスラエルは殲滅の対象でしかありえない。

要するにイスラム諸国はパレスチナの大義を掲げる限り、イスラエルとは戦い続けなければならないのだ。これでは中東が平和になるはずがない。

今回の国交正常化は、なによりもまず、UAEが宗教を政治・外交から排除する方向へと舵を切ったことを意味する。同国が宗教イデオロギーを捨て、現実的な和平の道へと踏み出したことは、中東の安定化、世界平和の実現にとって大きな前進だ。

第二に、UAEの決定は他のイスラム諸国にも影響を及ぼし、世界はさらに平和に向けて動きつつある。すでにバーレーン、オマーン、スーダンが追随する可能性についてイスラエル当局者が言及しており、日本を含む自由主義諸国がこの流れを歓迎している。

正常化に異議を唱える人々

一方、この国交正常化に異議を唱えているのがパレスチナ自治政府やハマスやイスラミック・ジハードといったパレスチナの支配勢力、それにイランやトルコだ。

パレスチナ自治政府のアッバス議長はこれを「歴史的な過ち」と非難し、UAEに国交正常化の決定を見直すよう要請した。

「歴史的な過ち」だと非難するパレスチナ自治政府のアッバス議長

イスラエルに対するテロ攻撃を続けるハマスは、UAEはパレスチナ人を裏切り、背中から刺したと非難する声明を出した。

UAEのムハンマド・ブン・ザイード皇太子の写真に火をつけて燃やすパレスチナ人

パレスチナ人は路上に集まり、UAEとイスラエルの国旗を踏みつけて燃やし、今回の決定を主導したUAEのムハンマド・ブン・ザーイド皇太子の写真にも靴をぶつけ、火をつけて燃やした。

合意に抗議する人々(パレスチナ自治区ガザ8月14日)

パレスチナ指導層やパレスチナ人のこうした発言や行動が、一般のイスラム教徒、特にUAEやサウジアラビアの人々の怒りに火をつけた。彼らが怒りのツイートにつけたのが、「パレスチナは私の大義ではない」というハッシュタグである。

パレスチナへの資金援助が汚職の温床に

UAEとサウジは、これまでパレスチナに対し200億ドル以上の資金援助をしてきたとされる。UAEの人々は、イスラエルと国交正常化したとたんにUAEを裏切り者と呼び、UAE国旗を燃やしたパレスチナ人を、恩知らずで偽善的で、執念深く、傲慢で、愚かだと非難した。

イスラム諸国だけではなく日本など自由主義諸国や国連、NGOなどからパレスチナに支援された資金の行方も疑問視されている。パレスチナ人、特にガザ地区の人々が貧困に苦しむ中、パレスチナ自治政府アッバース大統領の個人資産は2億ドル以上あり、ハマスの指導者イスマイール・ハニーヤとハーリド・マシュアルは数百万ドルの土地や不動産、資産を有しているとも報じられている。

パレスチナの大義というのは、結局は形式的な建前に過ぎず、その実態はパレスチナ指導者らの汚職の温床だったのだ。

彼らはパレスチナの大義を掲げてイスラム諸国や先進諸国からカネをもらい、そのカネを自らの懐に入れ、あるいは武装テロ組織の資金として用い、破壊行為と殺戮を扇動してきた。彼らはパレスチナの占領、混乱、戦闘自体から富を得ているので、そこに和平が生まれるのは彼らにとって都合が悪い。

要するに、今回の国交正常化に反対している国や人々というのは、世界が平和になっては困る国や人々なのだ。

イランがこれに反対しているのは、イランが「イスラム革命」を世界中に輸出する目的でハマスやイスラミック・ジハードに資金提供している国であり、イランの掲げるパレスチナ人という被抑圧者の解放、エルサレム解放という目標をこの国交正常化が阻害することになるからである。

トルコがこれに反対しているのも、トルコがイスラム諸国をまとめるリーダーとなり、あるいはエルドアン大統領がイスラム諸国を束ねるカリフとして君臨し、エルサレムを解放するというトルコの世界戦略を、この国交正常化が阻害することになるからである。

このハッシュタグの流行は、パレスチナの大義が中東を不安定化させ、戦乱や敵意を持続させる呪いだったのだということに、イスラム諸国だけではなく多くのイスラム教徒たちも気付いており、彼らが実はそれにうんざりしていたという現実を露見させている。

今回の国交正常化はイスラエルでも歓迎され、SNSにはイスラエル人がこれを喜んだり、UAEの国家を歌ったり、UAEの人々に是非イスラエルに来て欲しいと呼びかけたりする投稿が相次いだ。

これを見たイスラム教徒たちからは、素直な驚きとともに、「もっと早く国交正常化すればよかった」「パレスチナに支援した金をイスラエルに投資していればよかった」など後悔の投稿も多くあった。

日本のメディアや専門家の中にも、パレスチナの大義やアラブの大義という理念を掲げ、今回の国交正常化を問題視するような論を唱える人々がいる。我々はそういった「美しい理念」に惑わされることなく、そうした論者が理念によって戦闘や混乱の継続を正当化し、世界平和実現を遠ざけようとしている実態を疑問視すべきだ。

宗教の違いを超え和平を構築していくことができると我々自身が信じない限り、世界から戦乱がなくなることは決してない。

【執筆:イスラム思想研究者 飯山陽】