7月5日、都知事選投票日を2日後に控え、JR新宿駅前で街頭演説に立った小池知事。

都知事選の街頭演説で激しいヤジに見舞われる小池知事(東京・新宿区 7月5日)
都知事選の街頭演説で激しいヤジに見舞われる小池知事(東京・新宿区 7月5日)
この記事の画像(7枚)

演説が後半にさしかかったところで激しいヤジに見舞わた。「辞めろ」「帰れ」……多数の聴衆が声をあわせて大合唱となり、小池知事は約1分の間言葉を失い、演説を中断する事態になった。

こうした選挙演説へのヤジが、「表現の自由」として守られるべきという最高裁の判断が下った。

安倍首相へのヤジで排除された女性に55万円の支払い命令

20日までに最高裁が判断を下したのは、2019年に札幌市内で選挙演説にヤジを飛ばした女性が警察に排除されたことを「表現の自由の侵害」として北海道を訴えた損害賠償訴訟だ。

「表現の自由の侵害」として北海道を訴えた損害賠償訴訟(札幌地裁 2022年3月)
「表現の自由の侵害」として北海道を訴えた損害賠償訴訟(札幌地裁 2022年3月)

二審判決によると、女性は応援演説をしていた安倍晋三首相(当時)に「増税反対」「自民党反対です」などと大声で連呼したところ、警察官に腕や肩をつかんで取り囲まれ、場所を移動させられ、その後もつきまとわれたという。最高裁は警察官の行為を「表現の自由の侵害」と認定し、北海道に55万円の損害賠償を命じる判決が確定した。一方で、同じ場所でヤジを飛ばして排除されたとし訴えていた男性については、周囲の人ともみ合いになり、危険があったとして訴えが棄却された。

「ヤジは合法」つばさの党は判決をどう見たのか?

この判決の意味は決して小さくない。

2024年5月に政治団体「つばさの党」の代表らが、衆議院の東京15区補欠選挙の際、対立陣営の演説会場に押しかけ大音響でヤジを飛ばしたり、選挙カーを追い回して選挙活動を妨害した疑いで逮捕された。つばさの党の幹部は、当時X(旧Twitter)で上記裁判を引き合いに出して、自分たちは逮捕されないのだと主張していた。

左から根本容疑者、黒川容疑者、杉田容疑者
左から根本容疑者、黒川容疑者、杉田容疑者

「候補者以外の安倍へのヤジが合法な時点で、候補者である俺らが違法なわけがない北海道のヤジも、俺らがやったヤジも全く同じなぜならヤジの定義が曖昧だから音量がデカかろうがなんだろうが定義が曖昧な以上、ヤジであると一括りにされる」
(つばさの党のXより ※原文ママ)

この「北海道のヤジ」が上記訴訟のことで、「ヤジが合法である以上、候補者である自分たちが逮捕されることはない」との理屈だった。今回の最高裁の判断は、まさにこの根拠に“お墨付き”を与えることになりかねない。

実際に、22日、つばさの党はXで早速、「一般人よりも候補者の方が選挙における主張は守られるので、私たちにとっては有利な判決だと思う」と反応している。

どこまでのヤジが表現の自由なのか?

結局、つばさの党代表ら3人は、対立陣営への自由妨害罪で警視庁に逮捕・起訴されたが、逮捕にあたり警視庁は「選挙における言論・表現の自由」への警察の介入と捉えられないよう説明をつくした。

演説している候補者にヤジを飛ばす根本容疑者(「つばさの党」YouTubeより)
演説している候補者にヤジを飛ばす根本容疑者(「つばさの党」YouTubeより)

この際、警視庁が逮捕の根拠として挙げたのが「候補者の演説がヤジにより聴衆に聞こえない状態になったこと(昭和23年最高裁判例)​」であり、ここで「違法なヤジ」に一定の線引きがなされることになった。つまり、選挙のヤジは演説が聞こえなくなるほど大音量で行うと違法になりうるというのだ。

小池知事が見解「物さえ投げなければいいのか?」

一方で、冒頭紹介した通り街頭演説で「辞めろコール」が起こり演説中断を余儀なくされた小池知事は23日、記者会見で今回の最高裁決定について所感を述べた。

小池都知事の定例会見(23日)
小池都知事の定例会見(23日)

小池知事は「(これは)司法の判断」と前置きし、「その上で現場の話をしますと、マイクを使うか使わないか、立候補者か否かという違いだけで街頭演説を実際に行う側からすればあまり違いがない」「物さえ投げなければいいのか、というのであれば街頭演説はなかなかむずかしいと思わざるを得ない。そういう中で何ができるのか考える必要がある」と答えた。

つまり、ヤジの音量や効果で線を引かれても、応援演説を妨害されること自体、候補者とすれば変わらないという見解を示している。

迫る解散総選挙 変わる応援演説警備

9月には自民党の総裁選が予定され、年内の解散総選挙も想定される中、今回の最高裁判断が演説会場での演説妨害にどんな影響を与えるのか。

これまでの衆議院補欠選挙や都知事選と違い、全国の街頭で大々的な演説が行われることを見据え、警備警察当局は警戒を強めている。

警察庁・露木康浩長官の定例会見(22日)
警察庁・露木康浩長官の定例会見(22日)

警察庁の露木康浩長官は22日、定例会見で判決を受け「警察官の行為が違法だったことは真摯に受け止めなければならない。選挙運動の警護は通常警護に比べると格段に危険度が増す。刻一刻と状況が変わる中で状況を判断し、警護措置を取ることが大事」と所感を述べた。

アメリカではトランプ前大統領が演説会場で狙撃されたことも記憶に新しく、来るべき総選挙では、候補者や聴衆の安全と選挙における表現の自由の保護という、時として二律背反となる要求を同時に満たしていく難しい判断を迫られることになる。
(フジテレビ社会部長 勝又隆幸)

勝又隆幸
勝又隆幸

フジテレビ報道局社会部長。1995年の入社以来警視庁、司法、警察庁クラブなど、事件記者を10年。
2010年からロンドン特派員として、ロンドン五輪、ロイヤルウェディングのほか、リビア、シリア、ウクライナで紛争取材にあたり、マレーシア航空機撃墜現場から中継取材も。
その後ニュース番組プロデューサーなど経て、2023年から現職。