警視庁本部に護送される際、車内から報道陣に手振りやピースサインをし、おどけて見せた「つばさの党」の代表・黒川敦彦容疑者(45)、幹事長・根本良輔容疑者(29)、運動員の杉田勇人容疑者(39)の3人。
このタイミングでの逮捕は、想定外だったかもしれない。
この記事の画像(25枚)17日、公職選挙法の自由妨害の疑いで逮捕された「つばさの党」の代表・黒川敦彦容疑者、幹事長・根本良輔容疑者、運動員の杉田勇人容疑者の3人は、4月に行われた衆議院東京15区の補欠選挙の際、街頭演説していた乙武洋匡氏の陣営に乱入し、大音量でヤジを飛ばしたうえ、電話ボックスによじ登り、怒号を上げて演説を妨害した疑いがもたれている。
そのほかにも演説者の演説会場で太鼓を打ちたたいたり、街宣車で追い回してどう喝したり、あげくの果てには候補者らの自宅前にまで行って大音響で街宣するという、まさに「やりたい放題」の所業を動画配信サイトで生配信していた。こうした「妨害活動」に対し、多数の候補者が警視庁に被害届を出したほか、著しい精神的苦痛を味わったと被害を申告する候補者もいたという。また、妨害活動により明らかに投票結果が影響を受けたと訴える陣営もある。
選挙期間中とは言え、なぜここまでの行為を止めることができなかったのか。警視庁は告示日の2日後に「つばさの党」に警告を出していたが、彼らには「逮捕はされない」、もしくは逮捕された場合にも正当性を出張できるとの自信があったとみられる。その拠り所としていたのが、5年前、安倍首相(当時)に向けられたあるヤジについての裁判だった。
映画にもなった安倍首相(当時)へのヤジ問題
2019年7月15日、参院選の候補者のため、札幌市内で応援演説をしていた安倍晋三首相(当時)に対し、政権批判のヤジを飛ばした男女が警察官に取り囲まれ、排除された。
この際1人の市民が、多数の警察官が取り囲まれ、抱えられるようにして連れていかれる様子がテレビカメラにとらえられていたため、「表現の自由が権力に脅かされる」という危機感が久々にクローズアップされることになった。この問題を民放記者が追及した取材をまとめた映画「ヤジと民主主義」も話題を呼んだ。
男女はその後「憲法が保障する表現の自由を侵害された」として国家賠償訴訟を起こし、一審で2人の主張が認められ、被告の北海道に賠償命令が言い渡された。二審では男性の排除は安全上の理由があったとして「適法」とされたが、女性に関しては「警察による表現の自由の侵害があった」と認める一審判決が維持されている。つまり応援演説に対するヤジを警察が取り締まったことが依然「違法」とされているのだ。
裁判は現在も双方が上告し、争っているが、警視庁が選挙期間中に逮捕に踏み切れなかった理由の一つには、この裁判の経過があったとみられる。警視庁は自らも候補者を出す「つばさの党」を選挙期間中のヤジを理由に強制捜査することによって、北海道のケースのように警察権力の選挙への介入と指摘されることだけは避けたかったに違いない。
一方の「つばさの党」も、まさのこの裁判を拠り所として、街宣活動を続けていたことがX(旧ツイッター)への書き込みからうかがえる。幹事長の根本容疑者は13日、関係先を家宅捜索されたことについて以下のように書き込んでいる。
「候補者以外の安倍へのヤジが合法な時点で、候補者である俺らが違法なわけがない
北海道のヤジも、俺らがやったヤジも全く同じ
なぜならヤジの定義が曖昧だから
音量がデカかろうがなんだろうが定義が曖昧な以上、ヤジであると一括りにされる
だから警察は、小池に圧力かけられて警告を出したりガサ入れするぐらいしかできない
逮捕できるなら今日してたはずだから」(※原文ママ)
候補者以外の安倍へのヤジが合法な時点で、候補者である俺らが違法なわけがない
— 根本良輔 (@nemoto_ryosuke2) May 13, 2024
北海道のヤジも、俺らがやったヤジも全く同じ
なぜならヤジの定義が曖昧だから
音量がデカかろうがなんだろうが定義が曖昧な以上、ヤジであると一括りにされる…
つまり、北海道の裁判で応援演説に対するヤジが合法と認められたことを引き合いに、ましてや候補者である自分たちが捕まるはずは無いのだと過信していたことがうかがわれる。
選挙への介入との批判を警戒し、逮捕に踏み切れなかった警視庁捜査2課は、選挙後「つばさの党」の動向や世論の風向きを確認した上で、満を持して強制捜査に乗り出した。異例の特別捜査本部を設置して徹底的に捜査にあたるという。一方で、容疑者らは選挙が終わっても、知事やタレントの自宅に街宣をかけ、その様子を動画配信するなど活動をエスカレートさせていった。
はたして彼らの真の目的が選挙活動であり、表現の自由の実現と言えるものだったのか。押収した証拠と、聴取を通じて真相の解明が待たれる。
【執筆:フジテレビ社会部長 勝又隆幸】