バイデン大統領が民主党内の撤退圧力に屈する形で7月21日に再選の断念を表明してから1週間が過ぎた。バイデン氏は6月のテレビ討論会の失態後も、何度も「選挙戦を続ける」と訴えたが、あと4年本当に続けられるか国民の不安を払拭できなかった。それ以上に大統領選挙と同日に選挙を抱える連邦議会議員からの批判が噴出。結果として身内から引きずり降ろされた形だ。
この記事の画像(11枚)一方、アメリカ世論は、バイデン氏の撤退を好意的に見る向きが強く、後継に支持したハリス氏は、バイデン氏で離れていた旧来の若者、黒人層の支持を回復し、勢いをみせている。トランプ氏は暗殺未遂事件で、強いリーダーとして圧倒的な印象を付けたが、民主党の劇的な候補者交代に注目を持っていかれた感は否めない。一時は決着が付いたかに見えた大統領選挙の行方は、投票まで100日を切る中で、再び大接戦の様相となっている。
「あと4年は無理」と改めて国民に思わせたバイデン氏の失態
バイデン大統領は就任後、精彩を欠いた言動を指摘されてきたが、それでも予備選で勝利し、事実上の大統領候補を確実にした背景には、民主党内にバイデン氏を凌駕する人材がいなかったことも大きい。実際に、過去の多くの世論調査ではバイデン氏はハリス氏よりは支持されていた。流れが変わったのは、6月27日に行われたテレビ討論会だ。冒頭からバイデン氏は、かすれ声、言い間違えをし、トランプ氏の発言中には口を開けたまま目を見開き、国民の不安を増大させた。
翌日以降の演説では力強さこそ取り戻したが、7月9日から11日にかけてワシントンで開かれたNATOサミットで、ウクライナのゼレンスキー大統領を「プーチン大統領」と呼び、ハリス副大統領をトランプ氏と混同する痛恨のミス。もはや撤退は不可避との見方が強まった。
ハリス氏は予想外の健闘か?
一方、バイデン政権の取材を行う中で、ハリス氏は初の女性・アフリカ系・アジア系として副大統領に就任後、相次いで評価を落とし続けてきた。スタッフの相次ぐ辞任、国政経験の乏しさによる議会との調整不足。南部国境の移民政策を担当するも、現地入りが遅れ対応に苦慮すると実力に疑問符が付いた。
ただ、「初の女性副大統領への注目の高さ(米政府関係者)」というように、必要以上に目立ったことで、批判が強まった感も否めない。ただ、バイデン氏が撤退を表明し、ハリス氏を後継として支持すると状況は様変わりした。
バイデン氏が撤退する前、政治サイト「リアル・クリア・ポリティクス」がまとめた世論調査の平均は、トランプ氏の支持が47.9%に対して、バイデン氏は44.8%と差を付けられていた。この状況は、ウォールストリートジャーナル(7月23日~25日)の調査で、トランプ氏49%、ハリス氏47%、ニューヨーク・タイムズ(7月22日~24日)でトランプ氏48%、ハリス47%と変化した。さらに、モーニング・コンサルト(7月22日~24日)のサンプル数が1万1297と大規模な調査ではハリス氏46%、トランプ氏45%と支持率でリードしたのだ。ただ、数字は誤差の範疇で、両氏は大接戦を繰り広げているとの見方が強い。
ハリス氏への追い風は、今後の民主党の副大統領候補の指名や、8月19日から4日間行われる民主党大会までは続くと見られ、勝負は9月以降の状況次第だ。
実はトランプ氏の人気「過去最高」レベル?
政治サイト「ポリティコ」は選挙戦の分析の中で、ハリス氏がバイデン氏よりも、若い有権者や有色人種の有権者に強い支持を得ている点を指摘しつつ、「だからといって、トランプ氏の得票が数日で完全に消えたわけではない」と釘を指す。
若い有権者や有色人種の有権者の支持は、2020年にバイデン氏がトランプ氏に勝利した大統領選挙時ほどハリス氏を支持しておらず、逆にトランプ氏はこの支持層で、2016年、2020年を大きく上回っているとする。ウォールストリートジャーナルの調査では、トランプ氏に好感を持つ人は47%で、反感を持つ人の50%を下回ったものの、2021年11月以降、過去9回の調査では反感を持つ人が、好感を持つ人を常に10ポイント以上も上回っていた。
「トランプは過去4年間のどの時点よりも人気が高い」とも評されている。現時点ではハリス氏が目立つものの、トランプ氏が大失速しているわけではない。
ハリス氏は「検察vs犯罪者」バイデン大統領との違いを見せられるか
ハリス陣営は出馬表明から1週間で、2億ドル(約300億円)の献金が集まり、ボランティアには新たに17万人以上が登録したと発表した。演説内容も固定され始め、ビヨンセの曲「Freedom」を使って、自由を守るため「When we fight, we win(戦い、勝利する)」と訴える。
他にも、「We are not going back(私たちは後戻りしない)」がトランプ氏の返り咲きを阻止するフレーズとして多用されているほか、トランプ氏を「犯罪者」、自身をその経歴から「検察官」として対比も強める。さらにトランプ氏が副大統領候補に指名した、J・D・バンス氏が過去にハリス氏などを「childless cat Ladies(子どものいない猫好きの女性)」と発言し大炎上し、この点でも攻勢を強めている状況だ。
ただ、バイデン政権との違いは明確に出せてはおらず、国民の多くが最も期待する「生活の改善」に関して、どのような経済政策を打ち出せるのかは不透明だ。
トランプ氏はハリス氏を「極左」「無能」と批判も・・・さらなる戦略を模索
一方のトランプ氏は、暗殺未遂事件以降は「国民の団結」を前面に押し出し、無党派層・中間層を狙うかと思ったものの、対バイデン氏以上にハリス氏への批判を強めている。最近演説で定着してきたのは、バイデン氏の撤退を「クーデター」と民主党の手続きを批判しつつ、ハリス氏を「急進的な左翼」「最も無能で極左の副大統領」などと指摘している。
また、国境政策を「史上最悪」としてハリスの失策を印象付ける。バイデン氏の認知症を隠していた「嘘つきカマラ」、困った時や普段も笑顔が多いハリス氏を「笑いのカマラ」などと揶揄するフレーズも多用している。
ただ、いずれも決め手に欠けていて、トランプ氏陣営も新たな攻め手を模索しているようだ。大統領選挙まで100日と短期決戦となったものの、100日は状況を変化させるのには十分な日数とも言える。両陣営の戦略はさらに変化すると見られ、有権者にどう受け止められるか注目だ。
(FNNワシントン支局 中西孝介)