中国によるEV覇権に警戒感

電気自動車(EV)など中国製自動車の輸出が近年目覚ましい。

2018年から2020年にかけて、中国製自動車の輸出台数は100万台あまりだったが、2021年には200万台、2022年は300万台、2023年には490万台あまりに達し、近年で5倍と急増傾向にあり、この傾向はさらに鋭くなるとの見方が上がっている。

中国BYDのコンパクトEV車
中国BYDのコンパクトEV車
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これに対して、欧米諸国の間では中国がEV覇権を握ろうとしていると警戒感が広がっている。

バイデン政権は5月、中国製EVに対する関税を現行の25%から100%に引き上げる方針を発表した。EUも6月、中国製EVに対する関税を現行の10%に最大で38.1%の関税を上乗せする方針を発表した。自動車メーカーによって追加関税の比率は異なるものの、上海汽車には最も厳しい38.1%の追加関税が課され、BYDに17.4%、吉利汽車に20%の関税が上乗せされるという。

中国BYDのコンパクトEV車
中国BYDのコンパクトEV車

米国やEUが相次いで中国製EVに対する関税引き上げを実行する背景には、中国が多額の補助金を利用して安価なEVを過剰生産し、それを海外に輸出することで激しい価格競争が発生し、自国の自動車産業が衰退することへの警戒感がある。しかし、中国は当然のように米国やEUの措置を強く非難し、中国企業の正当な権利と利益を断固として守るため必要なあらゆる措置で対抗するとけん制している。

必要以上の摩擦避けたいEUと中国

しかし、中国が欧州に対して強硬な報復関税などで対抗措置を取るとは考えにくい。

中国製EVの主な輸出先は英国やスペインなど欧州であり、EVの大量生産・大量輸出という戦略を重視する中国としては、主な輸出国との間では貿易摩擦を可能な限り生じさせたくないのが本音だろう。

(資料)
(資料)

また、最大38.1%の関税上乗せより衝撃が大きい対抗措置を取れば、欧州と中国との間でも貿易摩擦が激しくなるだけでなく、対中国で同盟国や友好国との国際協調を重視するバイデン政権と欧州が結束を強化する恐れがあり、それは米国と欧州の分断を狙う習政権が最も避けたいシナリオだ。

最大38.1%の関税上乗せによっても中国製EVの欧州への流入に大きな影響はないとの見方もあるが、中国にとっては強硬な対抗措置によるデメリットの方が大きいと言えよう。

一方、欧州も中国による過剰生産によって自国の自動車産業が衰退する懸念を持つが、経済や貿易面で中国との関係を必要以上に悪化させたくない。

地球温暖化による海面上昇の危機感からオランダではEV車のニーズも高い
地球温暖化による海面上昇の危機感からオランダではEV車のニーズも高い

欧州には中国と経済的に強く結び付いている国々も多く、各国によっても対中姿勢は異なる。また、オランダのように地球温暖化による海面上昇という危機に直面している国もあり、欧州では環境問題に対する意識が強く、EVの普及に対しても理解やニーズがあり、中国製EVを排除する声が強いわけではない。

今回の関税上乗せ措置の対象もEVに的が絞られ、自国の自動車産業の保護との観点で調整された措置とも言えよう。欧州と中国との間には、相互に警戒心や不満などはあるにせよ、必要以上の関係悪化は避けたいという思惑が感じられる。

中国へのアメリカの警戒感と危機感

一方、米国の対中意識は欧州とは異なり、米主導の国際秩序に挑戦し、その現状打破を目指す中国に先端テクノロジー分野での主導権を渡さないという警戒感、危機感というものが滲み出ている。

バイデン政権は中国製EVの関税率を100%としたが、それ以外にも車載用電池やアルミニウムの関税率を7.5%から25%に、太陽光発電に使用される太陽電池の関税率を25%から50%に引き上げるなどし、自動車や家電製品などに幅広く使われる旧型のレガシー半導体や医療用品など引き上げ対象となり、その規模は日本円で総額2兆8000億円ほどになる。

しかも、中国製EVに対する関税を100%にしたというが、今日米国が輸入するEVのうち中国製は2%ほどと言われ、決して整合性のある判断とは言い難く、中国をけん制するための政治的動機によるものと言えるだろう。

バイデン政権は中国製EVや車載用電池などの関税を軒並み引き上げ
バイデン政権は中国製EVや車載用電池などの関税を軒並み引き上げ

秋のアメリカ大統領選の影響も

また、秋の大統領選挙で戦うトランプ氏が中国製品に対して一律60%の関税を課すなどと主張していることから、100%というブランドを国民に向けアピールする狙いも見え隠れする。いずれにせよ、米市民の間では中国警戒論が広がり、対中強硬姿勢を示すことが支持拡大に繋がる状況になっており、バイデン、トランプのどちらが勝利しても来年以降も米中の貿易摩擦が続くことは間違いない。

米国は今後も安全保障という国益に関係する、国際秩序を主導する米国の地位を脅かす範囲では、躊躇なく中国に先制的な経済攻撃を仕掛ける可能性が極めて高い。

一方、中国にとって秋のアメリカ大統領選は単なる通過点に過ぎない。それによって米国の対中姿勢は大きく変わるものではないので、既にその前提に立って米中関係を考えているだろう。

また、米国が先制的な経済攻撃を仕掛ければ、中国はそういった米国の行動を非難するだけでなく、米国は自由貿易に反する行動をとり、保護主義的な動きを加速化させているなどと欧州やグローバルサウスの国々にそれを強く訴え、自らに有利な国際環境の整備に努めることだろう。

【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415