東京・調布市にあるドルトン東京学園中等部・高等部(以下ドルトン)。
生徒一人一人の能力を最大限に引き出そうとアメリカで提唱された教育メソッド「ドルトンプラン」を実践する学校だ。
「自由と協働」を柱とする学びの環境づくりのほか、STEAM教育で時代の最先端を行く教育現場を取材した。

東京・調布市にあるドルトン東京学園
東京・調布市にあるドルトン東京学園
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中1で情報ツールやプログラミングを一通り学ぶ

「ドルトンの中等部1年生の情報の授業ではデジタル・シティズンシップ(デジタルツールを使って社会に参加するための知識や能力)を養い、善き社会の担い手になることを意識しながら情報ツール(※)やプログラミングを一通り学び、デジタル社会に向き合う力を伸ばしていきます。
生成AIは“13歳制限”があるため生徒が使えるようにはできませんが、すでに使い始めている世代なのでAIを見る目を育て、AIとの付き合い方についても取り上げています」

(※)マイクロソフトやアドビ(Word、PowerPoint、Excel、Photoshop、Illustrator、Premiere Pro)など。

発表に向けてパワポを作成する中等部1年生たち
発表に向けてパワポを作成する中等部1年生たち

こう語るのは、中等部1年生の技術(情報)と高等部3年生の情報を担当する西澤廣人先生だ。
取材当日の授業では入学したばかりの生徒たちが、「私を+(プラス)にする言葉」の発表に向けて、思い思いにパワポの作成を行っていた。紹介する言葉は、本や歌の歌詞、映画やドラマ、マンガの台詞でもOK。

生徒それぞれが好きなパソコンを購入する

しかし西澤先生は、「発表が上手くいくかどうかより、発表者の発言をきちんと聴けるかどうかが重要」だと生徒に伝えた。この発表は情報ツールの習得のためだけでなく、生徒のコミュニケーション力の質を高めるためのものなのだ。

生徒たちのパソコンの機種は様々だ
生徒たちのパソコンの機種は様々だ

生徒たちのパソコンをみると、機種は様々だ。ドルトンでは入学時に生徒それぞれが好きなパソコンを購入する。西澤先生は「ウィンドウズもMacもあるし、英語バージョンも日本語バージョンもあります。入学時には各家庭に『このくらいのスペック以上のものを買ってください』と伝えています。生徒たちのパソコンは校内どこでもネットワークに繋がります」という。

生成AIとの壁打ちでより質の高いものを創る

2019年に開学したドルトンは、2022年9月にSTEAM棟を竣工した。ここではアート、テクノロジーから、サイエンスまで様々な分野の設備が完備されている。
STEAM棟では高等部1年生を対象に「AI予測の評価」の授業が行われていた。生徒たちが学習させたAIの予測が、実際とどの程度乖離するかを評価するというものだ。
情報担当の先生は、生徒たちに「これがマシンラーニングです。なぜ予測は外れたのか、この1回で終えず続けて考えてみましょう」と継続的な学びの大切さを訴えた。

情報担当のラムジー先生「なぜAIの予測が外れたのか考えましょう」
情報担当のラムジー先生「なぜAIの予測が外れたのか考えましょう」

生成AIについて生徒たちの関心は高く、ドルトンでは保護者の許諾を得たうえで、一部の授業で活用を始めている。
「AIに対して不安を感じている生徒もいます。その感覚も大事にしながらも、今後インターネットと同じ感覚でAIを使う時代に備える必要があると思います。インターネットでは安易な検索だと一部の情報しか出てきません。同じように生成AIも短いプロンプトで出てきた回答だけを信じて使うのではなく、自分の活動をメタ認知するためにAIと壁打ちをしていけば、より質の高いものを作れるようになると考えています」(西澤先生)

リュックを背負って次の教室に移動する

校内を取材していると、授業を終えた生徒たちがリュックを背負って廊下を歩いているところに出会った。

理由を安居長敏校長に聞くと「生徒は自分が選んだ教科の授業を受けるため、次の教室に移動しているのです」と語った。
ドルトンでは生徒たちが、主体的に学ぶ姿勢を育む環境づくりを行っている。その柱の1つが生徒の学びをサポートする「アサインメント」という制度だ。

生徒たちは自分が選んだ教科の授業を受けるため教室を移動する
生徒たちは自分が選んだ教科の授業を受けるため教室を移動する

「アサインメント」は、生徒に各科目の学習目的や到達目標、学習の流れ、評価方法などを示す、いわば「学びの羅針盤」だ。授業の中で各単元の学習が始まる前に提示・説明され、同時にいつでも見られるようにネットワーク上にある。
「アサインメント」によって生徒は、自分の学びの意義や目的を理解し、ゴールまでの道のりを見通し、自分に合った学習計画を立てることができるのだ。

「自分が知りたいからこの授業をとるんだ」

さらに生徒が自分の学びたいことを深めるため「ラボラトリー」という探究の時間が設けられている。この「ラボラトリー」について安居校長はこう語る。
「ラボラトリーは、学年ごとに探究のテーマがある『基礎ラボ』と、生徒それぞれが自分の学びを深める『探究ラボ』があります。基礎ラボでは、実社会とのつながりを意識した学びを展開しています。
高等部1年生は『アジア研修』があって、20人程度のグループになってスリランカやインドなどアジア諸国の社会課題の実態・原因を事前学習し、現地で仮説検証を行います。このアジア研修で生徒は大きく変わりますね」

安居校長「実社会とのつながりを意識した学びを展開します」
安居校長「実社会とのつながりを意識した学びを展開します」

第一期生で現在高等部3年生の韓さんに、ドルトンのどこが好きなのか聞いてみると「生徒の学びに対する意欲が他の学校と全然違う」と即答した。
「授業が少人数で先生との距離がすごく近いですし、生徒は自分の将来を考え逆算して教科を選びます。何のために学ぶのかをよく考えている生徒が多いし、そういう生徒を育てるところがすごくいいなと思っています。私も自分が知りたいからこの授業をとるんだという意識が自分の中にあります」

大学の合格実績より生徒の成長を可視化する

生徒が自由で主体的に学びを深める一方で、社会性を身に着けるための「ハウス」という制度もある。普通の学校では、生徒が各学年・クラスごとに活動するが、ドルトンでは異学年でコミュニティが構成され、活動をともにする。
ドルトンは各学年の生徒数が約100人で、全校生徒は約600人。それが100人ずつ異学年縦割りで「ビッグハウス」、さらにそれを4分割した25人の「スモールハウス」として、毎日昼休み15分と金曜日1時間、交流だけでなく学園祭や合宿など行事の企画や運営を協働している。

ドルトンでは生徒の成長をデータで可視化する
ドルトンでは生徒の成長をデータで可視化する

ドルトンは、今年度いよいよ卒業生を出す。最後に筆者は「新設校は大学進学実績が注目されますね」と意地悪な質問をしてみると、安居校長は「こういう“とんがった”学校を作ると、進学実績が注目されるのは想定しています」とほほ笑んだ。
「ただドルトンでは大学の合格実績よりむしろ『この生徒は6年間でこのような歩みをしてきた、こういう経験をしてこんな力がついた、だからこの進路を選んだ』という成長のデータを可視化して示そうと思っています」

そして安居校長はこう続けた。
「ドルトンは生徒の非認知能力を定点観測していて、6年間で15のコンピテンシー(資質・能力)がどれくらい伸びたかを、定性・定量分析しているところです。面白いですよ」

生徒の非認知能力が学びの中でどう伸びたのかを可視化する。教育をデータで科学する最先端の現場がここにある。

(執筆:フジテレビ報道局解説委員 鈴木款)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。