「ダービーに行った」と言われたら、何を思い浮かべるだろうか。大阪ダービーや静岡ダービーと呼ばれるJリーグの試合、または「日本ダービー」だろうか。

筆者が足を運んだのは、そのどちらでもなく本家本元の「ザ・ダービー」、英ロンドン郊外の競馬場で毎年6月に行われる特別なレースだ。開催日はダービー・デーと呼ばれ、イギリス各地から多くの人が集まる。昼過ぎから何レースも行われ、日本のJRAがスポンサーするレースの勝者には日本の最高級メロンが贈られた。

エプソム競馬場にある馬の銅像
エプソム競馬場にある馬の銅像
この記事の画像(11枚)

「ザ・ダービー」の由来とは?イギリス人の楽しみ方は?そしてレースの行方は?特別な一日をレポートする。

いざ“競馬の聖地”へ

6月1日に向かったのはロンドンから南に30キロほどにあるエプソム競馬場。ここは“競馬の聖地”とよばれていて、この場所で初めてレースが開催されたのはなんと1661年だという。

場内の様子
場内の様子

「ザ・ダービー」自体が始まったのは1780年、創設者の第12代ダービー卿スタンリー氏の名をとって命名された。3歳馬のナンバーワンを競うこのレース、故ウィンストン・チャーチル首相はかつて「ダービーの馬主になるのは一国の宰相になるより難しい」と語ったとされている。後世の創作説もあり真偽は定かではないが、それくらい「ザ・ダービー」での優勝はイギリス競馬界最高の栄誉とされている。

服装は様々 30万円のチケットも!

「ザ・ダービー」が開催される「ダービー・デー」に最寄りの駅から競馬場に向かって歩くと、実にさまざまな服装をした人たちと出会う。普段着の人もいれば、スーツ姿やカジュアルドレスの人々。しかし、やはり目立つのが燕尾服にハットを着た男性やドレスに帽子をつけ華麗な姿の女性たちだ。

パドック内で騎手と話す馬のオーナーたち
パドック内で騎手と話す馬のオーナーたち

イギリスの競馬場では、観戦エリアによって服装の規定がある。そのエリアによって、チケット料金も様々だ。小さい遊園地などもある家族連れ用のエリアだと35ポンド(約7000円)。ゴール前を上から見下ろせたり、馬の状態を直接観察できるパドックに行くことができるエリザベス女王スタンドの席は一人165ポンド(約3万3000円)から。一番高いVIP席は1499ポンド(約30万円)というから驚きだ。

賭け方は?ビール?楽しみ方それぞれ

もちろん競馬なので、馬に賭けることになるのだが、エプソム競馬場の場内には競馬場が管理する馬券売り場の他に、個々の会社が独自のオッズを打ち出し、馬券を販売しているブックメーカーも多々ある。少しずつオッズも違うようで、比べながら馬券を購入するのもありだ。

筆者は競馬素人なので、詳細は割愛するが、馬券の買い方は日本と同様、単勝や複勝、連勝単式や3連単などあり、日本よりも賭け方は豊富だという。

JRAステークスの表彰 黒い箱が静岡クラウンメロン
JRAステークスの表彰 黒い箱が静岡クラウンメロン

「ダービー・デー」にお昼ごろから集まった人々は、ビールなどを飲んだり、友人と話しながら、35分おきに開催されるレースに向けてそれぞれ過ごす。場内に設置された画面やスマホで馬名やオッズを見たり、パドックに来る馬の状態を確認することもできる。その間に、馬券も買わなければならないので、結構忙しい。いったんレースが始まると、人々はコース近くに集まり、それぞれの馬を応援する。それまで冷静だった人々も、ゴール近くになると絶叫する人も多く、その様子を見ているのも楽しい。

女王の競馬愛

イギリスの競馬を語るうえで、欠かせないのは王室との関係だ。長い歴史を持つイギリス競馬は、代々の王室によって積極的に支援されてきた。王室が所有するアスコットは18世紀に当時の君主アン女王が居城近くに競馬場が欲しいと所望し建設させたものだ。他の君主も馬主・生産者として競馬に参加してきたという。

エリザベス女王と上皇さまが競馬観戦された事も 1953年
エリザベス女王と上皇さまが競馬観戦された事も 1953年

そして過去の君主に負けないほど競馬を愛していたのが2022年に亡くなったエリザベス女王である。NetflixのドラマThe Crownにも描かれていた通り、女王は有数の馬主であり、相当競馬に熱中していたとされる。

競馬を愛していたというエリザベス女王
競馬を愛していたというエリザベス女王

彼女は国内のクラシックと呼ばれるほぼすべてのレースを自分の競走馬で制覇していたのだが、唯一勝てなかったのが、このダービーだったという。

一方、王位を受け継いだチャールズ国王は、女王とは異なり、競馬への興味が薄いと伝えられていた。しかし、去年のロイヤルアスコットには5日間の開催中に4日も足を運んでいて、競馬好きに転じたようだと報じられている。

がん闘病中のチャールズ国王とカミラ王妃
がん闘病中のチャールズ国王とカミラ王妃

また、がんの治療で4月末に市民の前に姿を見せての公務を再開したばかりだが、ここエプソム競馬場にもカミラ王妃とともに筆者が訪れたダービー・デーの前日にサプライズで訪れている。

さて、そのダービー・デーに話を戻そう。やはり会場が一番盛り上がったのはメインイベントの「ベットフレッド・ダービー」だ。ベットフレッドとは、レースのスポンサーである英ブックメーカー。大音量の歓声が響き渡るなか最終コーナーを越えて、内から抜け出した1番人気のシティオブトロイがそのまま他の馬を抑え込み優勝。調教師であるオブライエン氏は大会最多記録を更新する10勝目を飾った。

日本の高級メロンが大活躍!

一方、このレースの前にJocky Club Room と呼ばれるVIP室では、あるイベントが行われていた。最終レースで副賞として贈られる「静岡クラウンメロン」の試食会だ。

試食会の様子
試食会の様子

「静岡クラウンメロン」は現在、ロンドンの高級百貨店ハロッズで1個150ポンド(約3万円)で売られている。日本の林大使や日本から駆け付けたJRAの吉田理事長が見守る中、実は「クラウンメロン」のルーツはイギリスで、1925年に静岡で生産が開始されたという秘話も披露され、奇しくも来年が100周年を迎えるという話に会場は一気に盛り上がった。

イギリスのものに比べてかなり甘味豊かなメロンを口にした来場者たちは「こんなメロンは初めて」、「来週にでもハロッズに買いに行く」と語るなど大好評だった。

Mr.Wagyu
Mr.Wagyu

その「静岡クラウンメロン」が賞品として贈られる最終レースの「JRA東京トロフィーステーク」。出場馬の名前を見ていると、目に入ってきたのが「Mr.Wagyu」。調べてみると、アイルランドの馬で騎手もアメリカ人ということで、日本とは関係なかったのだが、記事の見出しにするには「JRAステークスでMr.Wagyuが勝利。日本の高級メロン贈られる」という文言が良いなと勝手に思いながら、応援の意味も込めて、Mr.Wagyuの馬券を10ポンドほど買う。しかし、結果は2着。少し残念だったが、レースに勝ったMistyGreyの馬主の老婦人が賞品のメロンを前に涙を流しながら喜んでいたのを見て、温かい気持ちを抱きながら競馬場を後にした。

田中 雄気
田中 雄気

FNNロンドン支局長。侵攻後のウクライナをこれまでに5回取材。元社会部記者。夕方および夜のニュースのディレクター、デスク、プロデューサーなどを経験。