歴史的円安と物価高が逆風となる中、物価上昇を超える賃上げをどう実現するか。「BSフジLIVEプライムニュース」では、官邸のキーパーソンである矢田稚子(やた・わかこ)首相補佐官と、菅義偉政権時代に成長戦略会議のメンバーを務めたデービッド・アトキンソン氏を迎え議論した。

大企業の賃上げは好調、中小企業はやや見劣り

竹俣紅キャスター:
岸田総理は「今年、物価上昇を上回る所得を必ず実現する、来年以降に物価上昇を上回る賃上げを必ず定着させる」と言及。経団連の発表では大企業の賃上げ率は5.58%で、連合の目標である5%以上を達成。連合によれば中小企業の賃上げ率は4.66%で、大企業との格差が1%近い。日本の雇用の7割を占める中小企業の現状は。

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矢田稚子 首相補佐官(賃金・雇用担当):
4.66%は定期昇給を含めた数字で、ベースアップ分を含めた集計では3.22%、2015年以降初めて3%を超えた。力強い賃上げの流れだと認識する。ただ中小企業は大企業に見劣りする。ここには賃上げ税制の拡充や労務費の価格転嫁など、政策を総動員していく。また連合の加盟率は今16.5%ほどで、組合もなく連合にも入っていないところが大多数。細かく見ていく。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長:
特に中小企業については予想以上の数字。利益率が高く労働分配率が非常に低い大企業は、本当はもっと上げられる。今後は中小企業の労働市場における競争が厳しくなり、賃金上昇が期待できる。

反町理キャスター:
矢田さんは全国を回っているが、一般からの声は。

矢田稚子 首相補佐官(賃金・雇用担当):
10〜11月には次の賃上げは無理だという声も経営者側にあったが、その後の時期には機運が醸成されてきた。政労使会議も中央で3回、地方でも初めて厚労副大臣が入り行った。初めて価格交渉を行い、賃上げに繋がってよかったと言う経営者もいる。

反町理キャスター:
一方、特に2022年度などに中小企業の経常利益が高くなっており、内部留保に回っていると読み取れる。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長:
数年前に最低賃金を引き上げるべきだと言えば、中小企業を潰す気かと反発がすごかった。だが実際の数字を見れば、1990〜2022年度の間に中小企業の内部留保は3.7倍に増えた。大企業だけが儲かっている事実は全くない。この10年間で、70%の労働者は中小企業で働いていること、その賃上げがなければ全体の賃上げはないという意識が生まれたことは非常に大事。

「所得の上昇が物価の上昇を上回る」は実現可能

竹俣紅キャスター:
FNNの世論調査では、岸田総理が掲げる「年内に所得の上昇が物価の上昇を上回る」という目標が実現するかという質問に「実現する」が4.8%「実現しない」が92.2%。

矢田稚子 首相補佐官(賃金・雇用担当):
ちょっと悲しい。皆さん悲観しないでほしいというのが素直な感想。多くの民間エコノミストも、今年7〜9月には実質賃金がプラスに転じると予想している。また賃上げのための作業が必要でタイムラグがあり、今現在はまだ上がっていない人が多い。だが33年ぶりの高水準の賃上げとなっており、緩やかな改善が続くことを期待する。何より大事なことはデフレに後戻りしないこと。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長:
実現は可能。労働分配率もずっと下がっている。ただ30年間利益が激増しているのに賃上げせず内部留保が積み上がっていることに対し、労働者は疑っている。大半の労働者を雇っている中小企業に対し、政府はようやく大企業同様に賃上げを要求するようになった。

反町理キャスター:
年間1人4万円の住民税と所得税の定額減税は6月から。コロナ時の給付金のように現金が一度に来る形ではないが、効果をどう見るか。

矢田稚子 首相補佐官(賃金・雇用担当):
給与明細で減税を見ることになる。加えて5〜6月から給与が上がる(人も多い)。実感していただき、消費に回っていくことを期待する。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長:
効果はほとんどないと思う。世界的にも同様の例があるが、大きな効果は一度も統計上では確認されていない。

反町理キャスター:
効果がなかった場合、来年(2025年)もまた定額減税はあるか。

矢田稚子 首相補佐官(賃金・雇用担当):
今やっている途中で次の方針は出せない。緩やかな物価上昇と消費行動でサイクルを回すことに主眼を置いている。秋には物価動向を見据えて要求額が決まるので、実感が伴ってくるなら必要ないとなると思う。

“下請けいじめ”解決のため“共栄”の意識を

竹俣紅キャスター:
中小企業の賃上げの大きな壁とされる“下請けいじめ”について。連合の指摘は「大企業に比べて中小企業は材料費、エネルギー費、労務費などの適正な価格転嫁が進んでいない」「商品・サービスの取引価格の長期間据え置きや引き下げなどの取引慣行が依然根強い」など。価格転嫁には大企業との価格交渉が必要になるが、矢田さん主導で『ここから始める価格交渉』というパンフレットを作成された。

矢田稚子 首相補佐官(賃金・雇用担当):
公正取引委員会が初めて踏み込んで価格交渉のための指針を出したが知られておらず、ポイントをまとめた簡潔なものを中小企業庁に作っていただいた。実際にこれにより交渉が進んだという方も出てきている。

竹俣紅キャスター:
適正な価格転嫁の実現のために公正取引委員会が大企業の取り締まりを強化している。その一例。2024年3月、公正取引委員会は日産自動車に対し、下請けの部品メーカーなど36社に合わせて30億円を超える不当な納入代金の減額を行ったとして再発防止を勧告した。しかし勧告後も同様の行為を続けているとの一部報道がある。

矢田稚子 首相補佐官(賃金・雇用担当):
事実関係については各関係省庁が確認中だが、是正を勧告されたのに是正されていないのなら本当に遺憾。公取のチェックは強化している。相手は下請けではなく、「共栄会社」だという気持ちでやってもらわないと困る。私は経団連で、購買部や資材部の人たちへの「とにかく安く買うことを評価する」という評価軸を変えてもらえるような発信をお願いした。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長:
「価格交渉はするものではない」という日本的な慣習がものすごく強い。また“下請けいじめ”は日本的なパワーハラスメント、新入社員をいじめるようなことの延長線上にあると感じたことがある。

非製造業が生産性を上げ、賃上げを実現するには

竹俣紅キャスター:
中小企業336万社のうち製造業は約1割を占める33万社でしかなく、小売や飲食・宿泊などの非製造業が9割を占める。非製造業における持続的な賃上げに向けた課題は。

矢田稚子 首相補佐官(賃金・雇用担当):
非製造業でも下請法の対象となる業務は多く、同じ構図の中で価格交渉ができていない状況がないか見極めること。また、人件費率が高いサービス業などで賃金と物価の好循環を実現するためには、付加価値をつければ売れるのだという意識を持ってやっていくべき。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長:
下請けの問題は解決すべきだが、それは中小企業の生産性が低く賃金が上がらない問題の解決にはならない。やはり付加価値を増やす経営戦略に切り替えること。また、労働者が極めて安い値段で真面目に働いてくれるので生産性を高めるインセンティブが働かない。“低賃金でこき使える人たちへの依存症”を政府の政策で解決すべき。

矢田稚子 首相補佐官(賃金・雇用担当):
どこも労働力不足で、飲食・宿泊業も賃金を上げなければ労働力を確保できないことへの対応が要る。また消費者に対して付加価値のあるサービスを提供していき、実現した人を評価して賃金を上げる仕組み。そして非正規雇用から正規雇用に変わる仕組みが必要。

竹俣紅キャスター:
生産性向上の足かせだと指摘されるのが、いわゆるゾンビ企業の存在。東京商工リサーチは国際決済銀行(BIS)の基準に基づき、設立10年以上で3年以上にわたり借入金などの支払能力がないゾンビ企業の比率を算出。ここ数年10%程度で推移していたが、2022年は15.38%、2023年は14.45%に。

矢田稚子 首相補佐官(賃金・雇用担当):
「ゾンビ企業」という言葉はあまりよくないと思うが、支援を受けて何とか頑張っている企業もたくさんある。いい技術があるのにもったいないという場合、中小企業庁が指導したり相談に乗ることもやりたい。事業承継やM&Aも頭に入れながら経営改革を進め、成長支援を行うことも必要。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長:
ゾンビ企業は、付加価値を高めて競争する能力がないから価格を下げてとりあえず売り上げを増やし、不当な価格競争を起こしているという統計もある。健全な経営の会社も人手不足に悩んでおり、ゾンビ企業を残すことは慎重に考えるべき。

反町理キャスター:
茨城県の女性の非正規社員の方からメール。「非正規には縁のない話。最低賃金が上がらないのにどうやったら非正規の時給が上がるのか」。

矢田稚子 首相補佐官(賃金・雇用担当):
最低賃金は、中長期的には政府も1500円を目指したいと言っている。労使で協議し審議会で最終的に決めていく。非正規から正規になる道なども含め法的な整備を検討すべき。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長:
最低賃金は90年に比べて1.9倍、第2次安倍政権以降1.35倍になっている。非正規の方を救う上でも、全国で下限を1000円以上にすることが求められる。
(「BSフジLIVEプライムニュース」5月22日放送)