自分が今より“幸せ”になるためには何が必要だと思うだろうか。
もっとお金持ちだったら…、もっといい大学に入れていれば…、もっと美しければ…。
それぞれ思うところがあるかもしれない。
「ハーバード成人発達研究」の4代目責任者であり、ハーバード大学医学大学院・精神医学教授のロバート・ウォールディンガー氏によれば、“幸せの条件”は、お金でも頭脳でも美貌でもない。
唯一、重要なことは「よい人間関係」を持つことだという。
「ハーバード成人発達研究」は、マサチューセッツ総合病院を拠点に、人々の健康と幸福を維持する要因を解き明かすことを目的として、1938年にスタートした。
85年以上、2000人超におよぶ被験者の人生を様々な方法で継続的に記録・分析するという類を見ないスケールで、現在も続いている。
この記事の画像(5枚)この研究をもとに、健康で幸福な人生を送るために大切なことについてまとめたロバート氏らの著書『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』(&books/辰巳出版)は、30カ国以上で翻訳され、日本でも6万部超えのヒットを記録している。
とはいえ、人生は様々な条件に縛られている。幸せの条件が「よい人間関係」だと言われても、「本当にそうだろうか」と思う人もいるだろう。
ロバート氏本人に、疑問をぶつけてみた。
容姿と幸せに相関は一切なし!
――『グッド・ライフ』では、全編にわたって幸せになるのに重要なことは「よい人間関係」を持つことであるということが書かれている。ところが日本では、“親ガチャ(親は選べない)”や“実家が太い(実家が裕福)”という言葉もあり、生まれた環境が人生を左右するという考えが根強くある。
そういった“特権”はやはり関係はあります。でも、それで幸せの度合いは決まりません。
「ハーバード成人発達研究」の最初の被験者となった人たちの3分の2は、ボストンの最貧困層の家庭の出身者です。彼らは、非行にこそ走っていませんでしたが、精神的な疾患、身体的な障害、DVなどの困難を抱えていました。
一方、残りの3分の1はハーバード大学の学生でした。
私たちは長年彼らの人生を研究してきましたが、結局、最貧困層グループと、ハーバード大学の学生のグループの幸福度は変わらなかったのです。
もちろんお金は大事です。食費、家賃、医療費、教育に必要な最低限のお金がなければ、やはり幸せにはなれません。
アメリカでは、最低限必要とされるお金が、年収約7万5000ドルと言われています。
ところが、7万5000ドル以上稼いで、それが7500万ドルになっても、幸せの度合いはそれ以上上がらないという統計が出ています。
皆さんも、有名でお金持ちでも、ハッピーじゃない人をたくさん知っていると思います。
――では、知性や容姿、才能といったものは幸せを左右する?特に女性は容姿が幸せを決定づけると考える人が多い。
容姿と幸せの相関関係は研究では一切認められていません。とても容姿が良くてもハッピーじゃない人はたくさんいますし、普通の容姿の人でもすごくハッピーな人はたくさんいますよね。
ただし、幸福感の50%は、遺伝的な気質から来ていることが研究で分かっています。どういうことかというと、うまくいっているのに悲しい感情になってしまう人がいる一方で、あまりうまくいっていないのにハッピーでいられる人もいますよね。
これは、生まれ持った気質なのです。
ちなみに、幸福感の残りの40%は「今、自分が何をやっているか」によって決まります。つまりその部分は皆さんが変えられるということですね。
残りの10%だけが、自分ではどうしようもない境遇から来ているのです。
独身でも幸福に過ごせる
――幸せになるには、とにかく結婚をすればいいと思っている人もいる。それについては?
確かに、パートナーがいると寿命も健康寿命も伸びて幸福度も上がります。けれど重要なのは、結婚することそのものよりも、長い間一緒にいられる相手を選べるかどうかですね。
今その人がとても素敵に見えても、実は相性が合っていなくて、今後何十年も一緒に過ごせなかったということではいけません。
パートナーシップで大切になるのは、意見が合わない時にお互いが納得できて、お互い腹を立てずに前に進んでいけるような解決策を見いだせるかどうか。
ですので、時間をかけて相手がどういう人かを知ることが重要だと思います。
ちなみに、アメリカでも“婚活”のようなサービスは盛んに行われていますが、そういったサービスを通じて出会った人であれば、オンラインよりも対面で長く時間を過ごして、どういう人なのかを知っていった方がいいでしょう。
――よいパートナーに恵まれると幸福度が上がるなら、独身の人の幸福度は低い?
もちろん、独身でも幸せに過ごすことはできます。
ただし、その場合、身近に親密な友達が1、2人いるということが大切な条件になります。
――では、セクシュアルマイノリティーの人たちは?彼らは結婚などの面でマジョリティーの人たちと同等の権利は得られていない。
私たちの研究とは別の研究ですが、セクシュアルマイノリティーも、マジョリティーと変わらずに精神的に安定して健康で、幸せを感じられるという結果が出ています。
唯一いけないのは差別ですね。差別はストレスですから、それがあると幸福度は下がりますし、健康状態も悪くなります。
1人でも信頼できる人がいればいい
――人生の様々な要素の中で「よい人間関係」が大切なことはわかってきたが、そもそも、人付き合いが苦手な人はどうすればいい?
幸せになるのに大切なことは、友達の多さではなく、1人か2人、自分が本当に困った時に助けを求められる人がいることです。
内向的な人にとっては、たくさんの人と一緒に過ごすことがストレスになってしまうのも理解できます。相手とうまくいかないことに傷ついてしまった経験がある人もいるでしょう。
また、私たちは時々、間違った相手を選んでしまうこともあります。
でも、諦めずに積極的に他人と関わり続けることが重要です。
人付き合いが苦手な人への友達を作るヒントとしては、趣味の催しなどに参加してみることです。
友達を作る一番簡単な方法が、共通の趣味を楽しむことだと研究でもわかっています。同じメンバーで何度も会って一緒のことを楽しんでいると、自然と会話も生まれますし、仲が深くなりやすくなります。
ぜひ一歩踏み出して人と関わってみてはいかがでしょうか。
ロバート・ウォールディンガー
ハーバード大学医学大学院・精神医学教授。マサチューセッツ総合病院を拠点とするハーバード成人発達研究の現責任者であり、ライフスパン研究財団の共同創立者でもある。ハーバード大学で学士号取得後、ハーバード大学医学大学院で医学博士号を取得。臨床精神科医・精神分析医としても活動しつつ、ハーバード大学精神医学科心理療法プログラムの責任者を務める。禅師でもあり、米国ニューイングランド地方はじめ世界中で瞑想を教えている。