福井の洋菓子店で連日、行列ができるほど人気のアップルパイが販売されている。そのパイに使われているリンゴは信州産。長野県高山村の100歳の農家が育てている。半世紀にわたる農家とパティシエの物語。
「一度食べたら忘れられない」
こんがりと焼き上がったアップルパイ。
これを目当てに店の外には行列ができていた。この日は雨で、晴れていれば、もっと並ぶそうだ。
金沢市から来たという客は「一度食べたら忘れられない。最低1時間以上は待った方がいいかな」と話し、待ちきれない様子。
この記事の画像(12枚)福井県永平寺町の「アトリエ菓修」。永平寺門前の洋菓子店。
オープンすると、アップルパイが次々と売れていった。
購入した客は「食べられる幸せをゆっくりかみしめながら食べたい」とほほ笑む。
作っているのはオーナーの奥河原修造さん(75)。20代の頃、フランスの5つ星ホテルやチョコレートショップで働いた経験がある名パティシエだ。
帰国後、福井市内で洋菓子店を営み一度、引退した。
しかしー。
奥河原さんは「引退するつもりでいたけど、とてもじゃないけど引退させてもらえないんで、お客さんから『少しでもいいから、わずかな数でもいいから作り続けて』と。これがもう、きついようで、ありがたい言葉です」と笑顔で語る。
甘さと酸味のバランス
2011年、出身地の永平寺町で小さな店を開き、今も繁盛している。
人気のアップルパイのおいしさの秘密は「生地」と「リンゴのコンポート」にある。
バターを包むようにして折り畳み、何回も「伸ばしては折る」を繰り返した生地はー。
奥河原さんは「(焼くと)薄い層が浮いてくるから、口当たりサクサクの軽い感じに。これがこだわりですね」と話す。
生地に乗せる「リンゴのコンポート」は甘さと酸味のバランスが考え抜かれている。
形を整え、220度のオーブンで約25分を焼くと、アップルパイの完成。
リンゴは100歳の農家が栽培
味の決め手となっているリンゴのコンポート。
「約50年前からお付き合いさせてもらっている長野県の高山村のリンゴ、紅玉リンゴです。北は青森、山形、南は岐阜あたりまで4カ所ぐらいリンゴを試したんですけど、その中で高山村のリンゴは一番、ガッと響いた。ビビッときた。好みの味で、『これは気に入った』と。それから、もうずっと」と奥河原さんは力強く語る。
リンゴ畑が広がる高山村。
電動カートで畑にやってきたのは、中村梅吉さん。4月12日で100歳になった。
奥河原さんにリンゴの「紅玉」を提供している生産者だ。
「畑が待っているから(シーズン中は)夜が明けたら『畑行くぞ』」こう話す中村さん。リンゴづくりへの熱い情熱が伝わってくる。
80年近く栽培 メインは「紅玉」
栽培している「紅玉」は少々、小さ目で、硬めだが、調理や加工に適していると言われている。
戦地から帰り昭和21年頃から、80年近くリンゴ栽培を続けてきた中村さん。他の品種も栽培しているが、今もメインは紅玉。
中村さんは「好きなもんだから、赤くてきれいだから。『紅玉』の時期になると、毎日、見に行くのが楽しみなもんでね。リンゴは愛情をもってやっていかないといいふうになりませんね」と優しい表情で語る。
持参したアトリエ菓修のアップルパイを改めて中村さんに食べてもらうとー。
「これはうまいや。こうやってリンゴを入れて販売すればこっちも助かるわ。菓修さんも上手だ。こんなにおいしく作って」と満面の笑み。
記者が「奥河原さんが『これからも作り続けてほしい』と言っていました」と伝えると、中村さんは「ありがたいね。ますます元気を出して、おいしいもの作らなきゃいけない」と力を込めて話した。
絆が生んだ記憶に残る味
半世紀もの間、中村さんのリンゴを使ってきた奥河原さん。
「梅吉さんから『奥河原さん、紅玉のことなら私に任せといて』と言われたんです。自信があるのかどうか、それだけ手をかけてるってことだと思う。あれは印象に残ってね。できるだけあそこで作り続けてもらいたいな」と話し、ひとつひとつ丁寧にアップルパイづくりに励む。
多くの人に味わってもらうため、購入は1人3個までとなっているアトリエ菓修のアップルパイ。
この日は昼過ぎに完売した。
昔ながらの信州リンゴを使った、名パティシエの手による珠玉のアップルパイ。
これからも多くの人を魅了しそうだ。
(長野放送)