伊豆半島にある老舗旅館が2023年元日の火災で全焼した。ただ、幸いにも宿泊客86人は従業員の誘導で避難し無事だった。コロナ禍を乗り越えようやく満室で迎えた正月だっただけに、従業員は「心が折れた」と振り返る。それでも、経営者は旅館の再建を決めた。宿泊客を守った従業員たちの生活を守るためだ。

元日に満室の温泉旅館が全焼

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静岡県河津町の七滝(ななだる)温泉。

石川さゆりの名曲「天城越え」で歌われている旧天城トンネル(天城隧道)から4キロ程 南にある人気の観光スポットだ。

天城荘の火災(2023年元日)
天城荘の火災(2023年元日)

2023年元日、七滝温泉の老舗旅館「天城荘」で火事が発生。宿泊客や従業員は全員無事だったが、旅館は全焼した。
天城荘を運営する「リバティーリゾート」の福原良佐 会長は出火当時、本社がある静岡市にいて、知らせを聞いて駆けつけた。

天城荘の火災(2023年元日)
天城荘の火災(2023年元日)

福原さんは「夕方にニュースで初めて知った時はボヤ程度と思ったが、どんどん燃え広がっているということで、(旅館に到着した)午後9時頃にはボウボウに燃えている状態だった」と振り返る。

全焼した天城荘(2023年1月)
全焼した天城荘(2023年1月)

当日の宿泊客は86人で満室。新型コロナが収束して客が戻り、ようやく満室にこぎつけた矢先の出来事だった。

木村優希 支配人は、宿泊客全員を避難させるために必死だったそうで、「避難の最中は『お客様をどうにかしないと』という気持ちでいっぱいだった」と話す。

従業員の下川高子さんはトイレから出てきた時に真っ赤に炎を見て震えた。宿泊客に食事を出す前で、「スタッフの人数が揃っていたから、避難誘導がうまくできた」と感じている。

深刻な被害だが再建めざす

天城荘は2018年に経営難に陥り、施設の再生を手掛ける「リバティーリゾート」が経営を引き継ぎいだ。

再建工事中の天城荘(2024年3月)
再建工事中の天城荘(2024年3月)

七滝の中でも伊豆最大と言われる「大滝(おおだる)」を見ながら温泉を楽しめる露天風呂がウリだ。

映画のロケ地ともなった老舗旅館は、火事から1年余り経った2024年3月、再建に向けて動き出していた。

福原会長は全焼した被害の深刻さから一度は再建をあきらめかけたものの、従業員の雇用を守るため再建を決意した。

リバティーリゾート・福原良佐 会長:
最初に考えたのがここで働いている人たちの雇用の問題。今、全国に400人ほどの社員がいて、社員の家族まで入れると1000人以上いる。社員の雇用を守るのは、やはり社長の一番の義務、責任

従業員の下川さん(右)と間中さん
従業員の下川さん(右)と間中さん

取材した日、2人の従業員が天城荘を訪れていた。勤続 約30年の下川孝子さん(81)と勤続約10年の間中さとみさん(71)だ。再建の進捗状況が気になっていた。

下川さんは今後のことが不安だった火災の翌日に、福原会長が「俺はこのままではおかない。ちゃんとリニューアルしてやるから」と言ってくれたことを覚えている。

間中さんは「こんなことが起きるなんて信じられない思いだった。支配人と従業員がお客さんを誘導して、1人のケガ人も出なくて良かった」と話す。

火事の爪跡をあえて残す

焼け焦げた梁
焼け焦げた梁

再建中の施設では至る所に火事の爪跡が残っていた。火事の予防のために、今後の教訓としてあえて火事の跡を一部 残すことも予定している。

梁を見上げる福原会長
梁を見上げる福原会長

福原会長は「火事になった事を隠す必要はない。その経験を活かしながら、次の世代へつないでいかねばいけない。だからこの梁(ハリ)は残す。大工さんたちは残したくなかっただろうけど『梁を残してくれ』と伝えてある」と、火事の跡を一部残す理由を教えてくれた。

天城荘の浴場(2024年3月)
天城荘の浴場(2024年3月)

施設内の温泉浴場は火災から1年余り経っても手付かずのままで、火事の被害の大きさがうかがえる。

火災で避難誘導にあたった木村支配人
火災で避難誘導にあたった木村支配人

木村支配人は「やっとコロナが明けて、お客様が戻り何とか満館にできた正月だったので、心が折れそうになった。でも、すぐに前を向くしかないという気持ちになった」と、火災当時の心境を語る。

ホテル入口の再建工事
ホテル入口の再建工事

福原会長はただ元通りにするのではなく、「宿泊客がもっと満足できるような施設に生まれ変わらせたい」と考えている。会長が「お客さんの評価が決まる」と一番大切にするホテルの入口には特に力を入れる。

「長く働いている人を守る」

天城荘の露天風呂から滝を望む
天城荘の露天風呂から滝を望む

名物でもある大滝前の露天風呂は旅館から少し離れた場所にあり、唯一 被害をまぬかれ既に営業を再開している。大滝に訪れる観光客も増え始めていて、福原会長は再建への思いをさらに強くしている。

福原会長と従業員たち
福原会長と従業員たち

リバティーリゾート・福原良佐 会長:
施設がいくら良くなっても、そこで働く人たちがいなければ何もできない。人が人をもてなすというのが宿泊業の使命なので、新しく人を入れ替えるより長く働いてくれている人をずっと守り抜いて、歴史を積んでいきたい

天城荘の再建工事(2024年3月)
天城荘の再建工事(2024年3月)

火事を乗り越え、従業員とともに再建を進める新たな天城荘。
いったいどんな施設になるのだろうか。

(テレビ静岡)

テレビ静岡
テレビ静岡

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