障害者権利条約のもとバリアゼロの世界を目指して2008年から始まったのが「ゼロ・プロジェクト」だ。2月にはオーストリア・ウイーンにある国連でゼロ・プロジェクトの国際会議が開催され、世界から多くのITや教育関係者、アーティストやメディアらが集まった。ゼロ・プロジェクトに染まったウイーンの街を取材した。

写真から美しい音楽が溢れ出す

ゼロ・プロジェクトでインクルーシブな音楽活動を評価され、アワードを受賞した「ホワイトハンドコーラスNIPPON」。この団体の活動を撮り続けてきた写真家の田頭真理子さんは、2月から3月にかけてウイーンで体験型写真展「AN DIE FREUDE~第九のきせき」を開催した。

田頭真理子さん(右)。レセプションには多くの現地関係者らが集まった
田頭真理子さん(右)。レセプションには多くの現地関係者らが集まった
この記事の画像(12枚)

ホワイトハンドコーラスは白い手袋をして歌詞を手話(手歌)で表現するサイン隊と、歌う声隊で構成されている。子どもたちの歌声と美しい手歌の動きは、ウイーンでも多くの人たちを魅了した。

写真展では子どもたちの手が美しい軌跡を描く写真が飾られた
写真展では子どもたちの手が美しい軌跡を描く写真が飾られた

田頭さんは暗闇の中LEDライトで光る手袋をはめた子どもが、手歌でベートーベンの交響曲「第九」を表現する様子を撮影した。

写真展では子どもたちの手が美しい軌跡を描く写真が飾られ、訪れた人々が熱心に見つめていた。写真から音は聴こえない。しかし田頭さんの写真は聴覚を超えた美しい音楽が溢れ出てくるようだ。

子どもにある希望から生まれた写真

ホワイトハンドコーラスに出会った2017年、田頭さんは「耳の聞こえない子どもがどうやって音楽を楽しむのかイメージができなかった」という。

田頭さん:
最初の頃は練習を見ていても、耳が聞こえない子どもと聞こえる子どもが、本当に音楽を共有できるのかなと疑問がありました。しかし子どもの表現力が上がってきた頃から、これはすごく面白いことが起きるんじゃないかなと。そして写真で『障がいがある子どもたちの活動』ではない、もっと奥にあるものを伝えられる方法を模索しました。

LEDライトがついた手袋で手歌の美しい軌跡が表現される (C) Mariko Tagashira
LEDライトがついた手袋で手歌の美しい軌跡が表現される (C) Mariko Tagashira

LEDライトがついた手袋で手歌の軌跡を表現するという革新的な撮影手法は、どうやって生まれたのだろうか?

田頭さん:
2020年にコロナになったときは、子どもたちの写真を撮るのが唯一の救いの時間でした。その時に光が見えたんです。子どもたちにある可能性と希望、そしてエネルギーが自分との接点になって、インスピレーションが湧いたと思います。

子どもたちにある可能性と希望が写真に溢れる(写真は声隊のメンバー)
子どもたちにある可能性と希望が写真に溢れる(写真は声隊のメンバー)

インクルーシブな体験型の写真展

写真展では耳の聞こえない子どもたちによる写真ガイドツアーや、手歌のワークショップを受けた参加者がフォトセッションに参加して、その写真が展示されるという「体験」も行われた。

また目の見えない人たちが写真を楽しめるように、最新技術を駆使した「触ってわかる写真」も展示された。まさにバリアゼロのインクルーシブな写真展だ。

訪れた人たちが写真を触って楽しむ(写真:WestLicht. Schauplatz für Fotografie)
訪れた人たちが写真を触って楽しむ(写真:WestLicht. Schauplatz für Fotografie)

田頭さんは「体験型の写真展をやるのが一番の目標で挑戦でした」という。

田頭さん:
今回の展示会では言語の壁を越えて伝わったと思いましたし、今後世界中でこのような展示会ができる自信になりました。

写真で音楽を表現するのは難しいですが、可能にしたのはホワイトハンドコーラスが音楽を視覚化したからだと思います。

音楽は人々にとって一瞬ですが、写真はより長く向き合うことができます。手歌は歌詞を表現していて、写真だと歌詞としっかりと向き合える。写真の役割を果たしたかなと思います。

誰もが楽しめる体験型写真展は世界に向かう(写真:WestLicht. Schauplatz für Fotografie)
誰もが楽しめる体験型写真展は世界に向かう(写真:WestLicht. Schauplatz für Fotografie)

目の見えない人をテクノロジーで支援

ゼロ・プロジェクトにはテクノロジーを駆使して、バリアゼロを実現しようという技術者も集まった。その1人がルーマニアからきたコーネル・アマレイ(Cornel Amariei)さん。

コーネルさんは目の見えない人々をテクノロジーの力で支援するドットルーメン(.Lumen)社の創設者でありCEOを務めている。

ドットルーメン社のコーネルCEO(中央)
ドットルーメン社のコーネルCEO(中央)

会社を設立したきっかけを聞くと、コーネルさんは「私は障がいのある一家に生まれました」と語り始めた。

コーネルさん:
家族の中で私だけが健常者でした。大人になるにつれて、テクノロジーがどれほど役立つか、また障害のある人々のためのテクノロジーがいかに少ないかを認識し、人々を助けるためにこの会社を設立しました。

自動運転技術で“盲導犬”が進化する

ドットルーメン社では目が見えない人々のために、自動運転技術を採用したデバイスを開発した。このゴーグルのようなデバイスを頭に装着すると、目が見えない状態でもどこが安全に歩けるのか頭への振動で教えてくれる。

筆者も目隠しをしたままこのデバイスを装着し、杖を持たずに人の多い国連内を歩いたが、誰にもぶつからず、気づいたら10メートル以上歩いていて驚いた。

筆者も目隠しをしてデバイスを装着し歩いた
筆者も目隠しをしてデバイスを装着し歩いた

コーネルさんはこう語る。

コーネルさん:
このデバイスは安全に歩ける場所を瞬時に把握し、目の見えない人を連れて行ってくれます。いま世界には視覚障害者が数千万人(※)とも言われていますが、彼らの解決策となっているのは白い杖と盲導犬です。
盲導犬はとてもいい解決策ですが、いま世界で推計2万頭ほどしかいません。このデバイスは盲導犬が進化したものと言え、さらに研究を重ねて可能性を広げていきます。
(※)WHOによると約4500万人

すべての人がダンスを楽しめる社会を

バリアゼロをダンスの力で実現する。
ウイーンの国連で米国NPO法人「Infinite Flow Dance(インフィニット・フロー・ダンス)の創設者で代表の浜本まり紗さんに話を聞いた。

「ダンスには年齢、国籍、障がいのあるなしは関係ない。手を取り合って踊れば皆笑顔になる」とプロダンスカンパニー、インフィニット・フロー・ダンスを浜本さんが設立したのは2015年。

インフィニット・フロー・ダンスでは文化や言語の壁を超えるダンスの力で、インクルージョン、つまりそれぞれの違いや個性を受け入れようと伝え活動している。

ダンスの力でインクルージョンを伝える Dancers: Marisa Hamamoto, Adelfo Cerame Jr.  Photo by Shesha Marvin. 
ダンスの力でインクルージョンを伝える Dancers: Marisa Hamamoto, Adelfo Cerame Jr.  Photo by Shesha Marvin. 

日本で生まれカリフォルニアで育った浜本さんは日系4世でバイリンガル。ダンスとの出会いは小学生の時だった。

浜本まり紗さん:
マイノリティとしていじめや差別にあい、唯一の救いが週に1回行くクラシック・バレエのクラスでした。ダンスが生活の重要なものになり、中高生時代はプロのバレエダンサーを目指しましたが、大学は慶應義塾大学SFCに進学しました。
しかし4年生の時に脊髄梗塞という病気になって寝たきりの状態を経験したのをきっかけに、帰国後、あらゆる障がいのある人々がダンスを楽しめるバリアフリーな社会をつくろうとこの団体を設立しました。

バリアゼロが日本から世界に広がる

いま、活動はアメリカやカナダ、ヨーロッパやトルコ、エジプトなどで行っていて、世界で数百万人のファンがいる。浜本さんは今後3つの目標があるという。

浜本まり紗さん:
1つはこの団体を世界に通用するダンスカンパニーにすること。2つめはすべての子どもたちにインクルーシブな意識を持ってもらう学校教育をスタートすること。そして3つめはダンスの指導者を育成することです。私たちは無限に多様ですが、ダンスを通じて1つになれます。日本の皆さんもどんどん参加して頂きたいです。

「日本の皆さんにもどんどん参加してほしい」と浜本さん
「日本の皆さんにもどんどん参加してほしい」と浜本さん

ゼロ・プロジェクト国際担当ディレクターのティム・ロビン氏は、日本に向けてこう語る。「我々はオープンです。来年は日本からスタートアップ、自治体、政府など、ぜひもっと応募してください」

ゼロ・プロジェクトがウイーンから世界に広がってほしい
ゼロ・プロジェクトがウイーンから世界に広がってほしい

世界のバリアゼロを目指すゼロ・プロジェクトの動きが、日本からウイーン、そして世界に広がることを願っている。
(執筆:フジテレビ解説委員 鈴木款)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。