「西駅」と呼ばれ親しまれた「西鹿児島駅」が、2004年3月13日の九州新幹線の部分開業に合わせ、「鹿児島中央駅」となった。あれから20年たつが、「西駅」の痕跡は、まだ残っていた。

母が「西駅」と…なにそれ?

「西鹿児島駅」から「鹿児島中央駅」にかわり20年。昔の駅名「西鹿児島駅」にどのくらいなじみがあるのか、JR鹿児島中央駅前で聞いてみた。

(Q. 西鹿児島駅って何だかわかりますか?)

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街の人:
わからないです。母が鹿児島中央駅を、時々「西駅、西駅」と言うので、「わからない、何それ?」となることがある

別の人も「わからない。西の方向にあるんですか?」との答え。記者が20年前に名前が変わったことを伝えると、「え!歴史すごい」と驚きの様子だ。

知っている人もいたが…
知っている人もいたが…

一方、「西鹿児島駅、ああ昔の駅ね」と知っている人もいたが…「思い出はないね。面影一つないもんね」と笑って話してくれた。

九州新幹線の部分開業で駅名が変更

2004年3月13日午前6時、西鹿児島駅、改め、鹿児島中央駅を6両編成の九州新幹線「つばめ」が出発した。

熊本県の新八代駅まで5駅、137.6kmの部分開業だったが、それまで博多まで特急でも3時間40分かかっていたが、新八代以降は在来線のままにせよ、最短2時間10分に短縮された。

それはまさに、南九州の鉄道新時代の幕開けだった。

駅名変更に伴い、駅の壁面の看板が付け替えられ、国道・県道など87の道路標識でも「西鹿児島駅」から「鹿児島中央駅」への書き換えが行われた。「西駅」という愛称はいつの間にか「中央駅」として県民に定着していった。

「西駅」を探せ!

20年後の2024年、中央駅周辺を歩いてみると、店の看板なども「鹿児島中央駅」の名称が使われているところばかり。もはや「西駅」は歴史の一ページに…と思ったその時、「西駅ハイツ」というマンションを発見。

管理会社の監査役・吉松三千弘さんによると、ここは吉松さんの祖父が建てたマンションで、「西駅の目印という意味で『西駅ハイツ』とした。そのまま名残として残っている」ということだ。

このほか「西駅」の語句が残る飲食店やビル、そして「にしえきにしぐちこうえん(西駅西口公園)」と、「西駅」に由来する名前の場所は、今も残っていた。

公園にいた親子連れは「『西駅』と、スッと流して読んでしまっていてピンときていなかった(笑)。昔そうだったんだと、今初めて知りました」と話した。

県の“朝市”として有名だった西駅時代

「西駅」から「中央駅」となって20年。観覧車が目を引く駅ビル「アミュプラザ鹿児島」の開業は、天文館一極集中と言っても過言ではなかった鹿児島の人の流れを大きく変えた。

再開発により、高層マンションや飲食店などの複合施設「ライカ1920」も誕生。駅周辺は大きく変貌をとげた。

その一方で、西駅時代から営業する鮮魚店の男性は「ここが鹿児島市、県の朝市として一番有名だった。黒山の人だかりだった」と語る。

当時、一帯は「西駅前朝市」と呼ばれ、青果店や食堂など、鹿児島市民の台所として多くの人でにぎわっていた。

鹿児島中央駅に駅名が変わってからは、バスターミナルの位置などが遠くなったことなどもあって人の流れが減り、今では数店舗しか残っていない。

九州新幹線の部分開業から20年。
街の風景がめまぐるしく変わっていく中で、「西駅」という名称は郷愁を誘う言葉として、今なお人々の心に残っている。

(鹿児島テレビ)

鹿児島テレビ
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