障害者権利条約のもとバリアのない世界を目指して2008年から始まったのが「ゼロ・プロジェクト」だ。

2月にオーストリア・ウイーンにある国連で開催されたゼロ・プロジェクトの国際会議では、日本でインクルーシブな音楽活動を行っている「ホワイトハンドコーラスNIPPON」がその取り組みを評価されアワードを受賞した。ウイーンで行われたホワイトハンドコーラスNIPPONの活動を取材した。(サムネイル写真 (c)Mariko Tagashira)

ゼロ・プロジェクト・アワードの授賞式(右から2人目が芸術監督のコロンえりかさん)(c)Miwa Hishinuma
ゼロ・プロジェクト・アワードの授賞式(右から2人目が芸術監督のコロンえりかさん)(c)Miwa Hishinuma
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音楽にバリアが無いことを証明したと絶賛

「受賞の一報を聞いた時、これまで信じてきたことが評価され胸がいっぱいになりました」

こう語るのはホワイトハンドコーラスNIPPONの芸術監督を務めるコロンえりかさんだ。

ホワイトハンドコーラスNIPPONは2020年に設立以来、聴覚や視覚、身体に障がいのある子どもや障がいのない子どもたちが、お互いを認め支え合いながら音楽活動を行ってきた。「ホワイトハンドコーラス」という名前は、歌詞を手話で表現する「手歌」の際に白い手袋をつけて行うことから名づけられた。

白い手袋をつけて手歌をする(写真:United Nations Vienna)
白い手袋をつけて手歌をする(写真:United Nations Vienna)

今年の「ゼロ・プロジェクト・アワード」には過去最高の97か国から500件以上のノミネートがあった。その中でホワイトハンドコーラスNIPPONが選ばれた理由について、ゼロ・プロジェクトの国際担当ディレクターを務めるティム・ロビン氏はこう語る。

「ホワイトハンドコーラスNIPPONは、音楽と芸術にはバリアがないことを証明したまさにインクルーシブな団体です。初めて活動を見た時は喜びのあまり涙が出ました」

ロビン氏「初めて見た時は喜びで涙が出ました」
ロビン氏「初めて見た時は喜びで涙が出ました」

オーストリア国会議事堂でパフォーマンス

ホワイトハンドコーラスNIPPONは2月、国連に先立ってオーストリアの国会議事堂に招待されパフォーマンスを行った。

ホワイトハンドコーラスNIPPONは白い手袋をして手歌をするサイン隊と、歌う声隊で構成されている。国会議員らを前にパフォーマンスはオリジナルソングの「にじふらい」、「ウイーン我が夢の街」と続く。子どもたちのはつらつとした歌声と美しい手歌の動きに、筆者の隣にいた現地記者の目には涙が浮かんでいた。

オーストリアの国会議事堂でパフォーマンスを行った
オーストリアの国会議事堂でパフォーマンスを行った

そして次の「ゼロ・プロジェクト・アンセム(賛歌)」は、こんな挨拶から始まった。

「この歌の中で『すべての人が偏見を捨てたら私は自由になれる』という歌詞が大好きです。世界で誰一人取り残されないことを願って歌います」

そしてこう続けた。「“障がい者”という言葉は日本手話で“壊れた人たち”と表現されていて、私たちには違和感がありました。だから私たちの手歌では“個性を持った人たち”と表現します」

”障がい者”を手歌では”個性を持った人たち”と表現する
”障がい者”を手歌では”個性を持った人たち”と表現する

子どもと大人が対等の立場で意思決定を行う

パフォーマンスが終わると、議場にいた国会議員や関係者からブラボーの声や拍手、手話の拍手がいつまでも続いた。

さらに子どもたちは控室に戻ると、関係者に感謝の気持ちを込めてホワイトハンドコーラス発祥の地ベネズエラの民謡「Ae Mi Banana」を贈った。バナナの着ぐるみの子どもも現れて、大人も子どもも大盛り上がりだ。

ベネズエラ民謡ではバナナの着ぐるみの子どもが登場
ベネズエラ民謡ではバナナの着ぐるみの子どもが登場

「手歌は子どもたちが様々なアイデアを出して創り上げてきた」とコロンさんはいう。

「子どもが自ら意思決定を行い、大人と一緒に考えるのがホワイトハンドコーラスNIPPONです。障害者権利条約のモットーは『Nothing About Us Without Us(私たちのことを私たち抜きに決めないで)』ですが、ホワイトハンドコーラスNIPPONは未来を生きる子どもと大人が対等の立場で意思決定を行うのです」

子どもが大人と対等の立場で意思決定する (c)Miyuki Hori
子どもが大人と対等の立場で意思決定する (c)Miyuki Hori

子どもたちの「第九」に涙を流す観客も

ゼロ・プロジェクトの最終日、ホワイトハンドコーラスNIPPONは国連の特設会場で締めくくりのパフォーマンスを行った。曲はベートーベンの交響曲「第九」。

曲が始まると声隊の子どもたちの表情には歌う喜びが溢れ、サイン隊の子どもたちの身体が躍動し、白い手袋が時に激しく時に美しく弧を描いた。

白い手袋が時に激しく時に美しく弧を描く
白い手袋が時に激しく時に美しく弧を描く

国連関係者ら観客のほとんどは、ホワイトハンドコーラスNIPPONのパフォーマンスを実際に見るのが初めてだっただろう。子どもたちが「歓喜の歌」を歌声と手歌で情熱的に表現するのを見た観客は、演奏が終わると一斉に立ち上がり、賞賛の声と拍手と手話の拍手がいつまでもやまなかった。

そしてアンコールは「ゼロ・プロジェクト・アンセム」だ。子どもたちの美しい歌声と手歌に希望を見た観客の中には、感極まって涙を流す姿もあった。

子どもたちが歌声と手歌で情熱的に表現する
子どもたちが歌声と手歌で情熱的に表現する

「ホワイトハンドコーラスを続けていきたい」

パフォーマンス後、子どもたちにそれぞれの思いを聞いた。サイン隊のさらさんは「泣いている人がいた。声隊の奇麗な歌があったからかな。サイン隊もみんなすごいと思った」と話し、ゆうたくんは「楽しくできた。100点かな。ウイーンにまた来るのも楽しみだし、ほかのところにも行ってみたい」と語った。

さらさん(前列右から3人目)とゆうたくん(前列右から4人目)(c)Miyuki Hori
さらさん(前列右から3人目)とゆうたくん(前列右から4人目)(c)Miyuki Hori

声隊のこうちゃんは「99点。とてもいい演奏になったかなと思います。帰国すると現実に戻される感じがするので、このままウイーンにいたいです」といい、まさきくんは「すごく楽しかったです。やっぱり少し緊張しましたけど90点台後半ぐらいですかね」と話した。そして2人に次の目標を聞くと、揃って「ホワイトハンドコーラスを続けていきたいです」と答えた。

まさきくん(左)とこうちゃん(右)「ホワイトハンドコーラスを続けていきたい」
まさきくん(左)とこうちゃん(右)「ホワイトハンドコーラスを続けていきたい」

社会はまだ音楽の可能性に気づいていない

コロンさんは「社会はまだ音楽の可能性に気づいていない」という。

「多くの人が音楽は聴くか音を出して楽しむと思っていますが、音楽にはインクルーシブ教育として様々な可能性があります。全員が同じ音を奏でるよりも、様々な人がいろいろな音を奏でた方が美しいハーモニーができます。音楽は耳が聴こえる人だけのものではありません。聴こえない人も白い手袋を付けて手歌をすれば、一緒に音楽ができることをもっと多くの人に知ってほしいと思います」

音楽にはインクルーシブ教育として様々な可能性がある(写真:United Nations Vienna)
音楽にはインクルーシブ教育として様々な可能性がある(写真:United Nations Vienna)

ホワイトハンドコーラスNIPPONは、東京、京都、沖縄の3拠点の活動をより地域に根差していきながら、ユニバーサルなものにしていくことが目標だ。コロンさんはこう語る。

「子どもたちと活動するのは未来を作ることに直結しています。だから止めることはできません。音楽は表現やスキル、運動機能を発達させますが、それ以上に魂を育て、人生を豊かにし、生き抜く力を与えるものなのです」

音楽は人生を豊かにし、生き抜く力を与える
音楽は人生を豊かにし、生き抜く力を与える

世界が認めたインクルーシブな団体、ホワイトハンドコーラスNIPPON。次の世界の舞台に向けて活動スタートだ。

次の世界の舞台に向けスタートだ
次の世界の舞台に向けスタートだ

(フジテレビ 解説委員 鈴木款)

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鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。