「なんとなく買ってしまった」「思いのほかたくさん買ってしまった」という経験は、誰しもがしたことがあるのではないだろうか。
こうしたいわゆる衝動買いも、五感など感覚的なものをきっかけとして買う気にさせる「感覚マーケティング」と呼ばれる手法に往々にして結びついているという。
どんな時に「感覚マーケティング」が用いられ、私たちは不要なものを買わないようにどう気をつければ良いのか?上智大学経済学部経営学科の外川拓准教授に話を聞いた。
「感覚マーケティング」の世界
ーー感覚マーケティングの身近な例とは?
外川准教授:
例えば、コーヒーの香りが漂っていてカフェに入りたくなったり、焼きたてのパンの匂いがすると、それまでは別に行きたいわけではなかったのに、パン屋に立ち寄ったりすることがあるかと思います。嗅覚という1つの感覚に働きかけて行動を起こさせている。
他にも、自動車メーカーは、高級な車はドアを閉める音を心地よくて重厚感のある音にデザインしたり、スポーツタイプの車はエンジンの馬力を感じさせる排気音に調整しています。いずれも車好きの人の感覚に訴える工夫です。
外川准教授によれば、五感などを通じて買いたい、食べたいという気持ちを引き起こす「感覚マーケティング」は、日常のあらゆるシーンで使われているという。買うか買わないかを判断している消費者の背中を「ぽん」と押すものとして使われることも多いそうだ。
研究室の実験では、商品パッケージの画像の位置でも人間の「食べたい」という欲求を変化させることがわかった。
食品パッケージの画像が食べる量に影響
実験内容は以下のようなものだ。
まず、キャラメルポップコーンが入ったパッケージでポップコーンの画像を上配置したものと下配置したものの2種を用意する。
参加者の学生を2つにグループ分けして、それぞれのパッケージの商品を配布した。
15分間の短編映画を視聴する間、ポップコーンを食べてもらい摂食量を調査したところ、上配置したものを渡された学生は下配置したものを渡された学生より食べた量が多かったという。
外川准教授はこの理由について、人は下にあるものは重く、上にあるものは軽いという連想を自然と持っているので、下に画像が配置されているパッケージは重いと感じる。その結果、味が濃厚だという感覚を引き起こし、濃厚だと飽きがきて摂食量が減ったと分析している。
もし食品メーカーが消費者に沢山の量を食べて欲しければ、上のほうに画像を配置した方が有効であり、逆に濃厚な味を売りにするならば、下のほうに画像を配置した方が効果的となるという。
さらに、別の実験では、背景画像が商品の新しさへの知覚に影響を及ぼすことも検証された。
冷たい背景で新しいと認知
新しい電子機器の広告の背景画像として、真っ白のニュートラルな背景のもの、新緑の温かさを感じる背景のもの、雪景色の冷たさを感じる背景の3パターンを用意する。
参加者をそれぞれ振り分け、新しさ知覚を測定したところ、冷たさを感じる背景のものが一番新しさ知覚の数値が高くなった。
人は子供の頃から親などと触れあって、近づいた時にぬくもりを感じる経験をしている。そのため、逆に冷たいと心理的に遠いと感じ、「未知のもの」「曖昧性が高いもの」と知覚するので、結果的に新しいという感覚に結びつく。実験でこうしたメカニズムが明らかになった。
売り手は、こうした「感覚マーケティング」を使いながら、言葉以外でも感覚を通じて消費者の購買意欲をかきたてる工夫をこらそうとしている。
では、私たちは意にそぐわない買い物をしてしまわないように、どんな時に注意をしたらよいのだろうか。
“ハイ”な状況は危険
危険な状況の1つめは、人間の感情を覚醒度と快・不快で区分したモデルを使用し説明された。覚醒度とは、興奮や緊張の度合いを指す。
外川准教授:
基本的に普段我々が行くような店は覚醒度がハイな状態にする施策が沢山あるんです。明るいびかびかの店内にして、大音量のBGMを流して…というと、人間は自然にハイな状態になって覚醒水準が高まる。覚醒水準が高まると衝動性が高まり、冷静に考えずその場の瞬発的な思考になりやすくなるといわれている。
ここは冷静になったほうが良さそうな環境だなと思ったら、その場で買うのではなく一呼吸置いて家で考え直したりとか、別の人に相談して、これって本当に必要かな?とか考える時間をつくった方がよい。
快であっても不快であっても、覚醒度が高まると衝動買いは起きやすくなるということだ。ただ、近年の研究によると、快状態の時は特に衝動買いの危険性が高くなるという。
また、最近、学術誌で発表された論文では、コーヒーを買い物前に飲むと、カフェインにより覚醒水準が高まり、衝動買いが行われやすくなることなども検証されているという。
さらに、他の危険なシーンとして、「焦っている時」や「自分を甘やかす言い訳ができた時」が挙げられた。
外川准教授:
焦っている状態は冷静な判断ができない。ある一部の情報だけから色々な推論を働かせて判断するという思考モードになってしまう。時に誤った判断や不必要なものを買ってしまったり、自分に似合ってないものを選んでしまったりする。後は、セルフコントロールを緩めるための言い訳をできた時。例えば、汗をかいてボランティアをした。じゃあ、ちょっとくらい自分へのご褒美として甘いチョコレート食べてもいいよねとか。
ちょっとご褒美買おうというのはストレスの緩和にもなり、その行動自体が悪いわけではない。ただ、そうした時に食べ過ぎる、飲み過ぎるなども起きやすいので、このような仕組みを知っておくだけでちょっとしたブレーキになるのではないか。
こうした状況では、消費者は普段我慢しているものを買いやすくなるという。甘いお菓子や、ちょっと高価なもの、世の中に良しとされていないものなどを制御できずに買ってしまう傾向があるそうだ。思い返せば、心あたりのある人も多いのではないだろうか。
私たちも「感覚マーケティング」の性質を客観的に知ることで、後悔する買い物をせずにすむかもしれない。
(監修:青山学院大学経営学部長・経営学研究科長 久保田進彦)