2024年2月7日、群馬県伊勢崎市で小学生を含む12人が四国犬に襲われけがをした。イギリスでも「アメリカンブリーXL」という犬をめぐり社会問題になっている。

“悪魔の犬”英国内での繁殖や飼育などを禁止へ

イギリスで“悪魔の犬”とも呼ばれているアメリカンブリーXLは、頭が大きく筋肉質な犬で、成長すると体高は50cm、体重は成人男性と同じぐらいの約50~60kgにまでなる。闘犬として100年以上の歴史を持つアメリカンピットブルテリアの血筋で、激しい気性になるよう交配や繁殖されている場合もあるという。

英国王立動物虐待防止協会(RSPCA)によると、TVや映画、著名人のSNSでよく見られるようになったこともあり、イギリスでここ数年人気が高まっている犬種だ。一方、近年この犬が人を襲う事故が多発。英メディアによると、2023年だけでアメリカンブリーXLによる死亡事故が7件も報告されている。

2歳のアメリカンブリーXL、チャンス。飼い主によると優しい性格で一度もトラブルを起こしたことがないという。
2歳のアメリカンブリーXL、チャンス。飼い主によると優しい性格で一度もトラブルを起こしたことがないという。
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イギリス国内で最初に注目を集めたのは、2021年11月に発生した死亡事故だ。英BBCによると当時10歳の男子小学生が放課後に友人宅で遊んでいたところ、その家で飼われていたアメリカンブリーXLに頭や首など複数箇所を噛まれ、その場で死亡した。犬はその場で殺処分、飼い主2人には有罪判決が下り、刑務所に収監された。死亡した男の子の母親は、この事故をきっかけにアメリカンブリーXLの規制や取り締まり強化を訴える運動を起こした。

また、2023年9月の死亡事故をきっかけに世間の視線はさらに厳しくなる。当時52歳の男性が2頭のアメリカンブリーXLに噛まれ死亡した。これを受けイギリスのスナク首相は、2024年1月からアメリカンブリーXLの繁殖や売買、贈与、また2月から無登録の飼育を禁止することを宣言。同犬種を「社会への脅威」であると発言した。

「危険犬種法」ピットブルや土佐犬も対象

そもそもイギリスでの犬の飼われ方は、日本に比べて人との距離が近い。街中でもリードなし(法律的にはダメだが)での散歩や、補助犬でなくてもレストランや電車での同伴が一般的だ。犬を飼っていない私でも、日本よりも犬と接する機会が多いと感じる。

公園内では、犬が自由に走り回っている。
公園内では、犬が自由に走り回っている。

ドッグフレンドリーな国イギリスだが、意外にも飼育可能な犬種に対しての規制は、世界の中でも厳しい。

特定の犬種の飼育を禁止する危険犬種法(Dangerous Dog Act 1991)が定められており、前述したピットブルテリアや土佐犬も禁止犬種とされている。そして2024年2月から施行された法改正でアメリカンブリーXLもこの規制対象に追加され、今後新たに同種の犬を飼うことはできなくなった。すでに飼育している場合は、犬の登録および賠償責任保険の加入が必要で、公共の場ではリードや口輪の着用が義務付けられている。また、2024年末までにマイクロチップの埋め込みと去勢手術も行わなければならない。

しかし、飼育禁止になってわずか2日後の2月3日に、またもやアメリカンブリーXLに女性が襲われ死亡する事故が発生。女性を襲った犬は、無登録だったという。

飼育犬種の制限は、事故の抑止力になるのか?

動物行動療法調教協会(Animal Behavior And Training Council)の理事であり、犬の行動療法士(dog behaviorist)のジェーン・ウィリアムズ氏に、飼育犬種を制限することの有効性について話を聞いてみた。

犬の行動療法士ウィリアムズ氏は、アメリカンブリーXLが持つ身体的な強さを悪用するブリーダーや飼い主がいることに懸念を示している。
犬の行動療法士ウィリアムズ氏は、アメリカンブリーXLが持つ身体的な強さを悪用するブリーダーや飼い主がいることに懸念を示している。

ウィリアムズ氏は、「どんな犬でも怖がらせると攻撃的な行動に出る。アメリカンブリーXLが特に危険な犬種であるというデータは存在しない」と、犬種だけで危険性を判断することに疑問を呈している。また、「商業的に無責任な繁殖をさせていたブリーダーは、法改正によって売れなくなることを見越して、禁止になる前から次の新種開発を始めている。今後、法に抵触しない新種が出てきて同じような問題を起こすだろう。特定犬種を制限するのは逆効果であり、長期的な問題解決にはならない」と制度の抜け道を指摘した。

相次ぐ事故を防止するために、犬の飼育免許(ドッグライセンス)制度を復活させるべきという署名運動も起きている。イギリスでは1987年サッチャー政権下で廃止されて以降、日本と同じく免許がなくても犬が飼えるようになった。ウィリアムズ氏は、「飼い主の教育を強化すべき。飼い主対象の講座を設けて免許制にするほうが、個別の犬の取り締まりよりも事故防止に有効だろう」と声を上げる。

飼い主に直接話を聞き、飼い犬と対面させてもらった。
飼い主に直接話を聞き、飼い犬と対面させてもらった。

また、実際にアメリカンブリーXLを飼っている男性も、人に対しての教育の重要性を指摘する。

男性は、友人が同様の犬を飼っていたことをきっかけに、アメリカンブリーXLの存在を知った。身体的な強さと優しさを持つ愛犬チャンスは、一人暮らしの彼にとって番犬であり、家族であるという。男性は、チャンスが見知らぬ他人と事故になりかねない状況を目の当たりにした時のことを振り返り、飼い主の知識不足や通行人の無責任な行動に懸念を示す。

「最近は(報道の影響もあり)犬を怖がる人が多いので、公園など公共の場所では人やほかの犬に近づかないように配慮している。それでもある日、電話をするため少しだけ目を離した隙に、見知らぬ女性がやってきて自分の飼い犬の顔をつかんでいたところを目撃し、ぞっとした。そのときは何も起きなかったが、その女性が犬に噛みつかれてもおかしくないような状況だった」

「人は犬に慣れすぎている面がある。車が暴走すれば人をひき殺してしまうように、犬も扱い方を間違えれば容易に人に危害を加える力を持っていることを忘れてはいけない」

日本では、イギリスのような飼育犬種の規制も飼い主を制限する免許制度も存在しない。今後、四国犬など犬による事故を防ぐためには、法の力で規制することが果たして有効なのか。日本で対策を考えるにあたって、イギリスの今回の法改正の効果が参考になるだろう。
(FNNロンドン支局 長谷部千佳)

長谷部千佳
長谷部千佳

1998年藤沢生まれ。早稲田大学法学部卒。2023年よりロンドンに拠点を移し、FNNロンドン支局で記者助手とカメラマンを担う。守備範囲は広めの無趣味。いつも音楽と街中の人の装いを追っている。