ロシアのウクライナ侵攻開始(2022年2月24日)から2年となる前日の2月23日、ウクライナ国防省情報総局は、ロシア軍のA-50U早期警戒機をアゾフ海上で撃墜したと発表した。

発表文にはA-50Uが墜落するまでの航跡図も添えられている。

A-50Uは、機体の上に搭載した円盤状のレーダー・アンテナを回転させて、約230km以内の敵の飛翔体を掌握。味方の戦闘機や対空ミサイル部隊に必要なデータを送り、指揮を行う。

まさに、空飛ぶ“巨大な眼”であり“指揮所”なのだ。
「空を制する者が地上戦も支配する」その象徴のような航空機がA-50Uだった。

ロシア軍のショイグ国防大臣は、ウクライナ侵攻2年目となる2月24日の一週間前の17日に、ウクライナ軍が激戦地アウディーイウカから撤退した可能性が高いことから、ロシア軍はドネツク州アウディーイウカの「完全な支配」を確立したと主張。
翌18日に、ロシア国防省は、激しい砲撃を受けているウクライナの軍人とみられる映像を公開した。
この地域は、2014年に親ロシア派勢力によって占領されたが、その後、ウクライナ軍によって奪還されたため、ロシアにとって、ウクライナ軍に奪還された地域の奪還となり、プーチン大統領が、アウディーイウカ陥落を重要な勝利として称賛した程“特別な象徴”であった。

アウディーイウカ攻防戦で「(ウクライナ軍)第110旅団は、アウディーイウカ攻防戦前の兵力約2000人の大半を犠牲にしたかもしれない」「アウディーイウカとその周辺でのロシア軍の死傷者は計3万人を超えるかもしれない」(米Forbes2024/2/17付)との試算もある。
ロシアは、これだけの犠牲を払って何を得ることになるのだろうか。
激戦地を陥落させたロシア滑空爆弾
アウディーイウカの南方約8kmの地点に、ロシアが支配する要塞都市ドネツクがあり、ロシアによるアウディーイウカ占領によりウクライナ軍はドネツクからさらに遠ざけられることになった。
ロシア軍にとってはドネツクが、ロシアが部分占領下のウクライナ東部ドンバス地域全体での作戦を支えるための重要な兵站拠点としてこれまでより安全な場所になることを意味する。

英国防省は2月20日「ロシア軍がアウディーイウカと町の北にあるコークス工場を制圧した。ロシア軍は恐らく、アウディーイウカ占領をただちに活用するだけの戦闘能力に欠けていて、一定期間の休息と再装備が必要となるだろう。 今後数週間で、ロシアは徐々にアウディーイウカを越え、領土支配を拡大しようとする可能性が高い」と分析した。

つまり、ロシア側は、さらに今後数週間で軍隊の準備を整え、さらなる領土拡大に乗り出す可能性が高いというのである。
ロシア軍はどのような戦い方で、ウクライナ軍の重要拠点を陥落させ、今後も領土を拡大する可能性が高くなるというのだろうか。

この点について、ロシアの軍用機が投下する爆弾の“変化”が注目されている。単純に落ちる爆弾からグライダーのように滑空する爆弾になり、地上部隊を空から支援する、いわゆる「近接航空支援」が変化したと指摘されている。

米・戦争研究所(ISW)は「アウディーイウカ近郊で活動するウクライナ旅団の報道官は2月17日、ロシア軍がこの一日でアウディーイウカのウクライナ軍陣地に60発のKAB滑空爆弾が使われたと述べ、同地域で活動するウクライナ軍兵士は、ここ数日でロシア軍が最大500発の滑空爆弾を使ったと述べた」(2024/2/17付)という。
滑空爆弾というのは、そもそも爆撃機や攻撃機から投下する誘導機能のない自由落下爆弾に、主翼や尾翼を取り付けてグライダー化し、(GLONASS≒GPSのようなロシアのシステム)衛星航法装置で標的に誘導する“爆弾”だ。

無誘導/自由落下爆弾では、投下する爆撃機や攻撃機は、標的にある程度、近づいて投下しなくてはならないが、滑空爆弾に改修したロシアのKAB爆弾やFAB爆弾は、グライダーのように滑空し距離を稼ぐことができる。
「ロシア側は重量550lb(≒250kg)か1100lb(≒500kg)、あるいは3300lb(≒1500kg)のKAB爆弾やFAB爆弾に翼と衛星誘導装置を取り付け、簡易的な滑空爆撃能力を開発した。ロシア空軍のスホーイ戦闘爆撃機は高高度を高速で飛行して、40km離れた目標に向けてKABを2発以上投下できるようになった。前線から40kmというのは、ウクライナ側の地対空ミサイルによって迎撃されるリスクを完全には排除できないものの、軽減するには十分な距離だ」(米・FORBES 2024/2/18付)との分析もある。
例えば、ウクライナに西側諸国から供与された地対空迎撃システム「PAC-3」から発射されるPAC-3MSE迎撃ミサイルの射程は20~30kmとされる。
これならPAC-3MSEミサイルの届かないところからロシアの戦闘爆撃機が、滑空爆弾を放つことが理屈の上では可能となる。
その上で「ウクライナ軍の守備拠点だったアウディーイウカに対し、ロシア空軍のパイロットはここ数週間、40kmほど離れた場所から衛星誘導の滑空爆弾を大量に投下してきた。こうした航空支援を受けてロシア軍の地上部隊は、多大な損害を出しながら4カ月以上にわたる攻撃の末に、ウクライナ軍の第110独立機械化旅団を撤退させた」(米・FORBES 2024/2/18付)というのである。
従って「ロシア軍は空から地上部隊を効果的に支援する方法をついに見いだした。今後、(ロシア軍は)ウクライナのおよそ1000kmにわたる前線のほかの戦域でも同じ戦術を用いるだろう」(同上)。
つまり「ロシア軍がアウディーイウカへのロシアの進軍を容易にした近接航空支援をウクライナ(の他の地域)で大規模に再現する可能性がある」(米・戦争研究所(ISW:2024/2/17付)ということになる。
ロシアは、地上戦力を空からの滑空爆弾で支援する作戦がアウディーイウカで成果をあげたため、ウクライナの他の戦線でも応用するだろうというのだ。

ただ、FAB滑空爆弾やKAB滑空爆弾も、Su-34戦闘爆撃機(攻撃機)等の軍用機から投下される武器だ。
滑空爆弾の投下前に、滑空爆弾を吊り下げた航空機を撃墜した場合はもちろん、投下後の撃墜だったとしても、その後、爆弾を投下できる航空機を減らせることになる。
従って、爆弾投下の効果を減らすためには、投下前か投下後かに関わらず戦闘爆撃機を撃墜することがウクライナ側には望ましいこととなりそうだ。
ウクライナ軍の滑空爆弾対策とは
ウクライナ国防省は2月17日、Su-34戦闘爆撃機2機、Su-35戦闘機1機を撃墜したとX(旧ツイッター)で発表した。


その真偽は確認できない部分もあるが、本当だとすれば「(ロシアのウクライナ侵攻開始から)2年にわたる激しい戦闘で、ロシア軍は保有していた150機ほどのSu-34のうち約30機を失った」(米・Forbes 2024/2/17付)ことになる。


なぜ、ロシアは新鋭戦闘機や戦闘爆撃機を失うのか。
その後もウクライナ軍は、ロシア軍のSu-34戦闘爆撃機(攻撃機)を続けて撃墜したと主張しているが、ロシア軍の滑空爆弾によるロシア地上部隊支援が緩和されるのかどうかは不明だ。

そこで興味深いのが、冒頭で紹介した露A-50U早期警戒管制機をウクライナが撃墜したと主張していることだ。

今回、使用されたのは、ソ連時代の1960年代に開発されたS-200対空ミサイル・システムとウクライナのメディア関係のX(旧ツイッター)等では指摘されている。
ウクライナ軍からは退役したはずのS-200対空ミサイル・システムから発射される最高速度マッハ3.48の5V28対空ミサイルには、最大射程が、240kmと300kmのタイプがあった。
ロシア航空宇宙軍は、A-50U型機7機、それより古いタイプのA-50型機を3機、計10機を運用しているとみられていたが(ミリタリーバランス2023年版)、2023年2月にベラルーシに駐機していたA-50がドローン攻撃を受け損傷したとみられるほか、今年(2024年)1月には、A-50型機1機が墜落(撃墜か?)している。
今回の撃墜が本当であれば、ロシア航空宇宙軍は、戦闘機や戦闘爆撃機の眼となり頭脳となる早期警戒管制機を10機中、最大3機を使用できない状態になったことになる。これは、ウクライナ正面だけでなく、北極方面やNATO正面、極東・アジア方面の空にも対応しなければならないロシア航空宇宙軍にとっては、無視できない事態だろう。逆に言えば、ロシア周辺国にとっては、ロシア航空宇宙軍の空の脅威が減ることを意味するかもしれない。
さらに英国防省は昨年11月の時点で、A-50早期警戒管制機がS-400長距離地対空ミサイル・システムのレーダーを補完する役割を担うことになったと伝えている。


これが本当なら、S-400のレーダーを補完するために、機数が減った可能性がある早期警戒管制機をウクライナ周辺から、より安全な空域まで引かざるを得ないかもしれない。
もしそうなら、これからもロシアは早期警戒管制機の態勢を維持できるのか。
戦闘爆撃機の機数を維持して、地上部隊に対する近接航空支援を正常に出来るのか興味深いことではある。


ロシア黒海艦隊はかつて、ウクライナに向かってカリブルNK地上攻撃用巡航ミサイルを発射していたが、ウクライナ海軍は黒海で無人攻撃艇=マグラV5を駆使するという珍しい戦術で、昨年、黒海艦隊の2隻の上陸艇を破壊したのに続き、今年に入ってタランタルIII級ミサイル・コルベットやロプチャ級揚陸艦を沈めたという。
ドローン戦・砲撃戦 ロシア対ウクライナの戦い その新たなる側面
また地上の戦闘においても、ロシア、ウクライナ双方ともドローンを多用している。


その一方で、従来の砲弾を使う“砲撃戦”も重要だ。



ロシア・ウクライナが陥る砲弾不足
ロシア軍は、2S19ムスタ-S自走榴弾砲や2A65榴弾砲で主流の152ミリ砲弾を使用しているが、「2025年にウクライナ軍を打倒し、ウクライナでの戦争に勝利するために必要とロシアが試算している砲弾の数は1日あたり1万5000発」(米FORBES 2024/2/15付)と膨大な数だ。
これは「ロシア軍の火砲が現在、ウクライナで1日に発射している砲弾数よりも5000発多く、ロシアの産業界が1日に生産している砲弾数よりも9000発多い」「不足分を補うためには、(中略)国内で長期保管されている古い砲弾約300万発の一部を再び使用できる状態にすること。もう1つはイラン、より重要なのは北朝鮮から、これまでに取得した計約200万発に加えて、砲弾をさらに確保すること。(中略)ロシア軍は2025年、主力砲弾である152mm砲弾の『大幅な不足』に直面するとみられている」(米FORBES 2024/2/15付)

ロシア軍だけでなく、米国製M109 A6、ポーランド製クラブや仏カエサル、それにウクライナ国産のボーダナなどの155mm自走榴弾砲、さらに、M777榴弾砲等、155mm砲弾を使用する火砲や、旧ソ連の流れを汲む152mm砲弾を使用するウクライナ側も砲弾の数の問題を抱えそうだ。



「西側諸国は、ウクライナ戦に少なくとも月に20万発の155mm弾を送り込みたいので、古い備蓄に手を伸ばし、期限切れの砲弾を改修することも検討している。(中略)米国は2025年までに少なくとも月産10万発の155mm砲弾を生産する予定で、欧州には2024年までに国内の155mm砲弾生産量を150%増やすという任務が課せられている」(FORBES 1月2日付)という。

このような砲弾の増産計画の実現性は不明だが、興味深い動きを示したのがチェコである。
「チェコのパヴェル大統領はミュンヘン安全保障会議で『我々は155ミリ弾薬50万発と122ミリ弾薬30万発を確認した』と語った。大統領は弾薬がどの国にあるのかは明らかにしなかった」「米国、ドイツ、スウェーデンなどの提携国との資金調達が確保できれば、数週間でウクライナに届けることができる」(チェコのニュースサイトseznamzpravy 2024/2/17付)という。

ウクライナ、ロシアともに必要な装備の供給元を確保することが重要であり、特にウクライナ側では恐らく、チェコが世界各地で砲弾の確保に走り回ったが、実際にウクライナに供給するためには先立つもの(=資金)が必要だということなのだろう。
米上院は2月13日、ウクライナやイスラエルへの支援を含む総額950億ドル余り(14兆円以上)の緊急予算案をまとめ可決した。
しかし、野党である共和党が多数を占める米下院では、トランプ前大統領寄りとされるジョンソン議長(共和党)が14日現在、この案に後ろ向きな考えを示しており、ウクライナ支援を含む予算案がこのまま成立するどうかは予断を許さない状況となっている。
3年目に突入したウクライナでの戦いの先行きは、先行きを探るのが難しいということだけは確かなようだ。
【執筆:フジテレビ上席解説委員 能勢伸之】

