下帯姿の男衆がお守りが入った袋を奪い合う岩手県奥州市の「黒石寺蘇民祭」が、2月17日、惜しまれながら1000年以上の歴史に幕を閉じた。コロナ禍による中断をはさんで今回が最後となった「蘇民祭」。黒田記者が体験リポートする。
まつりを支える担い手不足や高齢化
2月17日、奥州市の寺の本堂に屈強な男たちの声が響いた。
下帯姿の男衆が厄除けのお守りが入った「蘇民袋」を争奪する黒石寺蘇民祭だ。1000年以上前から続く伝統のまつりだが、2024年で歴史に幕を下ろすことになった。
日本三大奇祭の一つに数えられるこのまつりは、過去にはまつりのポスターが注目を集めたこともあり、全国から知られるまつりとなっている。
しかし、2023年12月、黒石寺の藤波大吾住職は、まつりを支える担い手の不足や高齢化などにより、2024年で終了することを発表した。
参加者(今回で4回目):
ことし最後なので、どうしても参加したいと思った
ほかの参加者も伝統が途絶えてしまうことに「正直寂しい」と声を漏らし、復活を願った。
参加者:
仕方がないというのもあるんでしょうけど…いつか復活を願いながら待ってます。もちろん、蘇民袋狙いに最初から全開で行きます
男衆の熱気に記者も「負けられない」
黒田麟記者も「蘇民祭」に参加。「最後の蘇民祭ということで、参加する人はより強く熱い思いで出場すると思うが、私も負けないで全力で頑張ります」と気合十分だ。
最後の蘇民祭には過去最多となる270人が参加。鐘の音と共にまつりが始まった。
男たちは境内の近くを流れる瑠璃壷川で水を浴び身を清めた。もちろん、黒田記者も水を浴び、身を清める。
黒田麟記者:
水は冷たいが、男衆の熱気がすごい!負けられない!俺ももっと行きたい
現在49歳 蘇民祭は18歳から参加
男衆の中に最後のまつりに強い思いを持った人がいた。奥州市内に住む菊地敏明さん(49)だ。
最後に蘇民袋の締め口を握っているのが取主で、2番目に近いところを握っているのが準取主になれる。菊地さんは「準取主」になったことはいっぱいあるという。
菊地さんは18歳の時から蘇民祭に参加。蘇民祭保存会のメンバーとしてまつりを支えてきた。
最後のまつりも、いよいよヤマ場を迎える。小間木と呼ばれるお守りを入れた「蘇民袋」が本堂に運ばれていく。
男たちの熱気もさらに高まり、まつりもクライマックス。「蘇民袋争奪戦」開始だ。
熱気で湯気が出るほどの激戦。菊地さんも人だかりの中で蘇民袋の行方を追う。そして、最後に蘇民袋を掴んでいたとして取主になったのは、菊地さんだった。
最後の取主・菊地敏明さん:
確実に俺だと確信した。終わってしまって寂しくショックだが、私にとっては最高に記憶に残るおまつりになった
黒田記者もいいところまで?
取材した黒田記者ももう少しで蘇民袋が届くところまで行ったが、一歩及ばず。それでも間近で多くの人の熱い思いを感じることができたという。
黒田麟記者:
最初から最後まで参加したんですが、長いようで短く、本当に記憶に残る良いまつりだったと思います
最高潮の熱気の中、惜しまれながら幕を閉じた蘇民祭。その熱気はいかに多くの人に愛されるまつりだったのかを物語っていた。
(岩手めんこいテレビ)