「大関に上がったのは嬉しいんですけど、悔しい気持ちもあるので複雑です」

1月28日(日)大相撲初場所の千秋楽。横綱・照ノ富士との優勝決定戦から約2時間後。

琴ノ若は大関昇進こそ掴み取ったものの、悲願の初優勝を逃した複雑な胸中を絞り出すように語ってくれた。

新大関・琴ノ若(26)
新大関・琴ノ若(26)
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「やっぱり結果がすべてなので…ただ切り替えてやるしかないですし、ここからもっと責任感だったりいろいろなことが求められると思うので、しっかり鍛え直してやるしかないです」

神妙な面持ちで私たちの質問にゆっくりと丁寧に答えてくれる琴ノ若。辛い心境の中でも実直に向かい合ってくれる人柄に、彼の誠実さを感じた。

親子三代全員が「三役力士」

琴ノ若は千葉県松戸市出身の26歳。祖父は激しい突き押し相撲で「猛牛」の異名を取った第53代横綱・琴櫻。

祖父 第53代横綱・琴櫻
祖父 第53代横綱・琴櫻

父は“イケメン力士”として女性ファンも多かった先代・琴ノ若の佐渡ケ嶽親方という、親子三代全員が三役以上の偉大なDNAを持つ超エリート力士だ。

父 先代・琴ノ若(現在は佐渡ケ嶽親方)
父 先代・琴ノ若(現在は佐渡ケ嶽親方)

2歳で相撲を始め、中学・高校は名門・埼玉栄の相撲部に所属。大相撲入門後も順調に番付を上げていき、昨年の初場所で小結に昇進し、上述の親子三代三役力士を達成した。

「あと13勝」で迎えた初場所

三役昇進後はすべての場所で勝ち越す安定感を見せ、昨年の秋場所で9勝、九州場所で11勝をあげ、三役の地位で33勝という、大関昇進目安まであと13勝という状況で初場所を迎えていた。

「強い思い」で初場所に臨んだ
「強い思い」で初場所に臨んだ

場所前には大関昇進を果たした際に、祖父のしこ名である「琴櫻」を継ぐ希望があること、「琴ノ若」のしこ名で優勝することが父である師匠への恩返しのひとつと語るなど、初場所へ強い思いを示していた。

大関・霧島との一番に勝利
大関・霧島との一番に勝利

序盤から連勝を重ね、優勝争いを引っ張ると、14日目には綱取りのかかる大関・霧島を撃破。千秋楽も勝って勝ち星を13に伸ばし、見事大関昇進目安をクリアした。

「最終的な結果が良ければ」

「(大関取りについて)深くは考えていなかったです。そこに関してはなるようにしかならないと思っていて、星数が上がっても内容とかがもちろんあると思うので。最終的な結果が良ければいいと思って勝負していたので、大関を取れたのは良かったですけど、そんなに意識はなかったですね」

大関昇進&初優勝の“両取り”はならず

大関昇進を確実にし、残るは「琴ノ若」での優勝。優勝決定戦の相手は、13日目に対戦し敗れている横綱・照ノ富士。改めてこの一番を振り返ってもらった。

横綱・照ノ富士との優勝決定戦
横綱・照ノ富士との優勝決定戦

「(支度部屋では)気合は入っていたんですけど、自分でも思ったより冷静で落ち着いていました。だからこそ悔しいというか…始まったら夢中で攻めるしかないと思って取っていて、言い方は難しいですけど『これが横綱なんだな』と。自分がその地位を目指すためにも『こういうところなんだな』と肌で感じたので、気持ちは悔しいですけどいい経験・勉強ができたと思います」

「これが横綱なんだな」と肌で感じた
「これが横綱なんだな」と肌で感じた

横綱との優勝決定戦という極度のプレッシャーの中で、冷静に自分の相撲を取ることができなかった事を反省していた。

そして、この一番を第71代横綱・鶴竜の音羽山親方に解説してもらった。

音羽山親方自身も2012年の大阪場所で大関昇進を決めた際、優勝決定戦で白鵬に敗れ優勝を逃す経験をしており、琴ノ若が優勝決定戦で敗れた直後にも「同じ経験を僕もしているからね」と、琴ノ若を気遣っていた。

第71代横綱・鶴竜の音羽山親方
第71代横綱・鶴竜の音羽山親方

「立ち合いは組んだらダメだと思いますので、琴ノ若はもろ差しになりたかったと思います。中途半端に差すと小手投げがありますし、腕をたぐったりしますし、そこは横綱の巧さが出るので。立ち合いからもろ差しになっているんですけど、そのあと抜けてもう一回もろ差しになるチャンスがあった。そこで頭をつけるんじゃなく投げにいってからもう一回もろ差しを狙いにいってもよかった。決定戦の一番でもそうですけど、胸を合わせたら勝てないというのが見えたと思います。経験が大きいですし、優勝決定戦の経験の違いが出ましたね」

と、優勝決定戦の経験値の違いが勝敗を分けたと分析する。そして、琴ノ若の今後については期待を込める。

「琴ノ若にはもう少し巧さも必要」
「琴ノ若にはもう少し巧さも必要」

「祖父と同じ番付に上がりたいという夢があると思いますので、上に上がっていくためにはもう少し巧さも必要なのかな。横綱と対戦した時にそう感じられたので、他の力士には落ち着いて自分の相撲が取れるようになっていますけど、やっぱり上にいる力士に勝たなければ上にはいけない。そういう意味で上位の力士でも相手を見て戦い方を変える巧さを磨いていってほしい」

初優勝は逃したものの、これからは大相撲界の看板・大関としての歩みを始める琴ノ若。どんな大関を目指していくのか。

大関への抱負を語る琴ノ若
大関への抱負を語る琴ノ若

「琴欧洲関や琴奨菊関に背中で見せてもらって、高校時代も豪栄道関に格好いいところを見せてもらったので、そういう風になれたらいいと思います」

「部屋の子たちを引っ張っていけるような、いろいろな方から応援していただけるような力士になるのが大事。先代みたいに人格のある人柄のいい力士になりたいです」

相撲の強さだけではなく、「人間力」の高い大関を目指す、と語ってくれた。

注目されたしこ名は…

千秋楽から3日後の31日(水)に行われた大関昇進伝達式。

「大関の名に恥じぬよう感謝の気持ちを持って相撲道に精進してまいります」

口上に入れた『感謝の気持ち』という言葉。祖父や恩師などからの教えであり、この気持ちが一番大事だと思い、絶対に入れたい、とこだわりを見せた。

口上には『感謝の気持ち』
口上には『感謝の気持ち』

そして、もうひとつ注目を集めていた、祖父のしこ名「琴櫻」の襲名について。

千秋楽のインタビューでは、伝達式まで親方たちと相談すると話していたが、伝達式の会見で次の大阪場所は「大関・琴ノ若」で出場し、5月の夏場所から「琴櫻」を襲名すると発表された。

先代・琴ノ若の佐渡ヶ嶽親方
先代・琴ノ若の佐渡ヶ嶽親方

そこには、先代・琴ノ若が成し遂げられなかった大関という地位で戦うところを一場所だけでも見せてあげたいという、子から父への気遣いが感じられる。早くも横綱級と言える「人間力」には驚かされた。

3月の春場所は「琴ノ若」で優勝するという父への恩返しができる最後のチャンス。逆に、良くない結果で終わった場合は、残念な状況で「琴櫻」襲名となってしまう、リスクの大きい決断を下した琴ノ若。

3月場所は「琴ノ若」で優勝
3月場所は「琴ノ若」で優勝

勝っても負けても話題になる、それこそが看板力士の宿命だが、来場所は琴ノ若が勝って注目されることを願ってやまない。

そんな琴ノ若が新大関として、2月11日(日)「日本大相撲トーナメント第48回大会」に参戦する。1日で優勝者を決める過酷な戦い。

「大関・琴ノ若」の名前で歴史に名を刻めるか。

日本大相撲トーナメント第48回大会
2月11日(日)午後4時5分
フジテレビ系列で生中継

山嵜哲矢
山嵜哲矢

株式会社ビーフィット チーフディレクター
東京学芸大学卒業後「ジャンクSPORTS」や格闘技中継などを担当
2012年から「日本大相撲トーナメント」中継に携わり
2016年からスポーツ局の相撲担当として場所中や場所後の取材を行う