岸田首相は30日、衆参両院の本会議で、今年1年の内閣の方針を示す施政方針演説を行った。
この中で岸田首相は、自民党派閥の政治資金パーティーをめぐる事件について、「心からおわび申し上げる」と陳謝し、国民の政治への信頼を回復するための改革について、「先頭に立って必ず実行していく」との決意を示した。 

また、経済をめぐっては、「あらゆる手を尽くし、今年、物価高を上回る所得を実現していきます、実現しなければなりません」と強調した。
また能登半島地震については、演説の冒頭に触れ、「被災者の帰還と能登を含めた被災地の再生まで責任を持って取り組む決意だ」と述べた。 

そして外交に関しては、「国際社会は緊迫の度をいっそう高めている」として、ウクライナ侵略、中東情勢、アメリカ大統領選をはじめとする世界の重要な選挙に言及して、「日本ならではのアプローチで、世界の安定と繁栄に向け、国際社会をリードする」と強調した。 

ここから各国との関係について語るパートに入っていったが、そこでは3人の具体的な人名が登場した。
実は今回の演説では、人名がほとんど登場せず、この3人だけとなっている。 

韓国・尹錫悦大統領との関係での日韓関係改善アピール 

1人目が、韓国の尹錫悦大統領だ。岸田首相は演説で、韓国について、次のように述べた。 

「国際的課題への対応などで協力していくべき重要な隣国である韓国とは、尹大統領との信頼関係を礎に、幅広い連携をさらに拡大・進化させるとともに、日米韓3カ国での戦略的連携や、日中韓の枠組みも前進させます」 

このように尹錫悦大統領との信頼関係に触れて連携をアピールし、竹島問題や元徴用工問題など、両国間の懸案についてはあえて言及を避けた。

では岸田首相は、1年前の施政方針演説では韓国についてどう触れていたのか。以下の通りだ。 

「国際社会におけるさまざまな課題への対応に協力していくべき重要な隣国である韓国とは、国交正常化以来の友好協力関係に基づき、日韓関係を健全な関係に戻し、さらに発展させていくため、緊密に意志疎通していきます」(2023年1月23日 施政方針演説) 

1年前は、尹大統領の具体名は出さず、「日韓関係を健全な関係に戻し」という言葉が入っていて、元徴用工問題などにより悪化した関係から正常化する途上だったとの認識がうかがえる。 

そして、この1年で岸田首相は尹大統領を日本に招いて銀座ではしご酒をしたり、バイデン大統領を交えて、米大統領別荘「キャンプデービッド」で日米韓の蜜月を演出するなどしてきた。
こうした積み重ねの中で、元徴用工問題でも韓国の裁判所から日本企業が国際法に違反する形で命令された賠償金を韓国の財団が肩代わりする枠組みが機能するなど、日韓関係が大幅な改善が演説の文言にも反映された形だ。二国間の懸案をあえて取り上げて火を付ける必要はないと判断したとみられる。 

かつて、安倍政権下で日韓関係が最悪となった時期には、演説でそもそも韓国について触れないという異例の措置がとられたことからすると、関係改善は鮮明で、今後、岸田首相が言及した「幅広い連携の拡大・進化」がどのように進展するかが注目される。 

中国とも首脳会談に言及 東シナ海問題でけん制も

そして演説で、岸田首相が韓国に続いて触れたのが中国だった。ここで2人目の名前が登場した。 

「中国に対しては、昨年11月の習近平国家主席との首脳会談をはじめ、あらゆるレベルでの意思疎通を重ねてきています。これからも『戦略的互恵関係』を包括的に推進するとともに、東シナ海や南シナ海における、力による一方的な現状変更の試みに対するものを含め、我が国として主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求めつつ、諸懸案を含め対話を行い、共通の諸課題については協力する、『建設的かつ安定的な関係』を日中双方の努力で構築していきます」 

このように習近平国家主席の名前を出したうえで、習氏との会談で合意した「戦略的互恵関係」 や「建設的かつ安定的な関係」の構築に触れた。
そのうえで尖閣諸島問題を念頭に、東シナ海での現状変更の試みに触れるなど、けん制する要素も交え、是々非々の対中関係を表す内容となった。
なお、原発の処理水放出に伴う中国による日本産水産物の輸入禁止については、福島復興についてのパートで別途盛り込まれ、「輸入停止に対し即時撤廃を求める」と述べている。 

なお、中国に関して、1年前の施政方針演説では、岸田首相は次のように語っている。 

「中国に対しては、東シナ海や南シナ海における力による一方的な現状変更の試みを含め、主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求めてまいります。そして、本年が日中平和友好条約45周年であることも念頭に置きつつ、諸懸案を含め、首脳間をはじめとする対話をしっかりと重ね、共通の課題については協力する、「建設的かつ安定的な関係」を日中双方の努力で構築していきます」 

1年前と大きくは変わっていないが、冒頭に入れ込んだ習主席との首脳会談をきっかけに、戦略的互恵関係を前向きに進めようという意欲をそっとにじませる内容となった。 

ロシアについては、制裁の一方で領土問題解決の意欲も言及

そして岸田首相の演説は、中国に続いて、ロシア・ウクライナ両国について触れ、「対露制裁、対ウクライナ支援は、これを今後とも強力に推し進めます。2月には東京で、日・ウクライナ経済復興推進会議を開催する予定です。日露関係は厳しい状況にありますが、我が国としては、領土問題を解決し、平和条約を締結するとの方針を堅持します」と述べた。ここではプーチン大統領・ゼレンスキー大統領の名前は出なかった。 

金総書記との日朝首脳会談に意欲

続いて拉致問題と北朝鮮情勢について触れ、ここで3人目の首脳、金正恩総書記の名が登場する。 

「拉致被害者御家族が高齢となる中で、時間的制約のある拉致問題はひとときもゆるがせにできない人道問題であり、政権の最重要課題です。また、北朝鮮による核・ミサイル開発は断じて容認できません。すべての拉致被害者の1日も早いご帰国を実現し、日朝関係を新たなステージに引き上げるため、また、日朝平壌宣言に基づき、北朝鮮との諸問題を解決するためにも、金正恩委員長との首脳会談を実現すべく、私直轄のハイレベルでの協議を進めてまいります」 

このように、金正恩総書記との日朝首脳会談の実現に決意を示した。
これも1年前の施政方針演説と比べると、表現が変わっていることがわかる。以下が1年前の北朝鮮に関するくだりだ。 

「北朝鮮による前例のない頻度と態様での弾道ミサイル発射は、断じて容認できません。日朝平壌宣言に基づき、拉致・核・ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化の実現を目指します。中でも、最重要課題である拉致問題は深刻な人道問題であり、その解決は、一刻の猶予も許されません。すべての拉致被害者の1日も早い帰国を実現すべく、あらゆるチャンスを逃すことなく、全力で果断に取り組みます。私自身、条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合う決意です」 

比較すると、今年の演説では、拉致問題を北朝鮮情勢について語る前提の位置に置き、解決への取り組みが何より最優先であることを強調したことがわかる。そして、今年は「首脳会談」という言葉を用い、金正恩総書記との会談への強い意欲がよりにじむ形となった。 

その後、演説は、G7やG20などの多国間で「人間の尊厳」を中心に据えた外交を推進することや、核兵器のない世界に向けた取り組みの強化などの岸田外交と、防衛力の抜本的強化に話を移していく形となった。 

バイデン大統領の名は登場せず

そして日本の同盟国であり、最重要の国であるアメリカについては、紹介の順が前後するが、 日韓関係よりも前、二国間関係の冒頭に、同盟国、同志国との連携というくだりで登場する。

岸田首相は「4月前半に予定している国賓待遇での訪米などの機会を通じ、我が国の外交の基軸である日米関係をさらに拡大・深化させます。日米同盟をいっそう強化して我が国の安全保障を万全なものとし、地域の平和と安定に貢献します。またさまざまなチャネルを通じ、サプライチェーン強靱(きょうじん)化や半導体に関する協力など、経済安全保障分野における日米間の連携を強化します」と訴えた。 

ただ、ここではバイデン大統領の名前は出てこなかった。
1年前もバイデン大統領の名前は登場しなかったが、G7サミットで広島に招き、キャンプデービッドも訪れて会談しただけに、名前が出てもおかしくはない。

岸田首相はバイデン大統領との関係は極めて重視している。ただ、今年が大統領選挙の年で、現時点でトランプ氏の返り咲きの可能性が高いと報じられる中、名前を出そうという話にならなかったか、躊躇(ちゅうちょ)した可能性もなくはない。 

岸田首相は“得意”の外交で政権浮揚なるか

このように、さまざまな決意と思惑を言葉にしのばせて外交ビジョンを語った岸田首相だが、内政では、政治とカネの問題での信頼回復や、経済をはじめ、大きな難題に直面していて、秋の自民党総裁選での再選を予想する声は少ない。それだけに、自信を持っているという外交で成果を上げて政権を浮揚させたいところだが、訪米などでこつこつと成果を積み重ねるのに加え、中国の水産物禁輸の解除や拉致問題の進展などの大きな成果を挙げられるかが、政権の命運を左右することになりそうだ。 
【執筆:フジテレビ政治部デスク 高田圭太】 

髙田圭太
髙田圭太

フジテレビ報道局  政治部デスク 元「イット!」プロデューサー