2023年に量子コンピューター元年を迎えた日本。2040年には数十兆円の市場価値になると予測され量子コンピューターを制する者は世界を制す、とも言われる中、日本の開発者は、今後の成長には「人材育成が欠かせない」と語った。
先行するアメリカ・中国
取材に応じてくれたのは、日本の量子コンピューター開発の第一人者・大阪大学・根来誠准教授。根来准教授の研究室は、理化学研究所の量子コンピューター研究センターと共同で 量子コンピューターに搭載されている制御装置を開発した。
この記事の画像(7枚)Google、IBM、マイクロソフトが量子コンピューターの競争開発の先頭を走るアメリカは、2018年に国家量子イニシアチブ法を制定し、5年間で13億ドルの投資を決定した。
アメリカにとっての現在のライバルは中国だ。日本は2023年3月に理化学研究所で初めて国産量子コンピューター初号機が稼働、10月に富士通が2号機を、12月に大阪大学で3号機が稼働した。2023年は、日本にとって量子コンピューター元年と呼ばれる年となった。
2024年以降、アメリカや中国との開発競争はさらに激化すると予測され、根来准教授は、「日本にはまだ人材が少なすぎる。来年は人材育成がカギとなる」と世界の中で日本が勝ち抜くためには人材育成が必要だと語った。
根来准教授のチームは12月から、量子コンピューターを外部からも活用可能にするクラウドサービスを始めた。これも、人材育成に寄与するとの考えから実施に踏み切ったという。
量子コンピューターって何?
量子コンピューターとは、2022年ノーベル物理学賞を受賞した3人の研究者が発見した量子もつれと呼ばれる量子独自の性質が活用されたもので、従来のコンピューターで使用される半導体の代わりに、超電導で制御された量子ビットを用いている。そして、力学や電磁気学といった、いわゆる古典物理学の計算方式を使わずに、量子力学という新しい計算方式を使うことで、桁違いの計算能力を実現させた。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授ジョン・マルチネスらのチームは、2019年に、スーパーコンピューターでも1万年かかる複雑な計算を、量子コンピューターを使って3分20秒で解いたと発表した。
根来准教授:
従来のコンピューターは、電気信号を使って、0と1の2つの数字を組み合わせて様々な計算や出力を行っています。量子コンピューターは重ね合わせができるため、0も1も同時に表現することができます。
従来のコンピューターだと複数の計算を一度に処理することはできませんが、量子コンピューターの場合は重ね合わせをすることで、一度に何通りもの計算を同時に処理することができます。
例えば1,2,3,4,5,6,7という数字について、それぞれが15を割り切れるかどうかについて、従来は1つ1つの数字で計算していたが、量子コンピューターは同時に計算することができる。これが超高速化を可能にしたのです。
量子コンピューターの心臓部にあたる量子ビットの数が多ければ多いほど計算能力が高まる。2量子ビットあれば4パターン、10量子ビットあれば1024パターン、300量子ビットあれば10の90乗。一度に計算できる数は、全宇宙の原子の数よりも多い数字となる。
量子コンピューターに期待されていること
量子コンピューターは、材料開発の分野では、新触媒・室温超伝導・新機能材料の探索に活用できる。数理・データ科学の分野では人工知能・データ検索・金融リスク分析に、医療分野では医薬品開発・ヘルスケアに、軍事関連・安全保障関連では暗号解析・暗号通信などでの活用が想定されている。
将来的には、宇宙の謎 ブラックホールの研究や、生命の誕生の謎、といった量子生命科学への応用も期待されている。
量子力学の世界を映画で見ることができる
なかなか難しい量子力学の世界だが、理解を進めるために手軽な方法がある。映画だ。
映画「HELLO WORLD」は、量子コンピューターが存在する近未来世界を描いたSFアニメ。人が量子コンピューターを使って、時をさかのぼって過去の自分と会話したり、その逆もできる、という時空を超越可能な世界観が描かれている。
映画「インターステラー」は、量子力学の世界で議論されている、パラレルワールドの存在が物語のベースとなっている。
量子力学の世界では、量子が2つにちぎれて分かれたとき、片方に変化があれば、もう片方も瞬時に同じ変化を表す。その2つが地球と太陽ほど距離が離れていても、変化は起きる。古典物理学の法則を完全に無視している。量子テレポーテーションと呼ばれ、時空を超越する可能性が量子の性質には含まれている。
現時点では、SF映画だが、もしかすると近未来には、現実の世界になるかもしれない。
量子コンピューターの課題
量子は、気むずかしく、繊細、ノイズに弱く、熱による揺らぎの少ない環境でしかコントロールできない。そのため、量子コンピューターの中枢である量子ビットの量産が難しく、開発の壁となっている。
そして、もう1つがエラー訂正問題だ。エラーの発生頻度を減らしながら、エラーを訂正するアルゴリズムを考案することが、今後の課題となっている。
根来准教授は「2040年ごろには、十分な性能のエラー耐性のある量子コンピューターが生産される見通しだ」と話していた。
量子コンピューターを扱うスタートアップ企業には多額の資金が投入されている。多いところでは800億円が投資され、数十億が集まっている企業も10社以上ある。量子コンピューター分野への市場の期待感がうかがえる。
【執筆:フジテレビ国際取材部デスク 大塚隆広】