就職や転職、キャリアの転換などを考えるとき、「やりたいことを探す」人は多いだろう。
しかし、その悩みを誰かに相談しても、納得する答えだったり、新たな視点が生まれたりする機会は少ない。
インターネット創成期に掲示板「ミルクカフェ」や「したらば掲示板」を立ち上げた実業家・古川健介氏こと、けんすうさん(アル株式会社代表取締役)。
ネットを通じて20年以上人々の悩みに答え続け、今では毎週100件超の現代人に悩みを回答し続けているけんすうさんに寄せられる悩みの傾向とその変遷を聞いた。
(取材・文:遠山怜)
寄せられる悩みの10年の変化
ーーこれだけ質問を寄せられるようになったのは、なぜだと分析されていますか?けんすうさんに何を求めているのでしょう。
おそらく、質問する人は、周囲にいわゆる「リベラル」なタイプの人がいなくて、それに対して何らかの偏りは感じている、という人が多い印象です。
昔からの考えを大切にする上司や家族、友人に囲まれている相談者の方が多い気がしており、その場合、相談をしても昔ながらのアドバイスになってしまい、実態とあっていないという感覚になってしまう。
終身雇用や正社員至上主義だったり、20代後半には結婚して子どもを持って…という価値観が今でもある環境にいる。なので、周りに相談しても、想定した答え以外は返ってこないし、場合によっては甘えだと一蹴されてしまう。
かといって、自分もその価値観に染まっている部分があって自分で答えを出せない。だから、別の視点が欲しくて僕に質問するのでしょう。
ーーどんな悩みが寄せられるのでしょうか。
おおよそですが、キャリアの悩みが4割、人間関係が3割、あとは知識を問う質問です。例えば「〇〇について調べたいけど、答えに辿り着けない」などです。
キャリアに関する悩みは、この10年ほどで傾向が変わってきたと感じます。「やりたいことが見つからない」「この状況ではどちらを選択するべきか」という悩みです。
例えばこのような悩みです。
20代Aさんの悩み:
今、自分は四年制大学で学んでいます。親からは地方公務員は固いので、公務員試験の受験を勧められていますが、どうにも違うような気がします。
周りにはとりあえず大企業に入っておけと言われます。でも、海外に行ったり早くからインターンに行って起業を目指している人もいて…やりたいことを探したいのですが、どれもこれという感じがしません。どうしたら見つかるものでしょうか?
40代Bさんの悩み:
新卒でメーカーの営業として入社しました。仕事はまあまあ不満はないのですが、20年目になり、周りはとっくに転職したり起業したりしています。
自分も何かしないといけないといけないのではと転職サイトを眺めていますが、40代では選択肢があまりありません。実は先輩が入社したベンチャー企業からも誘いを受けているのですが、この年で転職すべきか迷っています。
感覚的には2012年頃までこうした質問はあまりみられなかったのでは?と思います。少なくとも20年前の時点ではほとんど聞かれなかった質問です。
ーー2012年あたりに何が起こったのでしょうか?
このぐらいの時期にYouTubeが浸透してきたことが大きいのではないでしょうか。
このあたりから、人気度をチャンネル登録数やフォロワーという数字で可視化できるようになりました。
そこで成功している人は趣味とか夢中なものを追いかけて、それで人気になって、人気を利用して広告収入を得ています。その稼ぎ方が登場したことで、仮にインフルエンサーにならずとも、やりたいことや夢を追いかけるのが理想の生き方だと人々の意識が変わってきたように感じます。
さらに、起業家など成功者の体験談もSNSでより可視化されるようになって、「物語に一貫性があること」の効果にみんなが気づいてしまった。
「物語に一貫性があること」とは、いろんなことに手を出して試行錯誤して成功するよりも、子どもの頃からずっと一つのことに打ち込んできてそれで成功することを意味しています。一貫していれば、評価するのは簡単ですよね。ブレないし、自分の好きなもの変わらないのは好感が持てる。
一方、自分の道を探そうとして試行錯誤したり寄り道したりすると、周りから「それは間違っている」と指摘されることもありうる。それを恐れている気がします。だからこそ、若いうちに自分らしさを見つけて、それに向けて邁進したいと思ってしまう。
「やりたいこと探し」をしない生き方を提唱
ーー間違いを指摘されたくない感覚はよくわかります。
自分はいつも正しい側にいたい。勝ち馬に乗りたい。失敗したくないしコスパの悪いことはしたくない。コスパ重視だからこそ、無駄な道のりはショートカットしたいのだと思います。
ですが、その反面お金や成功に対する欲求は以前より控えめになってきていて、平均年収程度の収入があれば良い、というスタンスの方も多い気がします。
ーーそうなると選択肢がなかなか絞りにくくなってしまいますね。選択肢は無限にあるけれど、失敗は許されない。コスパの良い生き方がかっこよく見えてしまう。
そうなんです。だからこそ、僕は「やりたいこと探し」をしない生き方を提唱しています。やりたいことよりもなりたい自分の状態や価値観から目指す方向性を考え、自分を客観的に捉えることで、適切な選択ができるようにしています。
今年、やりたいことがなくて悩んでいる人のために、別の人生設計のやり方をマニュアルっぽく書いた『物語思考』(幻冬舎)を出しました。
やりたいことがあって、それをやっていれば生きていける、みたいな人は10%もいないと思うので、それを目指すよりも、「なりたい状態から逆算するといいよね」といったことが書いてあります。
みんな、自分のことになると冷静さを失うので、客観視するトレーニングを用意しています。
例えば、「過去からの積み重ねで物事を考えない」こと。過去がこうだったから、今はこうしよう、みたいに過去の出来事を理由にして、今の行動を決めるのは合理的ではないなと思っています。
というのも、過去の出来事は今の行動に影響を与えないからです。むしろ、影響を与えるのは「未来どうなりたいか」の方ですよね。基本的に、今の行動に影響を与えるのは未来の方が大きいと考えた方が、行動の幅は広がる。
また、頭の枷を外すというのも重要です。例えば、正社員で年収が400万の人なら、600万ぐらい稼げる仕事につくことを狙いがちですが、給与として600万が得られる仕事につくのは資格を取ったり、別の会社で経験を積んだり、意外とハードモードになりがちです。
むしろ副業や起業などをして年収1000万を目指す方がたやすかったりするケースもあります。しかし、年収600万円が現実的だからそこを目指す、としてしまうと選択肢が減ってしまうんですね。
楽しい=やりたいこと、でもない
ーーなるほど!年齢によって考え方はどう変えればいいでしょうか。
20代のケースでは先ほどのAのような質問が多いですね。選択肢は多いが、知識や経験がないので、判断がつかないという感じです。
20代などでまだ経験がない場合は、どうせわからないので「たくさんいろいろなことを経験しよう」と、行動の幅と量に集中したほうがいいんじゃないかと思っています。
しかし、この時気をつけてほしいのが、「やりたいことを見つけようとするが、やりたいことを、体験として楽しいことと混合してしまう」ことです。
ご飯を食べるのが楽しいから、じゃあ料理評論家になろうというのはちょっと違いますよね。料理評論家になると、いろいろな料理を食べてきちんと言語化しないといけないので、辛いことや大変なこともあります。料理評論家としての体験は、基本的には楽しいことだけではないわけです。
それを「楽しくないからやりたいことではないんだな」と勘違いすることはよくあります。体験の楽しさや、快楽などと、やりたいことをごっちゃにしてしまって混乱しないようにするのは大事ですね。
もう一つの40代の人の質問の場合、時間的な制約があるのは意識した方がいいと思います。ここから「とりあえずたくさん経験しておこう」とすると時間が足りなくなってしまうので、「未来どうしたいか、から今の行動をシビアに逆算して、無駄なく動く」というのが重要です。
でも、どの年代でも食いっぱぐれないスキルを求める人は多いですね。不安だからこのような考えになると思うんですが、これは追い求めてもどうにもならないんで、「食いっぱぐれないスキルを身につけて安心しよう」というのは一切忘れた方が幸せな気がします。
「やりたいこと」と「やりがい」を求めるのは当たり前?
ーー「やりたいことをやる」ことを多くの人が目指す一方で、Z世代はまた異なる価値観、「社会に貢献できるか」を意識している気がします。
それはありますね。「いい大学に入っていい会社に入る」ことも「やりたいことをやる」ことも古いと感じている世代はすでにいます。地球環境や気候変動、貧富の差といったデータが数多く公表されている中、やりたいことなんて探している場合じゃない。
探さなくても「やりたいこと」より「やるべきこと」はたくさんある。そういう価値観を持つ人は増えてくるでしょう。
実は「やりたいことをやっている」人は、歴史上ほとんどいないと思います。今がかなり特殊な環境であることは間違いありません。これまではみんなずっと生活のために働いていました。
今、当たり前に思っている「やりたいこと探し」は70年代のアメリカの自己啓発書ブームに端を発しているものなので、いずれ変わると思います。
以前は価値観のパラダイムシフトは100年ぐらいのスパンで行われていましたが、今は数年ぐらいで起きているせいで、人生設計が非常にしづらいのです。「この価値観で生きていけば安心」という価値観を探すことは困難です。
ーー「やりたいこと探し」に限界と終わりがあり、大企業・正社員至上主義にも戻れない。私たちはどうしたらいいのでしょうか。
一つには、歴史の流れという目線で学ぶのは有効だと思っています。当たり前だと思っていることはたかだか100年前ぐらいに出来た価値観から発したものだったりします。
日本の場合は「フランス革命以降の人権意識」「資本主義」の価値観が人々の生活を支えてきましたが、これらはヨーロッパ諸国から輸入されたものです。
今やそのアメリカやヨーロッパの限界が見え、民主的国家のあり方が揺らいでいる今、この価値観が続くとも思えません。歴史や海外のニュースなど少し情報源を変えるだけで、常識が揺らぐはずです。そうした自分の中の普通が揺らぐような経験を多くした方がいいと思っています。
要は「自分を客観視したり、自分の頭にある枷を外したり、未来から逆算したりなど、いろいろな角度から考えることで、選択肢を増やすのが重要」ということです。これが『物語思考』で書いてあることです。
現代人は、とにかく自分を大切に考えてしまう傾向にあるので、大事すぎて力が入りすぎている、というのはありそうです。歴史をみてみれば、こんなに頑張らなくてもみんなそこそこ立派に生きていたんですよね。
なので、あまり自分を大事にしすぎずに、自分を遠くから見つめることで、変動し続けるこの大波の中で、泳ぎ続けられるのではないかと思いますね。