「小さい頃、近所に月3千円くらいで勉強を教えてくれるおばあちゃんがおって、それがなんだかよかったんですよ」
お笑い芸人・笑い飯の哲夫さんは、自身の経験から、週3回月1万5000円(大阪市は塾代補助が月に1万円出る)の補習塾「寺子屋こやや」を、大阪で10年ほど前から経営している。
根底には、家庭環境が理由で「進学は無理」だと諦めてほしくないとの思いがあるという。
子どもを持つ親に、独自の視点から「がんばらないでいい」ことを伝える著書『がんばらない教育』(扶桑社)から一部抜粋・再編集して紹介していく。
今回のテーマは「子どもと言葉」。
経験から学んだ「話し言葉は大事」
やはり中学生のころは、父親から「誰に向かって口利いとんのや」と、丸めた新聞で頭を叩かれることがよくありました。
ヤンキーにも、「誰に向かって口利いとんのや」と凄まれたりしましたから、その当時から、話し言葉は大事なものだなという感覚を養えたと思います。
高校生になると、同級生から「お前の喋り方って、めちゃめちゃ関西弁やな」と言われ、「いや、お前も関西人やから関西弁やんけ」と反論しましたが、今となっては、自分の話し言葉は、かなり地元の古くさい喋り方なんだろうなと認識しています。
おそらく地元の高齢の方々と話す機会が多かったことが原因だと推測しています。
祖父は「ワレまだ寝とんのか」など、基本的に二人称は「ワレ」を使う人でした。ついついそんな用語を吸収してしまっていたのですが、父親やヤンキーのおかげで、目上の人に「ワレ」は使ってはいけないのだと学習できました。
時代がどうであれ、話し相手に相応しい用語というものがあるんですよね。そんな対人の文化を美しいと思っていますので、それは途絶えさせることなく子どもに伝えていきたいと思っています。
一人称や二人称の中には自然淘汰されていくものもありますね。「ワテ」や「キサマ」などはそうではないでしょうか。
そこで前出の、使う人を選ばなければならない「ワレ」ですが、個人的に、この一人称にも二人称にもなる「ワレ」は淘汰させずに後世に残したい言葉の一つでもあります。
殊に、お笑いの舞台においてはすこぶる有効な単語だと自認しています。
「ワーレー」
方言も地元を愛する気持ちも大切
要するに、代々受け継がれてきた言葉を大事にする感性こそ、子どもに養っていきたいと思っています。
方言をきれいに使う子どもって、かわいくないですか。かわいいですよね。地元を愛する気持ちって、大切だと思いませんか。思いますよね。人間全員が地元を愛しすぎて地元を離れなかったら、過疎も過密もなかったわけです。

各々が各々の文化を形成し、長年にわたって至るところで各々の文化を継承してくださったんですよね。そんな大切なものを安直に滅ぼしたくないと思いませんか。思いますよね。
だから、地域によって発達したであろう言葉も大切にしたいと考えていますし、子どもに伝えていこうと企んでいます。
子どもに一番なってほしくない喋り方
さて、喋り方には賢い喋り方とあほみたいな喋り方があります。そして賢い喋り方には、好感の持てる喋り方と憎たらしい喋り方があるように思います。子どもに一番なってほしくないのは、賢いのに憎たらしい喋り方です。
もし息子が、「お父さん、先日お尋ねした水上置換についてですが、水上置換に関するお父さんの解説には、3点ほど誤りがありましたよ」みたいなことを言ってきたとしたら、絶対に泣かすと思います。
「ワレ、今度そんな喋り方したら、いてまうぞ」と叱ります。そんな事態になるくらいなら、あほみたいな喋り方になってくれることを望みます。「なあなあお父さん、便所にうんこみたいなやつ付いててんけど、あれお父さんのやつちゃうの」と言ってきたら、頭を撫でてあげるでしょう。
そして、「トイレって言うこともできるのに、ちゃんと日本語の便所って言うてるとこが心憎いねえ」と称えます。ということで、偉くない人のほうが偉そうに喋る、偉い人のほうが偉そうに喋らない、という世界の真理を、若いうちに教えることが重要だと思います。
そのためにも、子どもたちには稲作を手伝わせるべきだと考えています。なぜなら、だんだん実るほどに垂れてくる穂を見ていると、最高の真理を授けることができるからです。
子どもは身近な大人の口調を真似る
「ただいま」と言って玄関を開けると、少し前のうちの娘や息子は、「ただいま」と言って出迎えてくれました。子どもながらに、同じ言葉を繰り返すことで言葉を覚えようとしていたのでしょう。
そんな度に、「ただいま違うで。おかえりやで」と必ず案内を施しました。今となっては「おかえり」と迎えてくれるので、手間が省けたと思っています。

つまり、子どもの言葉遣いを大人の理想に導くためには、やはり反復が一番いい方法だと思うんです。何度も何度も、間違った言葉や話し方を訂正してあげることが、国や地域を繫いでいってくれる若い世代にやらなければならない作業だと考えています。
そして結局は、子どもは身近な大人の口調を真似して使います。だから親は、子どもにこういう口調になってほしいと期待する喋り方を、子どもにぶつけるべきだと考えています。絶対に死ねと言いませんし、エモいとも言いません。
かっこええなあと言ってますし、綺麗やなあと言っていますし、めっちゃ美味しいなあと言っています。ごめんなあ、ありがとうなあ、と言っています。
流行っている言葉のおもしろくないなあと思うやつは使いませんし、その言葉が流行らなくなってから一年ほど経ったころに使って、ツッコみの練習をしてもらいます。
「古う」
ということで、ワレの子どもたちは、かっこええなあ、きれいやなあ、めっちゃ美味しいなあ、ありがとう、ごめんなさいと言ってくれますが、そんなことよりお父さんの真似をして、うんちの話ばかりします。

笑い飯・哲夫
1974年、奈良県生まれ。関西学院大学文学部哲学科卒業。2000年に西田幸治と漫才コンビ・笑い飯を結成し、2010年にはM-1グランプリで優勝。賞レースで結果を残す一方『えてこでも分かる笑い飯・哲夫訳 般若心経』(ヨシモトブックス)など著書多数