私は現在、第一子を妊娠中。出産を間近に控えるこの時期は、とにかく何もかもが未知で、不安でいっぱいだ。そんな中で「母乳バンク」の存在を初めて知った。 

母乳バンクとは、主に超早産・極低出生体重児など、1500g以下で生まれてきた赤ちゃんに対して何らかの理由で母乳を与えられない場合に、他の母親から提供される母乳(ドナーミルク)を、殺菌処理などの管理をした上で無償で提供する組織だ。つまり、“善意の母乳”で成り立っている。

日本母乳バンク協会の「日本橋 母乳バンク」(東京・中央区)
日本母乳バンク協会の「日本橋 母乳バンク」(東京・中央区)
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もしかしたら自分が頼ることになるかもしれないし、逆に母乳の「ドナー」として一助になれることがあるかもしれない。そんな想いで、“ジブンゴト”の目線で母乳バンクを取材した。

日本国内で殺菌処理などが可能な“拠点”は都内に2カ所のみ

日本で「寄付された母乳を殺菌処理・管理できる」機能を持つ母乳バンクの拠点は「日本母乳バンク協会」と「日本財団 母乳バンク」の2カ所のみだ(拠点は共に東京・中央区)。
(編集部注:2023年6月にオープンした愛知・豊明市の藤田医科大学病院は「ストック拠点」)

ヨーロッパで母乳バンクは100年も前から存在し、「欧州母乳バンク協会」に加盟する31カ国では現在、あわせて約300カ所の母乳バンクが稼動し新たなバンクの開設も進んでいる中、日本の拠点数の少なさは際立っているように思える。日本で「母乳バンク」が馴染みがないのも納得だ。

著者と「日本母乳バンク協会」水野代表理事
著者と「日本母乳バンク協会」水野代表理事

そもそも「ミルク」という選択肢もある中で「母乳である必要性」や「他人の母乳の安全性」など、気になる点もある。これらを「日本母乳バンク協会」代表理事で小児科医でもある、水野克己氏に伺った。 

母乳の成分は“オーダーメイド” のように変化する

水野氏によると、母乳には、粉ミルクに比べて何十倍もの様々な成分が入っていて、母乳の中にある白血球やリンパ球は病原体を食べてくれるという。

  しかも(インフルエンザウイルスなどの)菌が入ってきたら、それに対する抗体を作るリンパ球がつくられるなど、状況に応じて 成分が“変化する力” があるそうだ。   

「とにかく赤ちゃんを守ろう!」と、その時に必要な成分をまるで”オーダーメイド”のように母乳を作れる人間の乳腺は凄い。

また、母乳には未熟な赤ちゃんの腸を成熟させる力があり、母乳で育てたほうが壊死性腸炎(腸が腐ってしまう病気)に罹りにくいとされている。 

「もらい乳」中止後に壊死性腸炎が増加したという報告も

 かつて、母親が我が子に母乳を与えられない場合、他の母親の母乳を「もらい乳」として使った時代があった。

こうした「もらい乳」について、2016年にNICU(新生児集中治療室)関連の学会で、ある病院が「壊死性腸炎が増加し始めた時期と『もらい乳』を中止した時期が重なる」として行った調査の結果が報告された。

それによると、この病院では2007年から2016年の約9年間に、1500g以下で生まれた赤ちゃんは173人にいたが、この中で壊死性腸炎を発症したのは、もらい乳を使用した赤ちゃんでは 1.8%(109人中 2人)だったのに対し、もらい乳を使用しなかった赤ちゃんは 12%(64人中 8人)だったという。
そして後者は、半数の4人が死亡した。

日本母乳バンク協会で管理しているドナーミルク
日本母乳バンク協会で管理しているドナーミルク

この病院では、当時「もらい乳」が衛生管理上好ましくないとされたことを受け、2012年10月からは「もらい乳」をやめて粉ミルクを使っていた。

亡くなった4人の赤ちゃんは「もらい乳」や「ドナーミルク」を利用できる時代に生まれていたら、今ごろ小学生になっていたかもしれない。

水野氏は「母乳じゃないとだめなんだ」と強調する
水野氏は「母乳じゃないとだめなんだ」と強調する

このようなデータからも水野氏は「母乳じゃないとだめなんだ。それをカバーするためにあるのが、殺菌処理など衛生管理をしっかり行っている現在の母乳バンクだ」と話す。WHOでも母乳を第一の選択として薦めている。 

超早産・極低出生体重などにより、日本で母乳を必要としている赤ちゃんは、年間5000人ほどいる。  近年、高齢初産の割合が増加していることなども要因だという。 

「300gの命の未来」と込められた思い

取材中、殺菌処理室の前にあるスタッフの控え室で、1枚の張り紙を見つけた。 

そこには「母乳の先には 300gの命の未来がある」と書いてあった。これを見て、すぐには“300g” の意味が理解できなかった。

思わず「300gの命って、どういうことですか?」と訊くと、「300gで産まれてきた赤ちゃんということですよ」と、そのままの答えが返ってきた。  

「母乳の先には300gの命の未来がある」
「母乳の先には300gの命の未来がある」

医療技術が高い日本では、400g以下で生まれてきても、半数以上はNICUを生存退院する。  
これまでこの母乳バンクを利用した中では、270g台の赤ちゃんの命も助かったという。

「300gの命の未来を守る」 という決意をようやく飲み込んだ私は、涙がこみ上げてきた。取材時、私は妊娠7カ月で、お腹の中の我が子は1000gだった。

まだまだ小さいと思っていた自分のお腹の子よりも、はるかに小さな身体で生まれてくる命があるということに衝撃を受けたのと同時に、その弱々しい命を母乳で救うことができるんだ、という可能性に胸を打たれた。    

クリーンルームでの作業の様子
クリーンルームでの作業の様子

過去のケースでは、母親が妊娠後に末期癌であることが判明し、母体の治療専念のため、24週(約500g)で帝王切開する事例があった。

母親は残念ながら出産7日後に亡くなったが、母乳バンクで処理されたドナーミルクで育った子が、今では元気に2歳になり、お父さんと一緒に強く生きているという。   

母乳バンクは「小さなお子さんと母乳提供者を繋ぐ場所だ」と、水野さんは語ってくれた。     

安心・安全な母乳のための資金が足りない

ただ、安全性が求められる母乳バンクを維持するには、善意だけでは回らない。莫大なお金もかかる。   

まず前提として、誰でもドナーになれるわけではない。
献血の際と同様に血液検査のほか、アルコールやタバコ、薬の服用状況、食生活などもチェックする。臓器移植やプラセンタ注射を受けたことがある人も、ドナーにはなれない。

そして処理を行う部屋に案内してもらうと、手術室よりもさらに清潔度が高いという「クリーンルーム」で作業が行われていた。   

徹底的な管理が行われている
徹底的な管理が行われている

ドナーミルクが届くと、大きく分けて以下のような手順を踏む。
1)異物混入などがないかを確認し、冷凍保存
2)病院からの注文を受けて冷蔵庫でゆっくり解凍
3)フラスコで攪拌(かくはん)した上で一部を細菌培養検査
4)低温殺菌処理
5)もう一度、細菌培養検査

この過程を経て初めて入院中の赤ちゃんにドナーミルクが届く。アメリカなどでは細菌培養検査は低温殺菌処理後に一度行うだけだそうだが、日本では殺菌処理の前後に行っている。  

厳しい菌の水準を設けているため、これだけの処理をしても、“さようなら”になってしまう母乳が、全体の約10~15%もあるそうだ。   

 そして、「低温殺菌処理」には、イギリスから輸入している特別な機械が必要だが、円安・物価高もあって、1台2300万円ほどするという。

現在、「日本母乳バンク協会」が保有しているのは1台のみだが、本来は、万が一のケースに備えてもう1台必要だという。
国からは運用資金などが出ないため寄付を募っているものの、購入には至っていないそうだ。 

高い品質管理が徹底されているからこそ、安心して母乳バンクを頼れるのだと思うが、安全性の維持には莫大なお金がかかるという課題があることも目の当たりにした。   

いざという時に頼りになる“黒子”の存在

「日本母乳バンク協会」は国内で最初に設立された母乳バンクだ。
水野氏は、日本で母乳バンクを夫婦で立ち上げるにあたり、自身のキャリアの中で幾つもの“偶然”が重なったと話す。

そして、小さな命を救い続けるこの活動を使命のように感じている。  

 母乳のドナーは、自分の子育てもあるのに「誰かのために」と、時間を割いてくれている。

  そういう人と、それを必要としている赤ちゃん・家族をつなげる、あくまで自分は ”黒子の役目だ” と、水野氏は穏やかな眼差しで話してくれた。 

 協会には過去の利用者から「元気に育っています。あの時、提供してくださったドナーの方にお礼が言いたい」と手紙が届くそうだ。   

まもなく出産を迎える私が、初めて「母乳バンク」の存在を知り、“ジブンゴト”として考えた時、はじめは「他の人の母乳を、自分の赤ちゃんが飲むのか…」と、正直少し抵抗があった。

しかし取材をしてみると、安全や衛生の管理が徹底されていて、安心して利用できることが分かった。 

妊娠中は、とにかく些細なことでも不安になる。
そうした中でも「いざという時に頼れる、このような存在もある」ことを知り、選択肢に入れておくだけでも、一つ“心のお守り”になるのではないだろうか。

(取材・文:フジテレビアナウンサー 小澤陽子)

小澤陽子
小澤陽子

フジテレビアナウンサー。2015年入社。
FNNの夕方のニュースでは、3年半フィールドキャスターを担当。
経済・事件事故・災害・政治など、最前線の現場を取材。中継なども行ってきました。
現場の温度感や生の声を大切にするようになった原点は、最大の趣味である『旅』。
その他にも「全力!脱力タイムズ」や「BSスーパーKEIBA」など、幅広い分野を担当。
神奈川県横浜市出身、横浜育ち。慶應義塾大学卒業。