ドナルド・トランプ前大統領の「初日だけ独裁者」発言が、自身の選挙運動の足を引っ張るようなことになりそうだ。

“初日だけは独裁者”トランプ氏が公言

前大統領は5日、アイオワ州で行ったFOXニュースが中継放送するタウンホールイベントで、司会のショーン・ハニティー氏と次のようなやりとりをした。

ハニティー氏:
あなたが大統領に再選された場合、権力を乱用したり、法律を破ったり、政治権力を使って人々を追求することはしませんね?
トランプ氏
それは今(民主党の)連中がやっているのと同じことをするかという意味?
ハニティー氏:
どんなことがあろうと、貴方は誰かに報復するために権力を乱用することはないと米国民に約束できますか?
トランプ氏
初日を除けば約束できるね。(大統領就任初日に)国境を閉鎖し、掘って、掘って、掘りまくるのだ。
ハニティー氏:
それは報復ではないですね。
トランプ氏
(聴衆に向かって)この男(ハニティー)はいい奴だ。彼は「貴方は独裁者になんかなりませんよね?」と言うから私は、「ならない、ならない。ただし大統領就任初日だけは別だ」と言ったのだ。国境を閉鎖し、石油を掘って、掘って、掘りまくる。その後で独裁者を止めるのだ。

ハニティー氏は、テレビ界でもトランプ前大統領に好意的なニュース司会者として知られる。この日は「前大統領が再選されれば米国の民主主義は終わる」という民主党側の主張を否定するために、いわば誘導質問をしたわけだが、トランプ前大統領が「初日だけ」とは言いながら独裁者になることを公言したので、このやりとりは逆効果を招いてしまった。

“独裁者発言”が与える影響は…

「トランプ氏は再選された場合何をするか正確に伝えてきた。そして今夜、初日に独裁者になると発言した。米国民は彼を信じるべきだ」

バイデン大統領の選挙対策本部長ジュリー・チャベス・ロドリゲス氏は、その夜のうちにこのような声明を発表した。

アイオワ州で支持者集会を行ったトランプ氏(12月2日)
アイオワ州で支持者集会を行ったトランプ氏(12月2日)
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米国で「独裁者」という言葉は、独立宣言の冒頭に記されている「すべての人は生まれながらにして平等であり……」という理念の対極の考えで、それを大統領になるかもしれない人物が公言した衝撃は、私たちが考えている以上に大きい。

それに「初日だけ」であっても、米国の大統領は国の将来を決するような決定を下すことができるのだ。

事実、トランプ氏が前回大統領に就任した2017年1月20日、正午から始まった大統領就任式が終了して間もなく「オバマケア」と呼ばれてオバマ民主党政権の目玉政策であった医療保険制度改革法の撤回を目指す大統領令に署名している。

今回もメキシコとの国境を閉鎖すれば、民主党政権の優先課題だった移民受け入れを止めることになり、また原油採掘の再開は米国のエネルギー、環境政策を根本から転換させることを意味する。その良し悪しはともかく、それを大統領の独断で実施することには抵抗があることは間違いない。

ニューヨークの裁判所に出廷したトランプ氏。一族企業をめぐる裁判も続く。(12月7日)
ニューヨークの裁判所に出廷したトランプ氏。一族企業をめぐる裁判も続く。(12月7日)

「トランプの独裁者発言は、2024年の大統領選挙運動をバイデンの思う通りの筋書きに持ち込んだ」(政治ニュースサイト「ポリティコ」7日の記事見出し)

これから激化する大統領選の中で、民主党側はトランプ前大統領の「独裁者」発言を有効に使って選挙戦を展開することになるのは間違いないだろう。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。