イスラエル軍がイスラム組織ハマスの殲滅作戦を進める中、戦火のガザに残り、最前線で活躍する日本人医師がいる。国境なき医師団日本の会長を務めている中嶋優子医師だ。

中嶋医師は、11月14日にガザに入り、主に、南部の都市・ハンユニスのナセル病院で活動している。

国境なき医師団日本の会長を務める中嶋優子医師
この記事の画像(10枚)

日々変わりゆく戦況に翻弄されながらも、市民の命を守ろうと奮闘する中嶋医師に話を聞いた。

戦闘再開で医療スタッフは戦々恐々

インタビューをしたのは、12月3日。
この2日前の12月1日には、イスラエルとハマスの7日間にわたる戦闘休止が終了し、戦闘が再開されたばかりだった。

ガザ南部で活動する中嶋優子医師:
病院は、ベッドもない、場所もない、廊下やロビーも患者と避難者であふれかえり、すごく大変な状況です。
戦闘が再開されてからは、新たな空爆の犠牲者がどんどん入ってきます。受傷したばかりで、頭部外傷、開放骨折など、日本ではめったに診ないような症例が波のようにやってきます。空爆の30分後ぐらいに救急車で搬送されてきますが、それが休戦解除直後から来るようになりました。

ガザ南部ハンユニスのナセル病院
ガザ南部ハンユニスのナセル病院

中嶋医師が活動するハンユニスは、これまで市民の避難先となっていたガザ南部に位置するが、戦闘再開後は、イスラエル軍は南部にも夜通し空爆を加え、攻撃を強めている。
中嶋医師は、病院の「雰囲気は非常に変わった」と話す。

ガザ南部で活動する中嶋優子医師:
医療スタッフも、今は戦々恐々というか、心配そうな雰囲気があります。ただでさえ、ギリギリの状態でやってきていたのに、そこでさらに攻撃となると、本当にどうなるか考えたくもないほどです。

現地の医療スタッフは、家族を亡くしたり、家を無くしたりした人が多いという。中には、イスラエル軍がこれまで攻勢を強めてきた北部から避難してきたスタッフも、ボランティアで働いているそうだ。

ガザ南部で活動する中嶋優子医師:
スタッフの心配そうな表情を見ると、心が痛みます。「休まないと体が持たない」と伝えても、彼らは「自分はこのときのために医者になったんだ」と口を揃えて言うのです。みんな、すごい精神力です。

提供:国境なき医師団
提供:国境なき医師団

ーー医療行為を続ける中で、不足を感じるものはありますか?
ガザ南部で活動する中嶋優子医師:

薬で足りないものもあります。ただ、そんな中でも、なんとか創意工夫をしてやっている状況です。支援物資は、休戦中に少し入ってきているのは見ました。
水や電気は、すごくギリギリのところでやっていて、手術中に停電した時は、携帯で照らしながら手術を続行したこともあります。

子どもたちも犠牲に…

このインタビューをした12月3日、ナセル病院によると、163人の負傷者が搬送され、うち25人は子どもだったという。さらに、13人の子どもを含む49人もの死者が確認された。

中嶋医師は、子どもが犠牲になっている現状に心を痛めている。

提供:国境なき医師団
提供:国境なき医師団

ガザ南部で活動する中嶋優子医師:
寝泊まりをしていたところの近所にたくさんの子どもたちがいましたが、みんな明るく人懐っこいんです。そういった、何の罪もない子どもたちが命を失います。
生き残った場合でも、家族を全員亡くしたという子どもも何人か診ています。集中治療が必要だけど、両親が亡くなってしまっているのです。たとえ生き残っても、その後が大変だというのを、すごく身にしみて感じています。

病院では、血まみれになった女の子、ぐったりして抱えられた赤ちゃん、亡くなった家族を横に泣きじゃくる人であふれかえっている。

戦闘の一時休止期間 街に漂う安堵感

戦闘が一時休止されていた7日間は、街や病院の様子はどうだったのか。

ガザ南部で活動する中嶋優子医師:
休戦の時は、みんなホッとしているのが伝わってきました。表情が全く違うんです。これが、普段の生活だったんだろうなという笑顔が見られました。
(避難している人たちは)自分の家が爆撃されたのかどうか、戻って確認しに行っていました。「何か残ってないか、見に行かなきゃ」といったことをほとんどの人が言っていました。
ただ、休戦が解除されると、とにかく身の安全が優先で。病院の近くにテントを張るなどしてみんな避難してきました。

休戦初日は、自宅に帰る人が多く、街中は静かだったそうだ。それでも、病院は変わらず忙しかったという。

ガザ南部で活動する中嶋優子医師:
休戦中は、北部から重傷、重体の患者が搬送されてきました。
また、開放骨折や深い傷、やけどなどを負った人が数週間経ってから、傷口が感染して、それが全身に回って、さらに重症化するという人も、休戦中には診ています。感染との戦い、という感じでした。“オペ室”で、感染したところを取り除いて洗って、ガーゼ交換などをする。全身麻酔をするような症例がすごく多いんです。何回も継続して手術をしなければいけない、根気強い長期的な治療が必要な患者さんもいます。長引く状態だというのを感じています。

病院にハマスの存在は? 

これまでにイスラエル軍は、ガザ北部でハマスが病院を隠れ蓑にしているといった指摘を繰り返してきた。

中嶋医師の活動するナセル病院はガザ南部にあるが、ガザ保健当局が運営していて、その保健当局は、ハマスが運営している。

戦闘員に関する情報を見聞きしたことはないか尋ねたが、そのようなことは無いとのことだった。

ーー病院の地下にハマスの拠点があるといった話や、戦闘員が救急車を移動手段として使っているという話を直接見聞きしたことはありますか?
ガザ南部で活動する中嶋優子医師:

病院に派遣されるとなったということは、安全性は確保されているはずです。
そのようなことは、見たことも聞いたこともないです。

戦場と化しつつあるガザ南部

このインタビューをした12月3日、中嶋医師は居住地を移動したそうだ。というのも、イスラエル軍が南部への攻勢を強めているためだ。中嶋さんは、攻撃が迫ってくるのを感じているという。

ガザ南部で活動する中嶋優子医師:
休戦解除後は、私たちの周りで、攻撃がもっと激しくなっているのを感じます。一時休戦の前よりも、夜間の空爆が近く、頻度も増えています。寝泊まりしている建物も、窓にヒビが入ったり、揺れたりしました。窓から赤い光が見えたり、大きな音がしたりして、本当に近くまで迫ってきているのを、身をもって感じます。病院の外に一歩出たら、すぐそこに黒い煙が見えていて、本当に近いというのを感じています。

中嶋医師は、とにかく停戦が必要だと訴えている。

ガザ南部で活動する中嶋優子医師:
病院や患者は攻撃しないというのは、戦争のルールなのですが、それすらも守られていないというのは、本当に、レベルが違う人道危機だと感じています。
(医療の)スケールが、戦争や空爆と比べると、たかがしれています。自分自身として感じるのは、戦争に比べての無力さというか。一人一人の医療者が頑張っても、スケールが全然違うのです。必要なのは、停戦です。

提供:国境なき医師団
提供:国境なき医師団

このインタビューをした数時間後、イスラエル軍は、地上部隊がガザ南部でも活動を開始したことを発表した。すでに、ナセル病院のあるハンユニスの北部でもハマス殲滅作戦が進められているとの情報もある。

市民はもちろん、最前線で命がけで活動する中嶋医師の無事を祈るばかりだ。
【取材・執筆:FNNパリ支局 森元愛】

森元愛
森元愛

疑問に感じたことはとことん掘り下げる。それで分かったことはみんなに共有したい。現場の空気感をありのまま飾らずに伝えていきます!
大阪生まれ、兵庫育ち。大学で上京するも、地元が好きで関西テレビに入社。情報番組ADを担当し、報道記者に。大阪府警記者クラブ、大阪司法記者クラブ、調査報道担当を経てFNNパリ特派員。