中学生のころに重度障害者となり現在、車いす生活を送る30代の男性が熊本市から大分・別府市に移住した。家族による介護からも完全に離れ、単身新天地で暮らす男性を追った。

重度障害者の池上さんが別府市に移住

池上輝さん(34)は、中学2年生の時に柔道の練習で頚髄(けいずい)を損傷し、肩から下が全く動かない。車いすで生活をしながら、熊本県立菊池高校を卒業した。

柔道の練習で頚髄損傷
柔道の練習で頚髄損傷
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その後、母親とともに熊本学園大学で社会福祉士のための勉強をし、卒業後は熊本市北区でカフェを経営していた。しかし、新型コロナの影響などを受け、2022年12月に店は閉店。

2023年3月から大分・別府市に移り住んでいる。

別府で生活する池上輝さん
別府で生活する池上輝さん

別府市での生活は「生活がこんなに劇的に変わるかというぐらい変わった。自分が思い描いていた以上の生活ができて、めちゃくちゃ楽しい」と池上さんは話す。

「隙間」なく支援受けられる別府市

池上さんが移住を決めた別府市は、人口約11万3,000人で、温泉が至る所にあり、全国でも人気の観光地だ。もともとは保養地として栄えていたことから、医療や福祉関連の施設が多くある。

池上さんの場合、熊本市の福祉サービスには「隙間」があったというが、別府市では24時間継続して受けられることが認められる。「安心して生活ができる」、それが移住を決めた大きな理由だった。

池上輝さん:
介助の間が2時間とか空く。その時に頸髄損傷の後遺症で緊張が入るんです。体に力がグッと入って体が反って車いすから落ちそうになる。自分で起き上がれない。そんな中で2~3時間ヘルパーを待つ生活だった

重度の障害がある人も働ける環境

仕事も見つけ、NPO法人「自立支援センターおおいた」で週5日働いている。

障害がある人が自立した生活ができるように支援したり、訪問介護や観光事業などを行ったりする事業所で、2014年に設立し、スタッフ約60人のうち13人に障害がある。

ヘッドマウスを使って作業
ヘッドマウスを使って作業

就労中もスタッフが付いていて、ヘッドマウスを使いながらパソコン入力などを行う。

池上輝さん:
慣れないところもある。パソコン入力は特に慣れない。ヘッドマウスを新しく入れて、今日から自分で操作している

事業所の運営は、障害があるスタッフを中心に行っている。ほとんどは県外から移住していて、熊本出身の五反田法行さんもその1人だ。

五反田さんは、別府市などが進めている、災害時に障害者などがスムーズに避難できるよう個別計画などを立てる「インクルーシブ防災」の担当で、仕事にやりがいを感じているという。

地元に帰ろうと思うこともあるが、仕事や趣味の車いすツインバスケ、スポーツのことも含めてトータルで考えて「やはり別府の方が住みやすい」と感じたという。

誰もが住みやすいまちづくり

別府市によると、人口に対して障害者が占める割合は7%で、全国平均の5%を上回っている。なぜ障害者の割合が高いのか、その要因の1つに「太陽の家」という社会福祉法人の存在があげられる。

「太陽の家」
「太陽の家」

1965年に地元医師によって創設された施設で、障害がある人とない人が一緒になって働くことができる企業や生活の場が、ひとつの街のように集積している。「太陽の家」と民間6社がそれぞれ共同出資した会社があり、計約600人を雇用している。

他の就労支援施設と合わせると、約1,100人の障害者が働いている。

職場全体がバリアフリー化に
職場全体がバリアフリー化に

オムロンと共同でつくられた会社では、車いすの人でも作業しやすいように製造ラインが通常より低く設置され、職場全体がバリアフリー化されるなど、さまざまな障害がある人が働ける場となっている。

障害者が働き、日常生活を送る。そのことが地域に波及し、誰もが住みやすい街づくりにつながっているという。

別府市政策企画課・佐藤浩司参事:
別府には「APU」という大きな大学もあって、国外から3,000人の留学生がいるし、「太陽の家」という障害者が働く施設があるし、そういうところで障害者も働く場所を得る。“障害者だから保護”ではなく、働く場所があれば社会の一員として成り立つ。そういう街づくりが自然と別府市はインクルーシブな(共存する)街になっている。これが別府市の最大の特徴。だから誰でも気兼ねなく別府市に来られる環境、土壌があるからこそ移住先として選ばれる街になっている

池上さん自らバリアフリー化の調査

この日、訪れたのは竹田市にある温泉旅館。池上さんは大分県の助成事業として、さまざまな観光地のバリアフリー化を調査している。

バリアフリー化を調査する池上さん
バリアフリー化を調査する池上さん

調査項目はスロープや多目的トイレなど50項目以上で、調査結果はバリアフリーマップとして公開される予定だ。マップを見る車いすユーザーが、スペースや段差などがどの程度のものかを写真を見て分かるように池上さんが被写体になる。

「このぐらいの段差だったら1人の介助でいけるな、ここだったら2人必要だな」ということが分かるように伝えるための撮影だ。

「旅行を楽しみたい」という障害者のために調査に励んでいる池上さん。一緒に調査をするNPO法人・自立支援センターおおいたの山崎忍副理事長は、「発信することで、こういった自由がある・好きなことができるんだというお手本になる」とこれからの可能性について話す。

NPO法人・自立支援センターおおいた 山崎忍副理事長
NPO法人・自立支援センターおおいた 山崎忍副理事長

NPO法人・自立支援センターおおいたの山崎忍副理事長:
池上さんも首から下が麻痺していて動かない状態。動かない状態で文字も書けない、食事も1人でできないのに何ができるか。できることっていっぱいある。自分たちが楽しい生活をしているところを発信することで、それこそ施設の中で1日の決められたスケジュールの中で生活しているしている人たちが、こういったところで1人で生活し始めるとこういった自由があるんだと、好きなことができるんだというお手本になるんですよ。すごく大きなことだと思う

生きがいある別府市での生活

熊本にいるときは、病院などの用事以外に福祉サービスを利用するのを遠慮していたという池上さん。

池上さんのSNSより
池上さんのSNSより

人のために働き、生きがいを見つけた池上さんのSNSには、花火を楽しむ動画や、ヘルパーさんからのサプライズ動画など、新しい同僚や仲間とともに新天地・別府市で充実した生活を送っている姿が見られた。

池上輝さん
池上輝さん

池上輝さん:
土、日とかは朝からヘルパーと出かけたりとか観光地を回ったりとかしている。自由に思い立って動けるというのが一番大きい。いろんな人を(観光)案内できるようなって、最終的には障害がある人たちの自立支援やいろんな生活ができるということを見てほしいなと提案していきたい。そういうふうにつながれば

(テレビ熊本)

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テレビ熊本
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