「ネット世論」という言葉、最近よく聞くことがあるだろう。

時には政治や社会を動かすこともある、SNSやネット空間でのまとまった意見や言説、ニュースに対するコメントなどのいわゆる「ネット世論」。

だがその「ネット世論」が世の中の大多数の意見なのかというと、疑問の声もよく聞かれる。

「ネット世論」の正体・本質とは、一体何なのか。

『ソーシャルメディアと〈世論〉形成』(東京電機大学出版局)の著者で学習院大学名誉教授の遠藤薫さんと、ネットメディア論を研究する国際大学グローバル・コミュニェーションセンター准教授の山口真一さんが「ネット世論の正体」について語った。

“ネット世論”とは?

――「ネット世論」という言葉、どのように考えればいいのでしょうか。

遠藤薫さん:

結構危険なワードだなと思っていて、「世論」という言葉が学問的にきちんと定義できていないんですね。

学習院大学名誉教授 遠藤薫さん
学習院大学名誉教授 遠藤薫さん
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さらにそこに「ネット」というカオスな世界に対して、その中のどれを「ネット世論」と言ってしまうのかというのは、なかなか危ういところがあって、下手に使うとそれ自体が世論を操作するような働きをしてしまう。

山口真一さん:
私がよく言っているのが、「ネット世論なんてない」という話です。

ネット上にいろんな意見が出てくるわけですが、そこに見えている意見分布というものが、非常に偏りがあるということが分かっています。

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授 山口真一さん
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授 山口真一さん

とりわけSNSが普及して、誰もが自由に発信できる、“人類総メディア時代”ともいえるような世の中になりました。

ところがその特性というのが、発信したい人がひたすら発信し続けることができるという言論空間になる。その結果何が起こるかというと、極端で強い思いを持っている人ほど、大量に発信していくというような現象が起きている。

同テーマでも「アンケート」「SNS」で逆の結果に

――山口さんが2018年に行った「憲法改正」に賛成か反対かの分布を7段階で表した調査結果。

「アンケートの結果」(青い部分)を集計したグラフの最も多い真ん中の「賛成とも反対ともいえない」が31.2%なのに対し、左端の「非常に賛成である」、右端の「絶対に反対である」は7%程度と低く、グラフは山型になっている。

それに対し「SNSの投稿数」(赤い部分)を集計したグラフの、左端の「非常に賛成である」の28.9%が最も多く、次は右端の「絶対に反対である」が17.2%と谷型に近いグラフとなりました。

同じテーマで意見分布を調査したはずが、ネットのアンケートとSNSで逆の結果が出ました。

「憲法改正」に対する人数とSNSに投稿した回数
「憲法改正」に対する人数とSNSに投稿した回数

山口さん:
「中庸的な意見を持っている人」というのは、結局発信する動機があまりないのです。

黙っていたり、あるいはいざ発信すると逆サイドからものすごく攻撃され、撤退しちゃう。

ところが、「極端な意見の人」というのは、ものすごく発信したい。なおかつ何か反対意見をぶつけられても「お前は間違っている」と言って、おしまいにしてしまったりして、結構強い。

その結果として、意見分布がかなりゆがんでしまうという傾向が見られるかなと言えます。

――自分の意見以外のものは寄せ付けないというものの危険性というのは、なかなか認知されていないですよね。

山口さん:

極端な意見の人が大量に発信していて、その人たち同士で結構ぶつかり合っているので、議論ができていないように見えるというのが、今のインターネット空間かなと思います。

遠藤さん:
どういったメッセージを発したら目立つか、みんなに褒めてもらえるかと言えば、昔から「犬が人をかんでもニュースにならないけれども、人が犬をかめばニュースになる」と言います。つまり、ちょっと普通じゃないことを言った方が目立つわけですよね。

アクセス数が多い人は評価される、アクセス数が多いと広告料が入ってくるなど利益ともつながってしまう。

そのためにますます過激で目立って、逆張り的な意見がネット上で多く見られてしまう。

そうすると今まで自分たちが常識と考えていたことって違うの?と、うろたえたりするわけですが、それはちょっと違う。「危険だぞ」というのを心得ながらネットの意見は見ていただいた方がいいかなと思います。

――ネットで感じたことと、実際起きていることにギャップがあるということも、あると思うのですが。

山口さん:

東京大学の鳥海不二夫先生が2020年の東京都知事選(※現職の小池百合子氏、元日弁連会長・宇都宮健児氏、れいわ新選組代表・山本太郎氏ら22名が立候補した)の時に関連するツイートを収集して分析をしました。

X(旧ツイッター)を見たら2つのクラスターが出てきたのです。

ひとつが非常に大きいクラスター(集団)で90%を占めていて、小池都知事に反対するような意見を述べていた。残りの10%のクラスターは他の候補者などを応援するような投稿があった。

ポイントはX(旧ツイッター)上を分析すると、小池都知事を支持する声はほとんどなかったんです。

ただ結果はみなさんご存じの通り、小池都知事の圧勝、トリプルスコア以上なんですね。

この時にネットの意見ばかり見ていんだと思うのですが、その結果として例えば「マスメディアの世論調査は操作されている」とか、そういった意見までも見えてくるわけです。

何でそんなことになっているのかというと、結局SNS上の投稿意見というものを、「これがみんなの意見なんだ」と勘違いしてしまっていることが、背景にあるかなと思います。

遠藤さん:
一方でトランプ前大統領が当選した時はマスメディアの世論調査が外れてしまって、「なぜだ」という「ネットの方が正しいのか」みたいな現象もありました。ここら辺が非常に難しいところですね。

――利益を得ている人に対する厳しい目みたいなものが、ネットユーザーのターゲットにされがちというところはあるのでしょうか。

遠藤さん:

背景にある“社会の状態”は、ネットで目立つ意見、あるいはネットでの過激な意見に強く反映していると思います。

非常に弱い立場の人を攻撃する、弱い立場の人が弱い立場の人を攻撃するという現象が非常に近年目立ちます。

社会心理学でよく言われているように、自分が弱い立場、つらい思いをしているとむしろ勝っているもの、強い側と自己同一化してしまう。

弱い者に対する優しさや寛容の気持ちがなくなってしまうという現象も影響しているかなと思います。

――声を上げる人たちはこういう意見が多いと思って、その中のひとつとして声を上げているのか。それとも一個人として上げていってその結果、それが多く感じているのか、どちらなのでしょうか。

山口さん:

自分は多数派の中にいるんだって思っているということは、少なからずあると思います。

よく言われるのはネット上では常に選択しながら情報を取得していたり、あるいはつながる人を選んでいたりするわけです。

つまり自分と近い意見の人が好きなわけです。

その結果、選んでいく過程の中で自分の好きな同じような意見を持っている人をフォローしたりということを繰り返している。

ネット上にはいろんな人の意見があって、それを自分が見ていると思っているのにも関わらず、実はすごく閉じた世界で同じような意見ばかり見ているということが結構起こっている。

「エコーチェンバー現象」と言いますが、SNSなどで、自分の興味関心と似かよったユーザー同士がつながり意見を発信すると、自分とよく似た意見ばかりが返ってくる状況になる。

そうした中にいると、「自分はやはり多数派だ」と思ってしまう。なんだったら「社会はこんな意見ばかりなんだから、この意見はおかしい」みたいなことを言ってしまうってことに繋がるとも言える。

遠藤さん:
それが本人の思考によって起きているのだったらまだいいのですが、私と私の知人はほとんど考え方が変わらないんですよ。

なのに、X(旧ツイッター)で見ていると、出てくる内容・情報がすごく違うんです。

非常に小さなズレがどんどん膨らんでいって、似たような嗜好の人のところにやってくる情報でも、どんどんズレていってしまうと、見ている世界がまるっきり違ってしまう、そういう危険もあるんですね。

――“バブルに入っている”といった表現をされる方もいますが、自分がいることすら、気がつかないと思うのですが。

山口さん:

「フィルターバブル」という現象もあって、SNSや検索エンジンのアルゴリズムが、その人が欲しい情報と思われるものを優先的に上の方に上げるわけですよね。

それによってやはり自分の見たいものばかりを見ることになってしまって、視野が狭くなったり意見が極端化する。

マスメディアがネットの流行を取り上げる際の注意点

――マスメディアがネット上の流行や、何かを取り上げる時の注意すべきことは、たくさんあると思います。

遠藤さん:

マスメディアが目立った意見を「最近の若い人はこんなこと言っていますよ」と、それをひとつの「世論」として切り取り上げてしまう。

何か「世論」ってすごく偉そうですよね。

「世論」と言われると「あ、これはもう聞かなくちゃ」と「ネット世論」と言われると「あ、そうですか」みたいに。

今でもマスメディアの方がネットよりも信頼感がずっと高く、そのマスメディアがネットではこう言われていて、最近の動きはこうなんですよ、みたいに言ってしまうと、「マスメディアがお墨付きをくれたんだったら、ネット(の意見)もちゃんと聞かなくちゃ」と。

自分にとっては不思議な意見だなと思っても、もしかしたらこっちが正しくて自分が遅れているのかもしれないと思い込んでしまう、これは大変困りますよね。

山口さん:
ただのノイジーマイノリティーのごく一部の声だったにもかかわらず、マスメディアが報じることによって意見が広まって、社会の分断が広がったり、政策が動かされてしまう可能性もあるわけです。

――「ネット世論は1%に満たない人たちが意見を述べている」というのを聞いたこともあります。

山口さん:

以前、X(旧ツイッター)上の分析をして、炎上1件に対してネガティブな投稿をしている人は、ネットユーザー全体でいうと、0.00025%くらいだった。40万人に1人くらいの人の意見が、そこでは見えているということがわかった。そこに見えているのはごく少数の意見だと言うことは、往々にしてある。

遠藤さん:
少し付け加えれば、例え1億人の中の1人が言ったとしても、もし正しい意見であればマスメディアでも取り上げていただきたい。

その辺りの判定というのはマスメディアの方にぜひお願いしたいわけですが、「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログ(※2016年ブログでの投稿がネットで話題になり既存のマスメディアも取り上げ、国民を巻き込んだ大きなうねりとなった)が書かれて、たくさんの人がそれに加わり、国会に陳述書が出され、保育園に対する政策の改善が成し遂げられた。

発火点になったとしても、それを支えていくのはネットだけじゃない。

マスメディアや政治家や一般市民、そうした人たちが地道にそれを支持していくことによって、良い社会ができていくんだということを、考えていただきたいと思います。

フェイクニュースなど、図的に世論を形成する動き

――今後、例えばアメリカ大統領選もそうですが、フェイクニュースが流れたり、意図的に世論を形成するために潮目を人為的に変える動きもあると思います。

遠藤さん:

アメリカの大統領選の時にあった話ですが、「ピザゲート事件」(※2016年アメリカの大統領選の期間中に広まった陰謀論。ワシントンのピザ店を根城とする人身売買・児童買春組織に民主党最高幹部たちが関わっているとされた)という有名な事件がありました。

ヒラリーさんが児童の人身売買に関わっていて、それがあるピザ屋さんがアジトになっているというようなウワサが流れたのです。

それに対して腹を立てた人が、ライフルを持ってそのピザ屋さんに行ってしまった。

幸いにも殺傷事件は起きませんでしたけれども、もしかすると暴力へとつながってしまうこともあり、大きくなればそれは戦争ですよね。

違和感があったら考える、違和感に対する感度を上げていく、そういうことが重要だと思います。

山口さん:
今、すごく世間で話題の「生成AI」というキーワードですが、偽画像や偽動画を誰もが自由に作れる時代が到来している。

例えば、ある国のある組織は大量のアバターを生産して、その人たちにSNSアカウントを付けて、AIで世論誘導テキストをどんどん生成して、それを投稿させるという「世論誘導」をやっているということが報道された。

なぜやっているのかというと、お金もうけのためなんです。

結局、ある国の政府からお金をもらってその世論運動をやってということをビジネスにしてしまっている。

ビジネスに参入するハードルが今、どんどん下がっているわけです。

今までに比べて少人数でそういう世論操作が簡単にできてしまう時代が既にやってきている。この状況で私たちはどう向き合うかというと、そもそも「ネット上には誤った情報もある」ということを知っておく。「自分もだまされる」ということを知っておく。

情報を拡散したくなった時だけでも、情報検証してください。

そうすればその人は誤った情報のスプレッターにならないと思いますので、気をつけてもらえればと思っております。

(「週刊フジテレビ批評」10月28日放送より/聞き手:渡辺和洋アナウンサー、新美有加アナウンサー)