ロシアのウクライナへの侵攻開始から1年8カ月。一方、中東情勢では、ハマスがイスラエル国籍の人質2人を解放するなどの動きが見られる。BSフジLIVE「プライムニュース」では、中東紛争とウクライナ情勢という「2つの戦争」について、鈴木一人氏・小泉悠氏とともに検証した。

ウクライナへのアメリカの武器供与でクリミアが射程に入るか

長野美郷キャスター:
米シンクタンク・戦争研究所によれば、ロシア軍はドネツク州アウディイウカ付近で攻勢を強めている。一方、ウクライナのポドリャク大統領府顧問は、アウディイウカ方面で過去1週間にロシア兵5000〜6000人が戦死したという試算を示した。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
現状、ウクライナは要衝トクマクまで突破したいが簡単には落とせない。ロシアが周辺に追加部隊を配備している。ロシアはその東方のアウディイウカで激しい攻勢を続け、多くの犠牲を出しながらもウクライナ軍を包囲しようとしていると見える。互いに決定的な戦果を出せていない状況。

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鈴木一人 東京大学公共政策大学院教授:
どちらが優勢とも言えない。問題はウクライナがクリミア半島にどうアプローチしていくか。冬が近づけば、少しでも優位に立つためさらに激化する可能性はある。

反町理キャスター:
アウディイウカはロシア軍制圧地域に対し突出しており、ロシアに多大な損害を与えられると思えないが。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
包囲戦を仕掛けることと、その過程で大損害を出すことは矛盾しない。ロシア軍が相当の兵力を投入し損害を出しているのは明らか。だが、アウディイウカは決定的に重要な場所ではない。重要なのは鉄道の通るトクマクで、獲ればロシア軍の東西の兵站を分断できる。

長野美郷キャスター:
ウクライナ軍はアメリカの地対地ミサイルATACMSを使用し、ルハンスクとベルジャンシクにあるロシア軍の飛行場への攻撃に成功したとしている。ウクライナ軍に今回供与されたATACMSは射程が約165km。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
9月21日発表のアメリカの軍事援助パッケージに含まれていた。問題はこれがどのぐらい続くか。今後もロシア軍後方を叩き続けるなら、米軍が備蓄している非クラスター型の弾も継続的に出していかなければいけない。アメリカは発射機を渡すとき、アメリカのシステムでロシア本部を攻撃できないように、ATACMSを絶対撃てないようにして渡していた。だがそれが解除されているということ。非常に大きな話と思う。現実的には、ウクライナはロシア全土には攻撃しないという念書を非常に早い段階で書いている模様。だがクリミアの飛行場を継続的に叩けるなら、南部戦線に対するロシア空軍の近接航空支援をかなり妨害できる。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院教授:
アメリカは、兵器を渡すことによる戦争のエスカレーション、究極的にはロシアがアメリカに何らかの報復をすることがないようにという計算のもと徐々に試している。またロシア側は、報復の能力自体が限られてきている。

ハマスの目的は勝利ではなく、反イスラエルを世界に広げること

長野美郷キャスター:
イスラエル軍はガザへの地上侵攻の構えを続けており、ネタニヤフ首相はハマスだけでなくヒズボラを合わせた二正面であらゆる準備ができていると強調。現状でイスラエル軍がハマスに地上戦を仕掛ける可能性は。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院教授:
現段階で30万人強の予備役を招集し、準備を進めてきている。民間人の犠牲について、今行っている10倍返しぐらいの報復がイスラエル国民を納得させる方法だという認識がずっとある。まだ仕掛けていないが、地上戦を行わないのではなく行うために時間をかけている段階。地上戦の中で人質救出を行っていくと思う。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
イスラエルの最大の強みは、おそらく空軍力が自由に使えること。だが、人質がいるため空から徹底的な空爆を加えた戦い方は難しく、地上部隊が力ずくで取り返してくるとなると、やはり人質の損害は相当数出ることを織り込まざるを得ないのでは。

長野美郷キャスター:
イスラエル軍は、ガザとの境界付近の前線などで押収されたハマスの武器や携行品を公開。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
これがハマスの標準装備であれば、イスラエル軍と正面から戦って勝てる武器でないことは明らか。都市の中でゲリラ戦をやるしかない。だが、ガザの200万人の住民を完全に避難させてから、ということはできない。ゲリラ戦では兵士が多数の民間人の中に紛れることになる。ガザの方々にとって大変な災厄になると考えられ、回避できるならやるべきでない。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院教授:
ハマスは勝つことではなく、人質を交渉材料にガザ地区の状況について交渉することが狙いだったと思う。またバーレーンとUAEがイスラエルを国家として承認し、サウジアラビアも国交正常化交渉を進めている。ハマスにはパレスチナ問題が置き去りにされる危機感がある。イスラエルの過度な反撃で民間人の死傷者が出れば、イスラエルはひどいと世界中にアピールできるという狙い。

長野美郷キャスター:
一方、アメリカのオースティン国防長官は、中東派遣に備える米軍部隊の増員指示と、空母「ドワイト・D・アイゼンハワー」の行き先の東地中海から中東への変更を表明。大規模な軍事介入を考えているか。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
本当にするならこんなものではない。だが一点、この空母はスエズ運河を通りペルシャ湾に出る。イランへのメッセージだと考えられる。

中東情勢に介入するロシアの「戦略」ならぬ「戦術」とは

長野美郷キャスター:
中東情勢をめぐるロシアの思惑。10月16日にプーチン大統領は、イスラエルのネタニヤフ首相、イランのライシ大統領、シリアのアサド大統領、パレスチナ自治政府のアッバス議長、エジプトのシシ大統領と相次いで電話会談し、「民間人に対するいかなる暴力も容認できない」との見解を示した。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
何言ってやがるんだ、という話。イスラエルが殺したパレスチナ人は数千人で、プーチンの命令で殺されたウクライナ人、命を落とした両軍兵士の数は万単位、合わせて10万を超えている可能性も。非難できる筋合いではないが、さすがにそれがわからないプーチンではない。中東の人々の中に「悪いイスラエルに比べれば、ロシアは真っ当なことを言っている」と響く層がいると期待して言っているのだと思う。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院教授:
自分の存在感や諸国との関係性のアピール。特に今後鍵になるイラン、そしてネタニヤフ首相については特に腹を探りたいという意図があったのでは。

反町理キャスター:
小泉さんによる近年のロシアの中東政策の注目点は「シリア内戦への軍事介入・アサド政権の擁護」「トルコ・イラン・サウジアラビア・ヨルダンなど中東諸国との良好な関係」。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
シリアにはロシア軍がいて、港と飛行場などの権益を持っている。ロシアの中東への介入は戦略というより戦術に近いと言われる。今これをやれば一定の利益が得られる、という考え方。全部の勢力に対していい顔をしておき、特に西側と関係が悪い勢力とは西側より良い関係を持っておく。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院教授:
ロシアは、ハマスとイスラエルとの戦いがイスラム世界にどう見られているか、最終的にはロシア国内のイスラム勢力の刺激になるかを強く意識しており、アッバス議長や中東諸国との関係をアピールしている。

G7で唯一イスラエルに肩入れせず中立を保つ日本。判断の是非は

長野美郷キャスター:
10月8日、G7議長国である日本の岸田総理は、「全ての当事者に最大限の自制を求める」と表明。翌日には日本とカナダを除くG5が、イスラエルの自衛権を支持する声明を発表。日本政府は12日に、ハマスの攻撃について「テロ攻撃を断固として非難する」と初めてテロという言葉を使用した。22日にはカナダを含むG6が、イスラエルの自衛権を改めて支持する声明を発表。日本は中立の立場を示しているが。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院教授:
ネタニヤフ政権は極めて右派的で強硬。自衛権を支持することでの戦争の激化が想定されていた。国連安保理の決議案で、アメリカは自衛権の記述がないことを理由に拒否権を発動しており、自衛権は当然としても、その言葉が政治性を帯びている流れがある。アメリカと同じ立ち位置は得策でないという判断だったのでは。

反町理キャスター:
今年のG7議長国として、岸田総理が大量殺戮を目の前にリーダーシップが取れなかったとしか見えないが。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院教授:
誰かがリーダーシップをとり、一つの方向に向かうことが極めて難しい問題。それで日本が外交的な立場を失うより、別のオプションを用意する方が有益だとも言える。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
今イスラエルがやろうとしていることが、いわゆる自衛権の範囲内に完全に収まるかが怪しい。日本政府がそういう線の引き方をしたなら、私は理解できる。

反町理キャスター:
日米協調を重視するのか、自国の利害を強く押し出すか、というバランス。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
最終的に日本はどこに立つのかという大局観から個々の政策が導き出されるべき。役人にはできないことで、そこに政治の役割があると思う。

(BSフジLIVE「プライムニュース」10月24日放送)