アメリカ・ニューヨークではマスク姿の人が一時期より増えている。変異を続ける新型コロナウイルスに対応する最新のワクチンを打つ人も周囲にチラホラでてきた。
今年のノーベル生理学・医学賞にカタリン・カリコ氏らが新型コロナワクチンの開発に貢献したとして受賞が決まったのも記憶に新しいが、そんな中、免疫学の視点から感染予防の研究を続けているコロンビア大学の辻守哉教授(65)に話を聞きに行った。

辻教授の現在の研究は、新型コロナやインフルエンザなどの感染を「鼻スプレー」で予防することを目指している。
まだネズミやハムスターなどを使った段階だが、免疫細胞の「ナチュラル・キラー・ティー(NKT)細胞」を刺激する糖脂質「7DW8-5」を鼻に投与したところ、新型コロナのほか、インフルエンザやRSウイルスなど、呼吸器疾患を起こす様々なウイルスによる感染を防ぐ効果を確認。7月に科学誌の「ネイチャー・コミュニケーションズ」に発表した。

「例えば、ちょっとこれから飛行機に乗るとか船旅に行くとか、あるいは集会がある場合。またはスポーツ観戦やコンサートなどに行く場合。その1日前や2日前にシュシュッと鼻にスプレーすれば、呼吸器感染が防げるということ」と辻教授はイメージを説明する。
電気も水道もない村でマラリア研究
もともと1990年代からマラリアワクチンの研究開発に携ってきた辻教授は、恩師のすすめでアフリカのマリ共和国で実地研究もしてきた。

電気も水道もない村に寝泊まりをしながら最新の免疫について講義をし、勉強熱心な現地の学生と触れ合ううち、「マラリアをなんとか解決しないといけない」と思ったという。

「僕は研究が大、大、大、大好き」
研究について語る辻教授の目は輝いている。30年経た今も、平日はもちろん土曜日も研究室に通い、日曜日も半分は実験を行っているという。
その原動力について尋ねたところ、アメリカ生活が長いためか先に出たのは英語で、「I LOVE SCIENCE! I LOVE MY RESEARCH! (科学が大好き!自分の研究が大好きなんです!)」と。
身ぶり手ぶりも大きい。

「極端にいうと僕はお酒もそれほど好きじゃない。そんなことよりも、食事よりも、睡眠よりも、映画をみたりするよりも、研究しているのが大好き!」「全然、飽きないですよ!」
また、自身のモットーについては、トーマス・エジソン由来の名言「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」から派生し、「成功は1%のひらめき、9%の運、90%の努力」だという。自分には絶対妥協しないが、運も必要だ。

そんな運と努力が実ってか、最近になって「7DW8-5」を使ったマラリアワクチンの研究にNIH(アメリカ国立衛生研究所)から650万ドル(日本円で約9億7000万円)の研究助成金が出ることが決まった。
研究を例えるなら「100メートルダッシュを100回」
大学時代はアメフトで鍛えていたという辻教授。「研究は知力、頭脳は必要ですけど、一番は体力と精神力」と言い切る。

「研究はマラソンといいますが、僕の場合、毎日100メートルダッシュを100回している感じで、ふらふらになって研究を終えて帰る。ただただ走っているんじゃないんです。100メートルダッシュしないとダメなんです、ずーっと」
表情はむしろそれを楽しんでいるように見える。
妻と二人三脚の研究
そんな研究生活を支えるのは妻の由紀子さん。実は、前述の糖脂質「7DW8-5」の効果をコロナウイルスやインフルエンザウイルス、RSウイルスでも試そうというのは由紀子さんのアイディアだったという。

現在、オランダの会社とタッグを組み、次の段階である臨床試験に向けた開発を続けている。スケジュールが入力されたカレンダーは週末も含め、びっしりと詰まっている。
辻教授の「100メートルダッシュ」の日々が続きそうだ。
(FNNニューヨーク支局 弓削いく子)