ノーベル賞のパロディー版の“裏ノーベル賞”としても知られる「イグ・ノーベル賞」の「栄養学賞」に、明治大学の宮下芳明教授らが選ばれた。受賞対象となったのは、2011年に発表した「電気を流したストローや箸で食べ物の味を変えることで人が体験する味覚を拡張する」という研究のビジョンを掲げた論文。つまり「舌に微弱な電気を流すことで実際とは異なる味を感じさせる」という「電気味覚」の活用を提案したもの。

この論文の中では、微弱な電気を流す箸やフォークなどを試作し、食べ物の味を変化させることを試みている。さらに、二酸化炭素センサーと組み合わせて「空気の味」の違いを感じられるようになるなど、この技術による「将来の展開可能性」についても考察している。

今回、イグ・ノーベル賞を受賞した明治大学総合数理学部の宮下教授に話を聞いた。

ーー受賞についての感想は

明治大学 総合数理学部 宮下芳明教授:
嬉しく思います。賞を目的として研究をしたことはないですが、研究成果を色々な人たちに知ってもらって、その研究を広げたりさらに継続していくことが重要なので。そういった意味では、専門的な分野「外」の人たちも含めて色々な人たちに我々が13年間やってきた研究を知ってもらえることが嬉しいです。

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上述の通り、今回受賞対象となった論文は2011年に発表されたものだ。
宮下教授たちは論文発表後も「電気味覚」を含む「味覚メディア」技術の研究を進めてきた。そしてキリンホールディングスとタッグを組み、減塩食品の塩味を約1.5倍に増強させる効果を持つ独自の電気刺激波形を開発。この技術を用いた「エレキソルト」デバイスであるお椀やスプーンを2022年に発表し、2023年中の国内での発売を目指している。

エレキソルト -椀- と エレキソルト -スプーン-
エレキソルト -椀- と エレキソルト -スプーン-

宮下教授:
多くの人は塩分と塩味は同じだと思っているでしょうが、「エレキソルト」は「塩分は少ないけれど塩味は同じ」というのを実現する機械です。このような「感覚と物理量を別々に制御できる」という例が沢山あると「味覚メディア」とは何なのか分かるだろうと思い、今も山ほど例を作ってる感じですね。

「微弱な電流で味覚を拡張する」という「電気味覚」。「エレキソルト」デバイスはその名の通り、「微弱な電流で塩味を増す」ものだが、宮下教授は、全く違う「味」の研究成果も近く発表する予定だという。

“毒キノコ”だって食べられる 「臭わないニンニク」は10月発表予定

宮下教授:
去年の僕たちが発表したのは「毒キノコを安全に食べる方法」という論文です。別に毒キノコ食べたいからやっているんじゃなくて、「味という感覚と物質を完全に別に制御する」ことの良いデモンストレーションなわけです。「毒キノコの味」を感じている。でも、毒ではないから食べても生きている。
すごくわかりやすい例を作りたくてやっているわけで、別に毒キノコ食いたいおじさんじゃない笑)

そして10月発表するのは「無臭のニンニク」のような感じのものですが、ニンニクの味を味センサーで測って、違う物質も使いながら再現すると、味を再現するだけなので香りは一切なしで作れる。そこにわずかながら香りを与えながら食べると完全にガーリックを食べているような気になるのに、アリシンという物質が胃に届くことはないので、結局あの口臭は原理上発生しないのです。

食べていないのに「食べている」

「毒キノコの味を安全に体験できる」「白ワインの味を赤ワインに変える」「甲殻アレルギーの人でも完全にカニの味を味わえる」・・・まるで夢かのようなこれらの体験を可能にするのが「TTTV3」と呼ばれる機械だ。「TTTV3」は、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、辛味などの味を感じさせる液体を混合噴射して味を再現する。複数の溶液を用いることで風味を近づけ、「10の60乗」通りの味の組み合わせが再現できるという。

TTTV3
TTTV3

例えば、「TTTV3」を使って別の物質で味を再現する。その上でコンピューター制御によりニンニクの香りを発生させるデバイスを装着したフォークを組み合わせると、「ニンニクを使わないペペロンチーノ」、いわば口臭を起こさずにニンニクを味わうことができるのだ。

ニンニクの香りを発生させるデバイスを装着したフォーク
ニンニクの香りを発生させるデバイスを装着したフォーク

こうしたユニークな研究はどのように思いつくのか。

宮下教授:
特に最近はマスメディアのおかげという感じはあります。研究者同士だと通じてしまうものが、一般の方には通じないことがあります。そこで初めて僕は「通じない」という現実を知り、どうすれば伝わるのか、あの手この手で頑張って喋るんですよね。そうした中で、くやし紛れに出てくる、「こういうふうな言い方だったら伝わるかな」ってぽっと出てきた言葉。例えば「毒キノコだって食べられるようになるんですよ」って。で、言った後、これをやれば通じるかも、みたいな形で実装を急いでやるみたいな感じのペースが今、組めていますね。

専門家以外の人との話の中から着想を得ることも多いという宮下教授。
今後、どのように研究を進めていくか聞いた。

宮下教授:
イグ・ノーベル賞でスポットライトが当たるっていうのは非常にありがたいことです。これからもきっと苦労はあると思うんですが、自分が考えている「味覚メディア」っていうもののビジョンは色々な問題を解決するんです。
好きなものを思いっきり味わって、それで精神的な健康と身体の健康を両立できるっていうのが、まず1つのパーソナルな、しかもヘルスサイエンスという文脈での考え方で、エレキソルトもそのいい例ですが、もっと色々なことができるんですね。

「味覚メディア」で環境問題や食糧問題への対策も

宮下教授:
例えば、海外の食品の味をデータで測って、日本で再現すれば地産地消で再現できるから、その物自体運搬しなくていいので、そのためのエネルギーを使う必要もなければ二酸化炭素出す必要もないわけです。いかに我々食材の物流でエネルギーを出したり二酸化炭素出しているかといったところから、かなりその解消される可能性もある。

また、昆虫食や大豆ミートなど代替肉を完全に肉と同じ味にすることもできるようになるかもしれないし、そうすると、パーソナルな個人体験も僕は幸福にしていきたいんですが、人類がグローバルに抱えている、いわゆる本当広い意味の食料問題などもこういうメディア技術で解決できるんじゃないかぐらいには思っています。

宮下教授:
いつかその我々がやっていることの価値が、どこかのタイミングで理解してもらえる日が来ると思って、我々はこれからも発信をしていきます。

そういう中で僕もまた新しいアイデアが生まれるかもしれないし、逆にフィードバックをもらうことで僕の未来、僕が考えている未来よりも、もっと良い未来に気づけるかもしれない。
だから、今思っている未来は、パーソナルな部分もそうだし、グローバルの部分もそうだし、いろんなところに貢献できるかもしれないっていう、やたらでかい風呂敷を広げた「可能性」です。

ただ、その中で人々が共感してくれたり、実際にやってみようって言ってくだされば、そこに僕はもう少し注力することは多分できるかなと思うし、そこで問題を解決できるということもあるかなと思うので、この記事を読んだ方々からのフィードバックに期待しています。

 

一見、突飛にも思える「イグ・ノーベル賞」受賞論文。しかし、発表後も続く研究によって具体的な成果が生まれ、生活の可能性を広げる商品を私たちが手にする日はまもなくやって来ようとしている。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。

麻生小百合
麻生小百合

フジテレビ報道局経済部記者。
2021年7月~2022年3月 通信・化粧品・エンタメ等担当記者
2022年4月~2023年6月 農林水産省、食品・飲料・外食担当記者