かなり以前のことになるが、米国ニューヨークの繁華街の5番街を散策していると、いきなり10人前後の屈強な男が飛び出してきて、歩道に人垣を作り歩行者を止めてしまった。何事ならんと見ていると、道路脇のビルから一人の男性が現れ、人垣に守られるように歩くと、停車していた巨大なリムジンに乗りこみ去っていった。

その人物こそ、まだ大統領になる前のドナルド・トランプ氏で、出てきたビルは同氏の牙城として知られる「トランプ・タワー」だったのだ。

ニューヨークのトランプ・タワー(2022年9月撮影)
ニューヨークのトランプ・タワー(2022年9月撮影)
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高さ202メートル、52階建てのこのビルは、高さでこそニューヨークで52番目だが、正面玄関に「トランプ・タワー」という巨大な金文字の表示を掲げ、道端にはやはり金色の大きな時計があって、派手さを競うニューヨークでも際立って「目立つ」存在だ。

トランプ氏もこのビルの利用価値を重々承知しているようで、2016年の大統領選に立候補したときは、このビル1階のアトリウム(室内広場)で出馬宣言をした。その時トランプ氏は2階から金色のエスカレーターで降りてくるという演出で登場し、「トランプ・タワーでよかった」という第一声でスピーチを始めた。

金色のエスカレーターで降りてくるという演出をした「ゴールデン・エスカレーター宣言」(2015年6月)
金色のエスカレーターで降りてくるという演出をした「ゴールデン・エスカレーター宣言」(2015年6月)

現場で取材をしたマスコミもこの演出が印象的だったようで、この時の出馬宣言は後々「ゴールデン・エスカレーター宣言」として知られるようになった。

その「トランプ・タワー」をトランプ氏が失うことになりそうだと、「ニューヨーク・タイムズ紙」電子版28日など米国のマスコミが一斉に伝えた。

ニューヨーク州裁判所が「金融詐欺」認定

米東部ニューヨーク州の裁判所は26日、トランプ前大統領と2人の息子に対して、一族が運営するトランプ・オーガニゼーションの資産を偽るなどして銀行から有利な条件で融資を騙し取った金融詐欺を犯していたと認定。前大統領と息子2人のビジネス証明書を取り消し、関連する企業の解散を命じた。

この訴訟はニューヨーク州のレティシア・ジェームズ司法長官が提訴したもので、前大統領が不正に取得した2億5000万ドル(約370億円)の返済を求めており、その代償として、裁判所は「トランプ・タワー」などトランプ前大統領が所有する不動産いくつかの支配を終わらせることを命ずることになると米マスコミは伝えている。

これに対してトランプ前大統領の弁護人は「トランプ氏は『投資の天才』で、他人が気づかないところに価値を見出す達人で、詐欺ではない」と主張したが、アーサー・エンゴロン判事は次のように言い放って退けた。

「虚偽の主張をし、それをビジネスに利用することはできない。それは法律で禁止されている」

ニューヨークのトランプ・タワーのエントランス(2022年9月撮影)
ニューヨークのトランプ・タワーのエントランス(2022年9月撮影)

同判事は2023年中に判決を言い渡す見通しで、「ニューヨーク・タイムズ」紙はトランプ前大統領の支配を終わらせる可能性のある8つの不動産を挙げているが、その中でも「トランプ・タワー」を真っ先に取り上げているので、5番街からその金文字の標識と金色の時計が姿を消すことになるのかもしれない。

その場合、トランプ前大統領にとっては経済的損失もさることながらトランプ陣営の「旗印」を失うことにもなって、2024年の大統領選へ向けてのダメージは計り知れないだろう。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。