9月22日、雨空の中、神奈川・横浜市にある桐蔭横浜大学の池上和志教授の研究室に小包が届けられた。中には共同研究先の企業で作られたばかりの、ペロブスカイト太陽電池が入っていた。

ペロブスカイト太陽電池
ペロブスカイト太陽電池
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ペロブスカイト太陽電池はまったく新しい太陽電池で、その特徴は、薄くて軽く、折り曲げることができるというものだ。

われわれがよく目にする太陽光発電システムは、郊外の、もとは田畑だった土地になどにびっしりと設置された太陽光パネルだ。太陽光パネルは、シリコン型といって、曲げることができない。そのため、設置するには広い敷地が必要だ。

一方、ペロブスカイト太陽電池は、自由自在に加工できる特徴があるため、ビルや防音壁といった壁面や、車の屋根などにも設置ができるとされる。
設置可能面積は東京ドーム1万個分との試算があり、その発電能力は600万kWと、原発6基分に相当する。

ペロブスカイト太陽電池にライトを照らして電車の模型を動かす実験
ペロブスカイト太陽電池にライトを照らして電車の模型を動かす実験

池上教授が、普段は子どもたち向けにやっている実験を、即席で見せてくれた。
というものだ。
はたしてライトを当てると電車が動き出し、カメラの前で力強く走り続けた。ビルの壁面など、あちこちにペロブスカイト太陽電池が設置される時代は、そう遠くないはずだ。

安く、薄く、軽い

そもそも、ペロブスカイト太陽電池とは、「ペロブスカイト」と呼ばれる結晶構造の材料を用いた、新しいタイプの太陽電池だ。2009年に桐蔭横浜大学の宮坂力教授の研究チームが、世界に先駆けて開発に成功、世界的に注目を集めた。

ざっくりとしたイメージでいうと、ペロブスカイト太陽電池のもととなる物質は塗料、つまり液体なのだ。製造過程も塗布する手法がとられることが多い。「安く、薄く、軽く」と、従来の太陽電池よりも加工しやすいため、世界が注目する新技術だ。

現在では世界中の太陽電池に関する論文の大半はペロブスカイト太陽電池に関するものだといっても過言ではない。

岸田首相は、2023年4月、再生可能エネルギーの普及拡大に向けた閣僚会議で、ペロブスカイト太陽電池について、「2030年を待たずに早期に実用化を目指す」と表明した。

政府はまず、オフィスビルの壁面や鉄道などの駅、公共施設で活用を進め、将来的には住宅への普及を目指す。

企業の開発競争

企業も開発を進めている。
積水化学工業は、ペロブスカイト太陽電池を建物の外壁に使う実証実験を国内で初めて実施。2030年までに量産化を進める計画だ。
パナソニックホールディングスは、ペロブスカイト太陽電池を活用して「発電するガラス」の実証実験をスタートし、2028年の実用化を目指す。ガラスに応用すると聞いて、「あれっ?」と思った読者も多いだろう。実は、ペロブスカイト太陽電池は、インクと同じ成分のため、色を変えられる特徴がある。従来の太陽光パネルの色は黒だけだが、ペロブスカイト太陽電池は、モスグリーンだったり赤紫色だったり、さまざまな色での開発が成功しているという。

太陽光パネルが大量廃棄される2040年問題解決に貢献も

ペロブスカイト太陽電池のもう1つの特徴は、産業廃棄物の問題が起こりにくいとされている点だ。前述したがペロブスカイト太陽電池はインクのような性質で、水に溶けやすい。つまり廃棄する場合、水で洗い流せば原料を容易に回収できるということだ。

どういう廃棄方法が適切なのか結論は出ていないが、従来の太陽光パネルに比べ、環境負荷が低くなる見通しだ。

従来の太陽光パネルの寿命は20年から30年とされ、2040年ごろには、日本国内で大量の太陽光パネルが廃棄されと予想されている。太陽光パネルには、鉛、セレン、カドミウムなどの有害物質が含まれており、不法投棄による環境汚染が懸念されている。

激化する世界との競争

ペロブスカイト太陽電池は日本が開発した技術だが、量産化では海外勢が先行している。
シリコン型太陽電池で日本の商品を市場から駆逐した中国勢が、ペロブスカイト太陽電池でも、日本勢を脅かす存在になっている。ほかにもポーランドやイギリスなど、世界中で熾烈(しれつ)な争いが繰り広げられている。

本来なら、新技術を発見し、開発した桐蔭横浜大学の宮坂教授の研究チームが、特許を持っているはずだが、実は海外での特許を取っていなかった。
国内での特許は取得したものの、国際的な特許はお金がかかりすぎるという理由で、出願してなかったという。

求められる大学の研究費のフレキシビリティー

桐蔭横浜大学の宮坂教授のチームが、ペロブスカイト太陽電池を開発できたのは、横浜市の「ベンチャー企業創業支援制度」があったおかげでもあった。

宮坂チームは、国や行政からの研究資金に頼らずに、自身が作ったベンチャー企業の予算で独自に研究していた。

桐蔭横浜大学
桐蔭横浜大学

現在の大学での研究資金のほとんどは、国や地方自治体、または大学がプロジェクトとして立ち上げたものにしか使えないようになっている。しかし、ペロブスカイト太陽電池の研究は「プロジェクト化」しておらず、資金面で不安があった。さらに、卒業を間近に控えた大学院生が開発の中心人物であったため、人員的にも、卒業と同時に研究が途中でストップしていた可能性があった。

その窮地を救ったのが、横浜市の「ベンチャー企業創業支援制度」だ。
宮坂チームはベンチャー企業を立ち上げていて、潤沢ではないものの、この制度からの支援を受けることができた。その結果、ペロブスカイト太陽電池など次世代太陽電池の開発に、多いときは大学院の卒業生や企業を退職された元研究員など10人の専門家を雇って研究を進めることができたという。

ただ、残念だったのは、特許申請だ。国内ではかろうじて出せたものの、国際的な特許は高額だったため、申請を断念せざるを得なかったということだ。

日傘やリュックサックが発電装置に?

宮坂チームの1人、池上和志教授は、ノーベル賞候補といわれていることについて、「世界がペロブスカイト太陽電池に注目してくれるきっかけとなり、現在よりも、さらに発電効率が高くなるなど研究が進むことにつながるとうれしい」と語る。
そして、ペロブスカイト太陽電池の未来としては、建物の外壁だけでなく、各家庭の住宅、日傘やリュックサックといった持ち物にも活用されるかもしれない。

桐蔭横浜大学・池上和志教授
桐蔭横浜大学・池上和志教授

池上教授は、歩いているだけで、スマホが充電できてしまう生活が訪れるかもしれないと、目を輝かせて語ってくれた。

大塚隆広
大塚隆広

フジテレビ報道局国際取材部デスク
1995年フジテレビ入社。カメラマン、社会部記者として都庁を2年、国土交通省を計8年間担当。ベルリン支局長などを経て現職。
ドキュメントシリーズ『環境クライシス』を企画・プロデュースも継続。第1弾の2017年「環境クライシス〜沈みゆく大陸の環境難民〜」は同年のCOP23(ドイツ・ボン)で上映。2022年には「第64次 南極地域観測隊」に同行し南極大陸に132日間滞在し取材を行う。