2022年10月静岡県小山町で富士山観光帰りのバスが横転し29人が死傷した事故で、運転していた27歳の男に禁錮2年6月の実刑判決が言い渡された。裁判官はブレーキを踏みすぎてブレーキが利かなくなる“フェード現象”に関する注意事項を守らなかったことを「重大な過失」と判断した。
経験の浅い観光バス運転手が…
この記事の画像(15枚)2022年10月13日 静岡県小山町にある、富士山五合目に通じる県道「ふじあざみライン」で事故は起きた。埼玉県のツアー客を乗せた観光バスは富士山五合目を出発して5kmほど下ったところで横転し、1人が死亡 28人が重軽傷を負った。
バスは進行方向の右側を下にして横転して、右側の乗客に多くの死傷者が出た。死亡した当時74歳の女性もその一人で、仲の良い友人とツアーに参加していた。同じ旅行会社のツアーを年に3~4回利用するほどの旅行好きだった。
運転していた男は2022年春に観光バス乗務が主な仕事になったばかりで、バス会社によると「ふじあざみライン」を通るのは初めてだった。山道での研修はしていたという。
ふじあざみラインはアップダウンが激しくカーブが続く道路で、道路わきには「スピード落とせ」の標識が立つ。
事故直後にバスから会社には「ブレーキが作動しなくなり斜面に乗り上げた後に横転した」と連絡があった。警察が調べたところ、横転現場の200m手前から対向車線へのはみ出しをくりかえすタイヤ痕が確認された。
事故現場で頭を垂れ10秒動かず
男は過失運転致死の疑いで逮捕され調べに対し「繰り返しブレーキを踏んだが効かなかった」と供述していた。警察の現場検証に立ち会った時には、事故現場で深く頭を垂れ10秒ほど動かなかった。
長い下り坂でフットブレーキなどを続けて使用した際にブレーキが利かなくなる現象「フェード現象」が原因と見られ、男は過失運転致死傷罪で在宅起訴された。事故のあとも同じバス会社に勤務しているが運転手の業務からは外れている。事故当時は26歳、今は27歳だ。
父親「生涯 運転免許は取らせない」
裁判は静岡地裁沼津支部で2023年6月に始まった。男は被告席につく前に、必ず傍聴席の被害者家族などに深々と一礼する。起訴状は「被告は観光バスを運転中にフットブレーキを多用してブレーキが利かなくなるフェード現象を生じさせ、事故により1人を死亡・28人に重軽傷を負わせた」としていて、男は「間違いありません」と起訴内容を認めた。
また被告人質問では男は「本当に申し訳なく思っています。遺族や被害者の処罰感情は当然のことで、亡くなった方のご冥福と、ケガをされた方の回復を祈りながら向きあっていかねばいけないと思っています」と述べた。
裁判で検察側は「被告はフェード現象がめったに起こることがないと思い込み、身近なものと感じていなかった」と認識の甘さを指摘し、「初歩的な注意義務を怠り、過失は極めて重大で厳しい非難に値する」として、禁錮4年6月を求刑した。
裁判では被告の父親が「生涯 運転免許はとらせない」と証言した。また弁護側は被害者のうち23人については被害の弁済は終わっていることを説明し、「被告は生涯 運転をしないと誓っている。再犯の可能性は低い」として情状酌量を求めた。
「基礎的な運転の注意事項を守らず過失重大」
2023年9月26日 判決公判が開かれた。被告は黒いスーツを着て、いつものように着席前に傍聴席の被害者家族に一礼、それからこの日 検察官席に同席していた遺族にも深々と一礼した。
野澤晃一裁判官は「(現場の道路は)カーブが連続する下り急勾配の道路であり、フェード現象を生じさせるおそれがあったから、低速ギアやエンジンブレーキを活用するなどすべきだったのに、フットブレーキを多用したことによりフェード現象を生じさせ、自動車の制動を困難にさせてカーブに対応できず法面に乗り上げて横転 滑走し、乗客1人を死亡させたほか乗客乗員28人にケガを負わせた」と犯罪事実を認定した。
そして禁錮2年6月の実刑判決を言い渡した。
野澤裁判官は実刑とした理由について、「観光バスの運転手として多くの命を預かる立場にありながら、運転免許を持つ者にとって基礎的知識に属する、しかも自動車の制動不能という非常に危険な事態につながる運転上の注意事項を守らず事故を引き起こしており、過失の程度は重い。1人の死者の他、腕や指を切断した者や骨折など重い傷害を負った者が複数あり、結果は非常に重大である。一部の被害者と示談が成立していること、その他の被害者も保険による賠償が見込まれること、被告に前科がないことを考慮しても、禁錮刑の実刑を相当とする事案というべき」と説明した。
その一方で「長期の刑は相当ではない。被告が事実を認め反省の情を述べていること、父親が更生の助力をする証言をしていることを考慮すると主文の刑が相当である」と、禁錮2年6月とした理由を説明した。
そして最後に被告に対し「今後も被害者と家族の苦労は続くので、自身も誠実に向き合って対応してほしい」と諭した。被告は終始うつむいて静かに聞いていた。
自動車運転の基礎的知識“フェード現象”に関する注意事項を守らなかったために起きてしまった今回の事故は、死者・被害者やその家族の人生を大きく変えてしまったのはもちろんだが、運転していた若者の人生も大きく変えた。
事故のあと現場の「ふじあざみライン」には、「危険」「エンジンブレーキを使いましょう」とわかりやすい表現で注意を促す看板が設置されたほか、路面にも「低速」「ギア」とエンジンブレーキを使うよう促す表示がされた。
(テレビ静岡)