大阪・北新地で起きたクリニック放火殺人事件の容疑者の遺骨を、大阪市西成区にあるキリスト教の教会が引き取った。凄惨な事件の容疑者で、その後死亡した人物の遺骨。それを引き取った牧師の思いとは…。
北新地ビル放火殺人"容疑者"の遺骨を引き取った牧師
2023年9月1日の朝、大阪市西成区にあるメダデ教会の西田好子牧師(73)は、大阪市内の斎場を訪れた。斎場には、引き取り手のない1人の遺骨が保管されていた。西田牧師は、この遺骨を引き取ることになったのだ。
遺骨の主は、2021年12月、大阪・北新地の心療内科で放火事件の容疑者、谷本盛雄容疑者(当時61)だ。この事件は、院長や患者らあわせて26人が犠牲となった、凄惨なものだった。
火を放った谷本容疑者本人も炎に飛び込み死亡したとみられ、警察は谷本容疑者が多くの人を巻き込み、自らも命を絶つ「拡大自殺」を図っていたとみている。谷本容疑者は殺人などの疑いで書類送検されたが、容疑者死亡のまま不起訴処分となった。
西田牧師と谷本容疑者に接点はない。なぜ、これほど凄惨な事件を起こした容疑者の遺骨を引き取ろうと思ったのだろうか。それが、キリスト教の教えなのだろうか。

西田牧師は、斎場からの帰りの車中で、谷本容疑者の遺骨を抱えながら、 「“第二の谷本”を作らないためには、谷本のように追い詰められて全世界を敵に回したような人間でも、救いの手を差し伸べている人間がいると。そのことをちょっとでも谷本と同じような境遇の中におかれている人に示さないと」と理由を語った。
教会には人生に“つまずいた”経験を持つ人ばかり
11年間無職で、家族とも絶縁状態だった谷本容疑者。銀行口座の残高は0円で、スマートフォンには、たった1人の連絡先も登録されていなかった。生活苦と孤独から他人を巻き込んで自殺を図ったとみられている。
西田牧師は、谷本容疑者と同じような境遇の人が犯罪を起こす前に、教会の扉を叩いてほしいと言う。そんな教会が西成にあるということを、遺骨を引き取ることで世の中に知らせたいと考えたのだ。

13年前に西田牧師が作ったメダデ教会には、現在19人の信徒がいる。窃盗・覚せい剤・暴行・性犯罪などで刑務所に何度も入った人もいれば、ホームレス生活やアルコール中毒、ギャンブル依存など、人生に“つまずいた”経験を持つ人ばかりで、ほとんどの人が家族とは絶縁状態だ。
西田牧師は、人生を諦めていた彼らを、「伝道礼拝」と呼ばれるキリスト教の教えを伝える催しを通じて教会に連れてきた。

礼拝など教会の行事は週に3回だが、西田牧師は毎日、信徒と顔を合わせ、買い物から病院の付き添いなど身の回りの世話をしている。また信徒たちは、同じマンションで暮らし、互いに助け合いながら、“メダデの家族”として暮らしている。
刑務所に繰り返し入っていた人も、西田牧師の下で“生き直し”をしてからは、過ちを繰り返さなくなった。
「自分も谷本容疑者のような犯行を考えた」
西田牧師が谷本容疑者の遺骨を引き取る意向を知ると、「自分も谷本容疑者のような犯行を考えたことがある」「刑期を終えたらメダデ教会で“生き直し”をしたい」という内容の手紙が届いた。
「世の中には誰からも愛されない人がいっぱいいる。愛されている人にはそれが特別ではないかもしれないけれど、普通が普通でなくなったときに谷本のような大きな事件が起きる。『それはおかしいやろ』と言う人がいるかもしれないけど、メダデ教会はそんな人たちの群れです。苦しみのどん底にいる人がいたならば、ぜひ来てください」と、西田牧師は語った。
信徒たちは、西田牧師の思いをどう受け止めているのだろう。ある信徒は「谷本容疑者はこれだけの大きな罪を犯して、何の関係もない多くの人を犠牲にしている。でも自分たちも同じ罪びとだからね。自分も家族に言えないほど迷惑をかけたから、先生(西田牧師)が愛の手を差し伸べる気持ちはよくわかるんだよね」と話す。

また、別の信徒は… 「被害者の数がすごい人数ですからね。だから、この後どうなるかがわからない、世間の反応がね。被害者の家族がお怒りになるでしょう」と話す。 注目される事件だけに、インターネット上での“炎上”も考えられる。そうした際、何を伝えるかとその信徒に尋ねると「西田という人を知っていただくしかないと思う」という答えが返ってきた。
“谷本容疑者の遺骨”を納骨堂に
西田牧師は、“洗礼”と呼ばれる、キリスト教の信者となる際の儀式を執り行い、祈りを捧げた谷本容疑者の遺骨を、ほかの信者たちの遺骨が並ぶ教会の納骨堂に収めた。そして、「谷本の遺骨をもらうにあたって、多くの方々の気分を害することを心よりお詫びします」と謝罪の言葉をつぶやいた。

聖書には次のような一節がある。
もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、私たちをすべての不義からきよめてくださいます(ヨハネ第一の手紙1章9節)
懺悔したのならば神は罪を許すという、キリスト教の教えだ。

谷本容疑者が自らの犯した罪をどう受け止めているのかは、今となっては知るすべがない。西田牧師が遺骨を引き取ったことに対する世間の受け取り方は様々だろう。しかし、それでも西田牧師は谷本容疑者を“メダデの家族”として迎え入れた。
それは、牧師としてキリスト教の信仰を貫いたというよりも、13年間、西成という土地で“人生につまずいた”人たちとともに生きてきた西田好子という1人の人間として、せずには済ませられない行いだったのだろうと感じた。
(関西テレビ:司法担当記者 菊谷雅美)