NATO(北大西洋条約機構)から、デンマーク、オランダ、ノルウェーがウクライナへのF-16戦闘機の供与を表明した。侵攻開始当初は考えられなかった供与の狙いはどこにあるのか。BSフジLIVE「プライムニュース」では元空将の長島純氏と小泉悠氏を迎え、NATOとロシア両陣営の実情と今後の戦略、そして日本を含むアジアの安全保障まで徹底分析した。
3カ国からウクライナへのF-16戦闘機供与の背景
この記事の画像(11枚)長野美郷キャスター:
NATO加盟国のうちデンマーク、オランダ、ノルウェーがウクライナへのF-16供与を相次いで表明。アメリカは10月に飛行訓練を開始するとした。F-16は高い機動性を持ち、戦闘機同士の戦いから対地攻撃、敵レーダーの破壊まで様々な用途に使える戦闘機。
長島純 元空将 NSBT Japanシニア・ストラテジスト:
今後5〜10年の間にF-35が入りF-16を捨てる計画があり、その計画が崩れない限りその分を供与しても大丈夫だという判断がある。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
デンマークとオランダにF-35の配備が始まっており、浮いた分のF-16を出している。各国とも、自国の国防力をゼロにしてまでウクライナを助けるわけではなく、出せるものを出している。
反町理キャスター:
ドイツとスウェーデンが共同開発した射程500km以上の巡航ミサイル「タウルス」が話題になっている。イギリスのストーム・シャドウなどはすでに供与されているが、ドイツは慎重。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ショルツ首相らは明確にタウルスを出さないという言い方をしている。数があまりないということが考えられる。タウルスの特徴は貫通能力が高いことで、ウクライナが堅固に防護されたロシアの構造物などを叩くのによいミサイルであるとは思うが。
長島純 元空将 NSBT Japanシニア・ストラテジスト:
ドイツはショルツ政権で積極的になったが、国民の感情や歴史的背景もあり一歩引いている感じ。確かにタウルスの能力は高いが、速度が遅くロシアの防空網で落とされる可能性がある。一定の脅威にはなるが、戦争を変える性質のものではないと思う。
ウクライナ反転攻勢、苦戦の背景と進展の可能性
長野美郷キャスター:
6月に始まったウクライナの反転攻勢だが、これまで大きな戦果はなし。小泉さんの背景分析では「航空優勢が取れない」「諸兵科連合作戦(複数の兵科を組み合わせて互いに弱点を補い、最大限の能力を発揮する作戦)がうまくいかない」「地雷除去の機材数の不足」が挙げられる。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
もっと多くの理由があると思うが、いずれもウクライナのもともとの軍事力の規模や質に構造的な欠陥があるということ。だが、ウクライナ空軍が航空優勢を取れないなりに地対空ミサイルでカバーするなど、人間の集団である軍隊は必ず適応する。ウクライナ軍の創意工夫で穴を空けられるか。徐々にロシア軍の防衛線を食い破りつつあり、反転攻勢がある程度進展する可能性も。
反町理キャスター:
諸兵科連合作戦の不調については。NATOの訓練がうまく実践に応用できていない?
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
当初は明らかにうまくいっていなかった。反転攻勢開始の頃に戦線を見に行ったアメリカの軍事専門家らは皆、共通して指摘している。ソ連式で訓練されてきたウクライナの軍隊をNATO式で戦わせるのをやめた方がよいという人も。
長島純 元空将 NSBT Japanシニア・ストラテジスト:
NATOとウクライナの協力関係は20世紀末から始まった。NATO加盟を前提に、相互運用性を持てる西側の戦い方にウクライナを変えていくことがNATOの大きなミッション。2014年のクリミア侵攻以降、教育訓練の数と質を上げている。
反町理キャスター:
地雷除去の機材不足については。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
他にも非常に具体的な道具不足がある。ただこれも、足りない中で戦うことに適応していくもの。道具さえ与えればウクライナがすぐに勝てるわけでもない。
アフリカに影響力を持ちたいロシアの狙いとは
長野美郷キャスター:
南アフリカで行われたBRICSサミットにオンラインで参加したロシアのプーチン大統領は「アフリカ諸国との関係を深める意向があり、食料と燃料の供給で信頼できるパートナーであり続ける」と発言。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
アフリカに対し積極的なのは冷戦時代のソ連からずっと。今のロシアも、2014年のウクライナ侵攻と今回の戦争で決定的に西側と関係が悪くなり、パートナーを増やしたい。だがうまくいくか。今アフリカの食糧供給を脅かしているのはロシア自身。
反町理キャスター:
昔のソ連は、共産主義革命の輸出を考えていた?
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
当然それもある。ソ連が作ったルムンバ民族友好大学は、第三世界と呼ばれた国々の将来エリートになる学生たちをモスクワに留学させるもの。若いうちに青田買いして親ソに引き込む意図。ソ連崩壊後も、共産主義を広める目的は放棄したが、親露国は作りたい。今でもここから一定程度、ロシアのパートナーとなりうる将来のエリートを出している。
長島純 元空将 NSBT Japanシニア・ストラテジスト:
これは脅威。ヨーロッパのもともとアフリカの旧宗主国だった国は権益をまだ持っているが、それへの反対の勢いが出てきている。これがアフリカじゅうに進めば、中国やロシアが押さえてしまう。将来のグローバルな安全保障にとって大きな問題。
北欧の情勢変化でヨーロッパの安全保障環境はどうなる
長野美郷キャスター:
ロシアのウクライナ侵攻を受け、ヨーロッパの安全保障環境も大きく変化している。侵攻後、フィンランドとスウェーデンがNATOの加盟を要請。フィンランドは2023年4月に正式加盟、スウェーデンも加盟実現の見通し。ロシアの封じ込めは可能になるか。
長島純 元空将 NSBT Japanシニア・ストラテジスト:
プーチン大統領が自ら引いた引き金。両国ではNATOに入らず中立であるべきだという意見が非常に強かったが、ウクライナ侵攻で民意が変わった。北極海の将来的な守りを固めるため、2カ国の加盟の意義は非常に大きい。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ウクライナ侵攻も、NATOの東方拡大がロシアを戦争に駆り立てたのではなく、プーチンの中にあるウクライナに対する執着が主要因だったと思う。北欧の件もロシアは軍事的には面白くないが、ロシアを北欧侵攻に駆り立てる感じはあまりしない。
反町理キャスター:
一方、バルト海はフィンランド、スウェーデン、ロシア、バルト3国に囲まれる。フィンランドやスウェーデンがNATOに入り、ロシアにはどんな防衛政策が必要となるか。
長島純 元空将 NSBT Japanシニア・ストラテジスト:
バルト海では、スウェーデン領のゴットランド島とフィンランド自治領のオーランド諸島。歴史的に非武装中立を保ってきたが、ゴットランド島は2014年の侵攻以降武装化している。これらをロシアに取られることは、NATOは絶対受け入れられない。
反町理キャスター:
ロシアにそれができるか。加盟国の領土に軍事攻撃を仕掛ければ、NATO全てを相手にすることになる。
長島純 元空将 NSBT Japanシニア・ストラテジスト:
できない。だが、例えばデータが流れる海底ケーブルをロシアが切るなどの可能性もあり、NATOはこの海域についても警戒を強めていくことが作戦の中心になる。
アジアの安全保障では「広く薄い枠組み」が重要
長野美郷キャスター:
日本を含むインド太平洋地域に多国間同盟は存在せず、クアッド(日・米・豪・印の枠組み)やAUKUS(米・英・豪の枠組み)、またファイブ・アイズ(米・英・豪・加・ニュージーランドの機密情報共有枠組み)、日米韓連携などの枠組みがある。今後これらはどうあるべきか。
長島純 元空将 NSBT Japanシニア・ストラテジスト:
文化・宗教・人種的なアジアの多様性の中、一つの軍事同盟を作るのは無理だという定説があり、各国がアメリカと二国間同盟を組む形だった。だが、時代が変わりアメリカの国力が下がる中、新たな動きがある。既存の枠組み内やその組み合わせの中での情報共有によって、有事の際の安全保障のためにある程度活用できるよう準備しておくことが必要。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
やはり多国間同盟は難しいと思う。アメリカを中心とした二国間同盟はあるので、同じアメリカの同盟国同士での協力が現実的。その意味でクアッドは良い枠組み。日米韓の安全保障連携も同様の発想だと思う。
反町理キャスター:
なるほど。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
二国間同盟の束を作り、外側に有事の際に好意的中立を確保できそうな国々の枠組みを広く薄く作り、グラデーション状の協力関係を目指すのが現実的。その広く薄い枠組みからは、中国などの懸念国も排除しなくていい。協力できるところは協力し、軍事力という究極の共通言語を使わなくてよい環境を作ることも構想に入れなければ、ロシア・北朝鮮・中国という3つの脅威への抑止はもたない。難しいことだが。
長島純 元空将 NSBT Japanシニア・ストラテジスト:
中国が一番嫌なのは多国間協力。日本はアメリカと異なり、インドや東南アジアとの関係が良い。日本独自の役割を果たして多国間の枠組みを強化していくことが求められると思う。
(BSフジLIVE「プライムニュース」8月31日放送)